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【特集】

グローバルビジョン

人口減少による日本の内需縮小が「確実にやってくる未来」である今、海外進出は全ての日本企業に とって必須の成長戦略となった。自社のグローバルビジョンをアップデートし、それに基づく長期視点の 海外戦略をデザインするメソッドを提言する。
2024.01.05

成長する世界市場への展開で確かなプレゼンスを高める:東洋紡エムシー

東洋紡エムシー 代表取締役 社長執行役員 CEO 森重 地加男氏

 

東洋紡の創立者・渋沢栄一氏の座右の銘「順理則裕(りにしたがえば、すなわちゆたかなり)」を企業理念に、三菱商事との合弁企業として誕生した東洋紡エムシー。グローバル展開の加速を目指し、新たな「掛け合わせの経営モデル」がキックオフした。

 

グローバル成長ビジョンの実現に向け新会社を設立

 

フィルム事業、ライフサイエンス事業、環境・機能材事業など、東洋紡グループが展開する事業で大きな伸びしろが期待されるのが、環境・機能材事業である。その実現は、成長を続けるグローバルな市場・用途の開拓にある。

 

「東洋紡単独ではなかなか広げられない海外ネットワークにおいて、圧倒的な情報力を持つ三菱商事とともにグローバルに展開していこうと、共同出資によって当社が誕生しました」

 

そう話すのは、東洋紡エムシーの代表取締役社長執行役員CEOである森重地加男氏だ。脱炭素化や加速する技術革新など、素材メーカーを取り巻く経営環境は大きく変化している。特に、環境・機能材は国内市場の規模が小さく、成長にはグローバル展開が不可欠である。一方で総合商社も、トレーディングや加工のフィービジネスに代わり、持続的に発展する共創ビジネスへの変革を迫られている。独自の技術・ものづくりで、付加価値の高い高機能素材を生み出す東洋紡と、世界的な情報ネットワークとノウハウを持つ三菱商事は、互いに「面白く、魅力ある存在」であった。

 

特筆すべきは、「メーカーがつくり、商社が売る」という単純な役割分担ではないことだ。高いポテンシャルを持つ環境・機能材と、グローバル市場の情報がそろうことで、これまでにない「強み×強み」の掛け合わせの戦略が可能になった。

 

また、日本に数多い中小化学メーカーとのM&Aやアライアンスで、素材産業の中核企業になるという高い志も共有する。現在は、2030年に売上高2500億円という目標や、東洋紡エムシーのビジョン「高機能素材で世界の課題を解決する」がその未来像を物語っている。

 

東洋紡51%、三菱商事49%の出資比率で2022年9月に設立した同社は、2023年4月に事業を開始した。東洋紡グループの全売上高の4分の1を占める機能材分野12事業の分社化には、社員から異論や不安の声もあったという。

 

東洋紡の代表取締役兼副社長執行役員も務める森重氏は、「私自身、当社を任されるとは思っていませんでした。ただ、社員が不安になるのは想定内ですし、新しいことをやるなら大きな変化があった方が面白い。良い話だと思いましたし、丁寧に社員の皆さんにも説明していこうと考えました」と語る。

 

設立直後から、支社や事業所、関係会社など、海外も含めて社員と直接対話する「キャラバン」を25回にわたり開催。また、社内アンケート調査も実施し、四半期決算後は全社員に向けて説明会を開き、自ら「共に頑張りましょう」と力強く呼びかけた。経営トップと対話できる機会づくりは、アンケート結果でも好評を得た。不安や危機感が、期待や前向きなモチベーションに変わる「掛け合わせ=融合」の歯車が動き出していた。

 

 

新たな組織と事業領域に刷新

 

安定的な利益を出しながらも売上高が伸び悩み、海外売上比率も3割にとどまっていた東洋紡の環境・機能材事業。成長を妨げる要因は、「事業のサイロ化(事業が孤立している状態)」「スピードの低下」「限定的な海外プレゼンス」の3つにあった。事業開始から半年を経てどのように変革を遂げたのか。森重氏は次のように説明する。

 

「三菱商事が持つさまざまなチャネルによって、これまでご縁がなかったお客さまや用途との接点が増え、出口となる販路開拓に新たなチャンスが生まれています。事業組織も営業・開発・生産の3本部体制に刷新し、事業領域も『樹脂・ケミカル』『環境・ファイバー』の2つに再構築しました(【図表】)。

 

【図表】東洋紡エムシーのコア技術と事業領域


出所 : 東洋紡エムシー提供資料よりタナベコンサルティング作成

 

従来は事業ごとに開発・製造・販売が一体化して縦割り意識が強く、20年間同じ素材を担当し、他の商材は知らない社員もいました。各事業の枠でしか考えられなかったのが、発想が広がり、同じお客さまに対して他事業と連携してソリューションを提供する案件も生まれています」

 

商社の強力なチャネルを活用する外(市場)への広がり、そして、内(事業)に横串を通す全社ポテンシャルの広がりの両面で、サイロ化の解消を推進。さらに、3本部それぞれに戦略企画部を新設。部門戦略の全体像を発信し、全社戦略を描く経営企画部とも連動している。

 

「事業の種類も、『今後伸ばしていく領域』と『収益を強化する領域』『事業モデルを改革する領域』に分けて、メリハリを付けやすくなりました。モビリティーに家電、海水淡水化や溶剤回収などのフィルター関連、スーパー繊維といった期待できる領域は多いですし、特にインオーガニック(他社との連携・買収などを通じて企業を成長させること)をどれだけ伸ばしていけるかが重要です」(森重氏)

 

同社の社員の多くは東洋紡出身だ。三菱商事出身はわずかだが、変革の鍵を握る営業本部・管理本部・経営企画部のトップに就任した。ものづくりを担う生産・開発本部の東洋紡出身のトップと、互いの強みを生かすグローバル展開のプラットフォームを確立し、戦略の策定と実行体制を明確化している。

 

「情報共有や仕事の考え方、PDCAサイクルを回す速さなど、東洋紡と三菱商事のスピード感は全く異なります。海外プレゼンスも、三菱商事に後方支援部隊をつくっていただき、当社が欲しい情報をいち早く提供いただいています。『日本国内のものづくりの範囲内でどう伸ばすか』という限られた考え方ではなく、『その地域にはこのレベルの技術と商材が良い』と、最適な技術や設備も正確につかめるようになっています。

 

成果が出るのはこれからですが、『今ある商材で通用するのか』『新たに開発するのか』『どのようにグローバルに展開するか』などを議論し、最適な戦略をつくり上げていきます」(森重氏)

 

中国をはじめ、東南アジアのタイ、インド、さらに欧州や北米も、東洋紡にとっては「ビジネスを展開していたつもりで、実は十分ではなかったところ」(森重氏)であり、高い情報力を生かし、市場の開拓、拡大が始まっている。

 

また、「掛け合わせ」による好影響は、経営管理にも生まれている。三菱商事が培ってきた管理会計のノウハウで、商材のコスト構造や販売状況が、より見える化された。顧客の要望に応えつつ、過度の顧客最適が商材増による利益減につながらないよう、商材ごとにものづくりの効率化が進んでいる。

 

3つの課題解決を飛躍へのチャンスに変える姿は、日本のものづくり企業がグローバル展開でプレゼンスを高める良き先例である。

 

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