「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり」。戦国武将の武田信玄は、多様な人材が強固な守りになると看破したが、それは企業経営にも当てはまる。優れた人材を育てる仕組みを全社員でつくり出しビジョン実現を目指す、「地方の雄」に学ぶ。
元気をつくる社員づくり「加和太アカデミー」
地域に根差した建設業として「世界が注目する元気なまちをつくる」をビジョンに掲げる、静岡県三島市の加和太建設。陣頭指揮に立つ代表取締役の河田亮一氏は、創業者からバトンを承継して売上高100億円企業へと成長させ、さらに「元気をつくる社員づくり」に着手。独自の教育体系「加和太アカデミー」を2019年に開校した。
「業績の伸長とともに、顧客の期待値や評価が高まっているのを感じていました。そこにしっかりと応えて永続的に成長するには、一番大事なリソースである『人』を育て、平均レベル以上に底上げすることが必要です。一方で、忙しいマネジメント層が、現場で教える時間や労力を増やすのは難しい。その解決に向けて、現場任せではない体系的な教育制度を用意しようと考えました」(河田氏)
河田氏は、タナベ経営が支援する「企業内アカデミー制度」が幅広い業種で成果を上げていると知り、導入を決めた。
「最も魅力を感じたのは、教育コンテンツを体系化するために重要なシラバス(授業計画)づくりのノウハウです。ビジョンの実現にはどんな人材が必要か、年次や階層ごとにどんな知識や能力が必要で、そのためにどんなコンテンツが有効なのか。一緒に導き出していけると確信しました」(河田氏)
加和太アカデミーの構築プロジェクトは、河田氏と教育担当の人事部に加え、「学ぶ側」の社員も世代や役職が異なる多様なメンバーを選出。ウェブ講座とリアルな対面学習の2軸で、ハイブリッドな学びのシラバスづくりを進めた。
そのプロセスで気付いたことが2つある。1つ目は、成長し続けるためには学び続け、「その先の視点」を持たなければならないこと。2つ目は、従来の育成は、無意識に数多くの要素をまとめて教えようとしており、スムーズな理解へとつながりにくくなっていたこと。例えば「型枠づくり」に関する内容であれば、「計画」「指示出し」「安全管理」といったように、1つずつの業務に細分化したコンテンツで、順を追って具体的に教えないと、学ぶ側には伝わらないことが分かった。
「私の役割は、目線が短期的に、実務直結型にならないようにすること。『もっと大きな世界観のためにみんなが成長しなきゃいけないよ』と、そのことだけを言い続けました。
大事なのは、どんな時代環境でも、事業領域でも活躍できるような人材になっていくこと。ただ仕事ができるようになるだけでなく、喜びや感動を生み出せる人材に育つことをゴールにして、バックキャスティングで学習内容を構築することにこだわりました」
そう話す河田氏は、シラバスの完成後、さらに全社を巻き込んでいった。社員一人一人が必ず1つのカリキュラムの講師を務め、自らコンテンツを作るようにルールを整備した。管理職やベテランは難易度の高い講座、新人や若手は基礎的な講座を担当。誰もが「教える側」に立つ体験を通して、教えるには多くの知識が必要なことや、伝わりやすい言葉選びの難しさなどを体感することで、受け身だった学びの姿勢から社員が抜け出すことにつながっていった。
「上手な話し方や表情づくり、撮影など、互いに教え学び合う中で、良い学びや気付きが生まれて、社員がずいぶんと変わりました」と河田氏は振り返る。
学ぶ前にまず、学ぶ意識が変わる。仕組みづくりがそのまま「学びの準備」になっていたと言える。
学びの機会が少ない地方企業ならではの学びが重要
2020年4月、ウェブ学習165講座、対面研修124講座で加和太アカデミーが開校した。ミッションやバリューからビジネスマナー、マネジメントまでを学ぶ「一般教養課程」と、専門スキルを習得する「土木・建築・不動産・安全管理」の4学部で構成されている。
「ウェブ学習は1講座10分で構成されており、見たいと思ったときにいつでもどこでも見ることができます。対面研修は短時間のウェブ学習では学びきれないテーマが中心です。毎月1回、第3金曜日に『学びの日』を設け、グループワークや実務スキルなどについて数時間かけてじっくり学んでいます」(河田氏)
全社員が学びを最優先できる「学びの日」は、勤務時間内に目の前の仕事から離れて学びのインプットをする機会づくりだ。人材育成への本気度が分かりやすい取り組みであり、グループワークは日常業務では接点の少ない他部署の社員同士が交流する機会になっている。
社員の学ぶ姿と実績は、毎月のアカデミー受講状況を全社員へ配信するメール「アカデミー通信」で見える化している。2022年3月は、新入社員のメンター役に決まった社員が、良きロールモデルになろうと83講座を受講し、ランキングトップに輝いた。
「学びたい意欲に火が付いたときに、ちゃんと社員が学んで鍛えられることが大事です。成長する可能性がある人材を抜擢しやすくなりますし、実際に『現場監督を入社3年目から任せてみよう』と思える人材も出てきました。今後の成長が楽しみですし、それがまた、他の社員に良い刺激を与えています」と、河田氏の顔はほころぶ。
一方で、学びの仕組みと環境が整っても、進んで受講しない社員もいた。受け身で指示待ちの姿勢であることが共通点だが、個別に話を聞いて掘り下げたところ、意外な理由にたどり着いた。「会社から期待されている役割が自分に向いていないのではないか」という疑問を抱いていたのである。
「衝撃の事実でした。いずれその役割を担うと分かって当社に入社しているから、『そこに迷いはないのが当たり前』と私は思い込んでいたのです。でも考えてみれば、どんな職業でも、入社後に迷い、悩む人はいます。そのことに思いが至らないままでは、どんなに学びの機会を整えても社員の心には響かないし、伝わらないのだと気付かされました」(河田氏)
同社は学びの原点に立ち返り、寄り添うサポート役の管理職を新設するなど、育成体制の整備を検討中であるという。