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選ばれる会社へ、「決断」を。
【特集】

戦略×成長M&A

コスト削減による利益創出から、投資によって付加価値を高めるビジネスモデルへの転換が必要な今、買収という手段で迅速な事業展開が可能となる M&A は、企業に不可欠な経営技術である。しかし、戦略なき M&A はシナジーを生まない。成長戦略と M&A の掛け算によるシナジーで、自社の価値向上と持続的な成長を目指すメソッドを提言する。
2024.06.03

最も責任ある社長の仕事M&Aで「みんな良し」へ:清弘エンジニアリング

 

積極果敢なM&A戦略で事業・エリアを拡大し、グループシナジーや強みを生み出すことで100億円企業を実現させた清弘エンジニアリング。ホールディングス体制を始動させ、M&Aによるグループ経営で成長軌道を描き出すロールモデルに学ぶ。

 

選ばれるために「究極のトップセールス」を

「2024年3月に9社目のM&Aが成立しました。セイコーグループにとって大きなシナジーが期待される神奈川県横浜市の廃水処理プラントを営む会社をグループインできたので、当社のウイークポイントをストロングポイントに変えられます」

そう笑顔で語るのは代表取締役社長の井畑忠氏だ。2003年に33歳で創業者である父の後を継いで以来、社員数12名の規模から331名に、またグループ10社の総合エンジニアリング企業に成長させた。2024年4月期に、グループ売上高は初めて100億円を突破する見込みである。

成長の軌跡には3 つの理由がある。1つ目は「特化型戦略の高収益モデル」。小・中型の設備工事に特化し、ゼネコン・サブコンの大型工事の下請けにならず、元請けの提案型営業で大手メーカー顧客と直接取引する。化学・食品・半導体など多様な業態で全国に水平展開し、粗利益率30%超、営業利益率も10%超を21年連続で達成中だ。

2つ目は「成長のための人材投資」。人件費・教育費は「成長に不可欠な投資」と考え、人的資本経営を推進。優秀な人材確保のため、人材紹介・派遣ビジネスの新会社を設立し、“社員満足度最高企業”を目指す。

3つ目は「攻めのM&A戦略」だ。管工事の事業拡充手段として興味を抱き、仲介会社や金融機関に案件情報を求めて、2015年に初めて新潟・埼玉の2社と相次いでM&A契約を締結した。

「当初は貪欲に、事業やエリアの拡大、人材の獲得など、目に見える成果が目的でした。それが徐々に、『価値ある優秀な企業をグループインし成長することが、雇用の維持や地域・社会への貢献につながる』と考えるようになり、事業承継する意味合いが変わりました。

M&Aは社会貢献事業だと強く感じるのは、うまくいけば当社だけでなく、売り手の企業も社員も、顧客もパートナー企業も、地域も、みんながハッピーになるからです。これからも良い会社があれば、積極的に事業承継していきます」(井畑氏)

「三方良し」を超える「みんな良し」を目標に、井畑氏はM&Aを「究極のトップセールスであり、最も責任ある社長の仕事」と表現する。買収に名乗りを上げた複数の競合相手から絞り込まれ、トップ面談は譲渡価格や事業規模だけでなく、引き受ける自らの姿勢が問われるからだ。

「M&Aを成立させるためには、まず売り手の企業から選ばれなければなりません。厳しい戦いで、とてつもない緊張感を伴いますが、その分やりがいがあります。これまで9人のトップに選んでもらえたことは、社長冥利みょうりに尽きますし、感謝しています。

大事なのは、繕うことなくまっすぐに、当社がどうしたいかを本音でぶつけること。その思いに共感し受け入れてもらえれば、必ず成功します。良いことばかり言うと、後で『話が違う』となってうまくいきません」(井畑氏)

M&Aは、シナジーを生み成長へつなげるために、選ばれるだけではなく選ぶことも重要になる。初案件からその重責を担ってきたのが、社長特命・直轄のM&Aチームだ。外部顧問の税理士・社労士・司法書士・弁護士と、社内選抜の社員数名で構成。この少数精鋭体制は、情報漏れを防ぎつつスピード感を高める狙いがある。

「私が陣頭指揮に立ち、知見が何もない手探り状態から十数年を経て9社の実績を積み上げました。今やベテランぞろいの最強チームです」(井畑氏)

M&Aのプロセスを任せる社員には3種類のタイプがいるという。1つ目は案件の情報収集や分析の上流工程、渉外活動が得意なタイプ。2つ目は事業承継先へ行き、グループインを形にするPMI(買収後の統合作業)において、経理や総務、人事、法務などバランス感覚に長けたタイプ。3つ目はグループインした企業の執行役員として事業長を担う、人望とリーダシップ、技術力が長けたタイプだ。

 

選ぶのは即戦力で一緒に成長できる企業

最強チームは、ソーシングやデューデリジェンスなどのプロセスで独自の「セイコー基準」を持つ。M&Aをするか、やめるか。不変の選定条件は「優良企業」であることだ。

「業績が悪い、利益の出ていない会社を安く買う選択肢は私にはありません。優良企業には成長に必要なリソースや環境が整っていますから、即戦力で一緒に成長できますし、優良企業にはそれを可能にする人・技術・事業があります。

プラスアルファで大切にしているのが、『何を求めるか』です。進出したいエリアか、会社や社員が持つ技術力や資格か、若い人材の獲得か。今は利益が薄くても将来性が高いとか、顧客や協力会社の新たなパートナーが欲しいなど、グループインする明確な理由が必要です。『どこでも良いから』『何となく』では、成長投資にはなりません」(井畑氏)

明確な理由とは、戦略的な「攻めのマッチング」だ。その実現には、業績や経営資源に加え、事業を通して顧客や地域とどのような関係性を築いているかの見極めも欠かせない。契約締結後のPMIでは「セイコーイズム」と呼べるものがある。井畑氏は自ら足を運び、社員と直接対話する機会づくりを大切にしている。グループ一体感の醸成のため、すぐに変えることと、しばらく時間をかけることを分け、丁寧に進める。

事業面では、既存の仕事とグループイン後に求めたい仕事の折り合いをどうつけるか。ロイヤルカスタマーとより深く、互いに価値ある関係を築き、それ以外の顧客といかに差別化を図るか。即戦力の優良企業だからこそ、「理解と納得のタイミングは難しい」と井畑氏は話す。

「グループインした企業の社員に『一緒にやる』という強い意志を持ってもらうためには、その企業のトップに選ばれて契約する以上にパワーを使います。社内的には、グループシステムの導入や労務管理はすぐに変えるべきことです。一方で、賃金規定や就業規則などは急がずにゆっくりなじませていきます。緩急のどちらも互いにストレスはあるので、我慢強く、やり抜くしかないですね」(井畑氏)

そんな井畑氏が「勉強になりました」と語るのがM&A後に唯一、売り手となって株式譲渡した事例だ。初めて会社を譲渡した時のことを、井畑氏は次のように語る。

「将来的にシナジーが出ないと判断した結果でした。良い仕事をして、良いチームになって、絶対により良い会社にしようと本気で思っていても、そうはならないことがあるのだと学びました。

初めて譲渡を経験することで気付いたのは『優良企業をM&Aする重要性』です。良い会社であれば譲渡しやすく、売れないまま不良債権にならず、社員にも迷惑をかけないからです。優良企業をグループインして、より良い会社にすることは、万が一のリスクヘッジにもなるのです」(井畑氏)


設計の打ち合わせ風景

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