川島 「人材版ISO」と呼ばれるISO30414では、【図表2】のように「ダイバーシティー」「生産性」「採用、異動、離職」など11領域で全58のメトリック(人的資本測定基準)が示されています。どの領域にどう投資するかは各社各様かと思いますが、重点的に開示すべき指標はありますか。
【図表2】人的資本の11領域における58のメトリック(人的資本測定基準)
岩本 「リーダーシップ」と「後継者計画」ですね。グーグル、マイクロソフト、アップルなどの海外企業は、カリスマ経営者が退いた後もしっかりと経営が引き継がれています。翻って、後継者問題に直面している日本企業が多いのは、こうした指標が曖昧であったことの象徴と言えるでしょう。持続的に成長できるか、継続的に投資できる対象か。根拠ある後継者計画を示さないと、投資家に不安を与えてしまいます。
川島 リーダーシップのメトリックとは、具体的にどのようなものですか。
岩本 「リーダーシップに対する信用」「管理する従業員数」「リーダーシップ研修に参加した従業員の比率」の3つです。開示されている各社のリポートを見ると、この3つを自社なりにかみ砕いて、リーダーシップに関する記述にかなりのボリュームを割いています。
例えば、銀行として世界で初めてISO30414認証を取得したドイツ銀行は、自社なりのリーダーシップ観を詳述。育成プログラムはレベル別・分野別に内容を示し、受講率も記載しています。
また、国内では三井化学が、サステナビリティ活動の一環として人材マネジメントにおける「キータレントマネジメントと戦略重要ポジション後継者計画」を発表し、後継者準備率(戦略重要ポジションに対する後継者候補数÷戦略ポジション数」を開示しています(【図表3】)。2021年度の後継者準備率は233%で、1つの戦略ポジションにつき2名以上の後継者候補がいるという意味です。
【図表3】三井化学の戦略重要ポジション後継者準備率
川島 人事だけの課題ではなく、経営課題として人的資本を扱っていることがよく分かります。今後は多くの企業のトップミーティングでも「人材」「HRDX」がアジェンダとして加わることになるでしょう。
岩本 取締役会の課題として人材戦略を取り扱う会社は着実に増えていますね。2022年3月には、日立製作所が旗振り役となって「非財務情報の開示指針研究会」(経済産業省)が発足しました。100を超える事業会社がワーキンググループをつくり、議論を重ねています。いずれにしても、まずはデータをそろえて経営会議のテーブルに載せることが第一歩となります。具体的なKPI(重要業績評価指標)を設定し、モニタリングしていける体制づくりが必要です。
川島 ISO30414認証の取得には、どのようなデータが必要ですか。
岩本 大手企業の場合、外部に開示すべきメトリックは23で、内部へは58を全てデータ化して、過去3年分のデータをそろえなければなりません。中小企業は、外部に10、内部には32の開示データを整える必要があります(【図表2】)。認証機関は、データだけではなく経営トップや事業部長のインタビューなども参照しています。
川島 持続的成長の「手段」であるはずの情報開示や認証取得自体が「目的」になってしまっては本末転倒です。業務との乖離を防ぐ方法はありますか。
岩本 情報開示は、社内で活用する人材マネジメントデータの一部を資本市場や労働市場に向けて戦略的に開示するというもので、それも重要なことではありますが、より重要なのは社内での人的資本報告です。全ての従業員が自社の人材マネジメントの在り方に納得し、自信を持てることが根本的に重要となります。
川島 情報開示や認証取得を、企業価値を高める飛躍台としていきたいところですね。
川島 事業部と人事部のコミュニケーションの在り方についてはいかがでしょうか。
岩本 これからの人事部には、人間を深く理解し、事業部長にアドバイスできるくらいの資質が求められると思います。事業部長とともに「誰をどのように育てていこうか」と戦略的に話し合うHRBP(HRビジネスパートナー)であるCHRO(最高人事責任者)の存在が重要です。
HRDXを進めている先進企業では、ブラックボックス化していた人事部のデータを全事業部のリーダーが閲覧できるようにしました。現在は事業部が中心となって人事関連業務を行い、人事部はプラットフォームを俯瞰的に支える役割を担っています。
川島 事業部と人事部が知見を共有して、インタラクティブ(双方向)に「人的資本」を活用していく。まさしく、各社の采配が問われます。
岩本 これからの「企業は人なり」とは、自社にとって具体的にどういうことなのか。ビジョンの実現に向け、その定義をゼロベースで考えていくことが大切だと思います。
川島 本日は、貴重なお話をありがとうございました。