ドイツが産官学共創で生み出すマルチレイヤー・イノベーション ドイツ視察2023:ビジネスモデルイノベーション研究会
ヨーロッパ経済の盟主ともいえるドイツは、社会・産業・市民など国全体が、DXや環境を軸としたイノベーションに真正面から取り組み、推進している。再生可能エネルギー、インダストリー4.0※1、電気自動車、自動運転、スマートレジデンス、バイオテクノロジーなど、グローバルな社会・経済の課題に対して最先端のイノベーションで挑んでいる。
日本同様の成熟した社会経済環境の中、合理性の追求と付加価値の向上によってあらゆる経済指標が日本をはるかに上回るドイツ。国際通貨基金(IMF)の2023年10月見通しによると、ドイツの2023年の名目GDP(国内総生産、ドル換算)は、日本を抜いて世界第3位になる。
業種・業界・地域を超えてボーダーレスにイノベーションを探求するビジネスモデルイノベーション研究会は、2023年9月3日~10日にドイツを訪問し、7つの優良企業・組織を視察した。インダストリー4.0を実現している「欧州最強国家・ドイツ」で得た学びを紹介する。
産業用ロボットのリーディングメーカーが挑むインダストリー4.0
KUKA Augsburg Factory
産業用ロボット業界有数のメーカーで、ロボティクスのパイオニアでもあるクーカ社。あらゆる可搬重量とロボットタイプをカバーした豊富な種類の産業ロボットとロボットシステムを提供している。
クーカの工場では、日本では当たり前のヘルメットや作業服姿は見られず、ほぼ全員が半袖・半ズボン姿であることが印象的だった。場内センサーを活用し、徹底した安全管理がなされているという。また、パレットは全て木製で、環境配慮も徹底されており、日独間でのスタンダードの違いが見られた。
量産品ではない製品制作を自動化するため、産業用ロボットのハンド部分を柔軟に変更できるようにするなど、「マスプロダクション」から「マスカスタマイゼーション」への転換を通じてイノベーションへ挑戦し、BMWやメルセデス・ベンツ、フォルクスワーゲンなどの主要メーカーから信頼を得て、強いつながりを築いている。
海外企業とのシナジーを生み出す欧州最大級のイノベーションハブ
Augsburg Innovations Park & Augsburg Technology Center
アウクスブルク・テクノロジー・センターは、軽量構造や炭素繊維複合材メカトロニクス&オートメーション、IT、インダストリー4.0、環境技術などの分野で、企業や研究機関に優れた研究開発環境を提供する独自のイノベーションプラットフォームである。
サッカー場約100面分に相当する敷地内にある欧州最大級のイノベーションハブであり、オフィス・研究所・作業場などが入居している。中小・新興企業から研究機関まで、多様な知見を融合させて新たなインスピレーションとイノベーションを生み出す場となっており、米シリコンバレーなど海外企業とのコラボレーションも行われている。
実際のスタートアップ事例として、資源効率の高い小型輸送ロケットの開発・製造を手掛けるRocket Factory Augsburg社がある。同社は2018年に2名で創業し、同センターにて研究・開発を進めたが、革新的な生産とビジネスコンセプトで市場から認められて成長し、従業員数は2023年9月現在で220名になっている。
創業570年、ファミリービジネスの歴史とブランディング
Brewery Zötler
独南部アルゴイ地方レッテンベルクにあるツェトラー醸造所。設立は1447年にさかのぼる。味と品質を代々引き継ぎ、現在の社長は20代目である。
20種類を超える銘柄と年間1000万リットル超の酒類を製造する同醸造所は、品質哲学をより多くの人に伝える「魅せる醸造所」としてブランドを最大限に体感できる“ワクワクする場”になっている。醸造所設立から家族経営でつないだ約570年。アルゴイ地方最古の醸造所として、今なお愛され続けている。
高い生産性を実現するリーン活動※2と徹底した合理思想
SEW-EURODRIVE
独ブルッフザールに本社を置く、ギアモーターの世界シェアナンバーワンメーカーSEW-オイロドライブでは、「Weipro」という社内改善コンサルティング部門が生産工程の改善を主導。工場内には自社製の自動搬送車が行き交い、オイルの自動注入や在庫管理システムなど、リーン活動とインダストリー4.0の相乗効果が随所に見られた。
結果として、モーター1個当たりの製作時間を8時間(480分)から45分まで短縮するという驚異的な効率化を実現している。
リーン活動は単なる工程改善ではなく、販売リードタイムの短縮といったバリューチェーン全体の改善により、全社的なイノベーションを実現している。仕組み・システムとして標準化することこそが、インダストリー4.0の挑戦である。
ドイツ中小企業のインダストリー4.0を支える技術応用研究所
FZI House of Living Labs
FZI 情報工学センターは、情報技術と技術移転のための応用研究を行っている非営利団体であり、独バーデン・ビュルテンベルク州のイノベーションハブでもある。カールスルーエ工科大学を中核に、さまざまな行政機関や企業とのパートナーシップでイノベーションに取り組み、その領域はエネルギー、電気自動車、自動運転、ビッグデータ解析など広範に及ぶ。7つのラボで年間190プロジェクトを実施しており、研究・開発に経営資源を投下しにくい中小企業の研究・開発プラットフォームとして、中小企業のインダストリー4.0を支えている。
医療・バイオ・有機エレクトロニクス分野で
世界最先端のインキュベーションプラットフォーム
Technology Park Heidelberg
独ハイデルベルクは、年間100万人の患者が最先端医療を求めて訪れる、医療・バイオ研究の最先端エリア。その特性を生かし、テクノロジーパークは、企業の技術研究やマーケティングから学生ベンチャーの育成まで、研究・開発拠点のみならずビジネスインキュベーションの役割を担っている。
同パークは、企業と研究機関の産学連携で、効果的かつ持続的にスタートアップの事業化を支援。2019~2023年の4年間で407社が起業し、91社が実際に事業で成功を収めている。通常、スタートアップ生存率は10%程度の中、約25%を実現していることになる。
この生存率の高さの背景には、充実した支援がある。アイデアを実際に事業化するために専門家が事業計画へアドバイスするのは当然ながら、特許申請やビジネスマッチング、オープンイノベーション、さらにはアクセラレーター(投資家)マッチングまで、起業後の持続的成長をトータルでバックアップしている。
再生エネルギーへのシフトを象徴する集合住宅
Plus Energy House
環境大国としてのドイツの国策「脱原発」推進のため、独フランクフルトで建設された欧州最大のプラスエネルギーハウス※3である。2015年竣工、幅150m、奥行9m、8階建て、全74戸のこの集合住宅は、1330枚もの太陽熱集熱パネルでの発電や、下水路から熱を得る熱ポンプにより、住民が必要とする電力や熱量以上のエネルギーを産出する小さな発電所としての役割を果たしている。
ドイツの再生可能エネルギーの利用割合は2000年の7%から2022年には45%へ急拡大。石炭・褐炭発電の2038年全廃も議会で可決され、再エネの重要性が増す中で、プラスエネルギーハウスへの注目が集まっている。同住宅の総工費は日本円換算で約38億円。採算面での課題はあるものの、ドイツでは今後20年のロードマップを描き、一般に普及させることを目指している。
※1 インダストリー4.0 : 第4次産業革命。ドイツ政府が2011年に発表した、製造業におけるオートメーション化およびデータ化・コンピューター化を推進する産業政策
※2 リーン活動 : 無駄をなくす活動のこと
※3 プラスエネルギーハウス : 使用するエネルギーよりも大きなエネルギーを生み出す家