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戦略×成長M&A

コスト削減による利益創出から、投資によって付加価値を高めるビジネスモデルへの転換が必要な今、 買収という手段で迅速な事業展開が可能となる M&A は、企業に不可欠な経営技術である。 しかし、戦略なき M&A はシナジーを生まない。 成長戦略と M&A の掛け算によるシナジーで、 自社の価値向上と持続的な成長を目指すメソッドを提言する。
その他 2024.06.01

工事会社のM&Aで自社完結の地域密着ゼネコンを目指す

小松物産

 

人口減少や資材高騰を背景に新設住宅着工戸数が減少し、淘汰が加速する建材卸売市場。その中で、東北の地に根を張る創業74年の小松物産はM&Aにより急成長を遂げている。100億円の資金調達を行い、7年間で15社を買収。年間利息の100倍を上回る配当を得た同社のM&A戦略に迫る。

 

M&Aでバリューチェーンを拡大

小松物産は、1950年に宮城県仙台市で創業した建築の総合商社である。「水」「空間」「環境」の3分野で、上下水道資材、管工機材、住宅設備機器、土木建築資材などライフラインを支える商材を幅広く仕入れ、地元・東北の工事会社を中心に流通している。全国31カ所に拠点を構え、住宅の新築・リフォームから大規模な公共工事まで、多種多様な建築施工に使う商材を扱っている。

2000年以降、同社は業績の低迷に苦しんできた。改革が後手に回り、2011年までの11年間で売上高が110億円減少。約100名の人員削減によりサービスも滞っていた。「人が財産である」という信念を貫いた創業者・小松英治氏の思いを受け継ごうと、3代目社長の小松敬之氏が立ち上がった矢先、2011年3月11日に東日本大震災が発生した。現在、常務取締役として小松氏を支える相原裕貴氏は当時、営業副本部長に任命されてわずか10日目だったという。

「広範囲にわたりライフラインが壊滅すると、人々の暮らしはどうなってしまうのか。交通網が分断されメーカー各社の物流が滞る中、国は発災後2カ月弱の間に約5万3000戸、最終的に約7万戸もの仮設住宅の建設を進めました。

当社はその一端を担いながら、建築資材だけではなく、命をつなぐ食料や生活用品を全国から集めて被災地に運ぶ手伝いもしました。そうした経験を通じて小松物産の使命の大きさをあらためて実感し、地域に貢献していきたいという思いがいっそう強くなりました」(相原氏)

「3.11」を機に拡大路線へ突き進む覚悟を決めた同社は、流通の枠を超えて事業領域を広げる方針を決定。人手不足が深刻化する取引先を応援しようと、工事会社の人材確保や育成、さらには工事の受注代行に乗り出した。その体制整備を検討するうちに、必然的に浮かび上がったのがM&Aという手法だった。

「商品による差別化には限界がある。『モノを売る流通』からの脱却が、最大の課題でした。実質的に現場で資材を使う工事会社をグループに迎え入れれば、迅速かつ安定的に納品しやすくなり、メーカーと顧客をつなぐ橋渡しの役割を強化できます。

また、当社が受注先を開拓することで、工事現場の人手不足を解消できれば、グループ全体のボトムアップにもつながると考えたのです」(相原氏)

 

 

資金ゼロでM&Aの道を模索

最大の課題は資金だった。工事会社を買収するにしても、元手がない。銀行から全額融資を受けるには、一般的なM&Aで行われている「のれん償却」が壁となった。

「のれん償却を行うと、5、6年待たないと配当金が入らず、資金繰りが厳しくなります。買収した企業にも右肩上がりの成長を求めなければならなくなる。現実的ではないと思いました」(相原氏)

そこで相原氏は、独自に7つのM&A方針を立案した。

①売上高は問わず、税引前利益5000万円以上
②業歴20年以上
③都心部より過疎地域
④公共工事がメイン
⑤買収価格は純資産を基準に仲介手数料込みの純資産以下で交渉
⑥土地・建物・機械などの固定資産が少なく現金が多い
⑦発行済み株式(自己株式除く)を100%取得

この条件の下、建設工事業、運送業、産業廃棄物処分業、リース事業を手掛けるオーナー企業に限定して、案件を探すことにした。

もちろん、これらの条件に合致する会社を見つけ出すのは容易ではなかった。最初は相手にされず、情報もなかなか集まらなかったという。しかし、金融機関をはじめファンドやM&A仲介会社など約70社から地道に情報を集め、1000件、2000件と企業概要書を精査する中、優れた人材と技術を持ち、財務も極めて健全でありながら後継者がいない工事会社の存在が浮かび上がってきた。

 

【図表】小松物産グループ会社

出所 : 小松物産ホームページよりタナベコンサルティング戦略総合研究所作成