
Activity Based Workingを導入した竹中技術研究所。部門を超えた交流が活発になり、業務上の連携や生産性向上、所員の自己効力感向上にもつながっている
建設基盤技術のみならず、AIやロボティクス、情報工学などを活用した建設周辺事業の開発にも積極的な竹中工務店。同社は近年、建設事業での革新と新ビジネス創出に不可欠なオープンイノベーション人材の育成に力を入れている。
建設革新、新事業創出を担う人材が不可欠
“最良の作品を世に遺し、社会に貢献する”といった「作品主義」や、“伝統的技術と精神の研鑽”を重視する「棟梁精神」などを掲げ、建設業界で唯一無二のポジションを築いてきたスーパーゼネコンの竹中工務店。そうした経営理念を掲げるとともに、「よい仕事がよい人を育て、よい人がよい仕事を生む」「主体的に行動できる人材こそが、組織の成長の原動力」という考え方で、人材育成に当たってきた。
その人材育成の在り方はユニークだ。新入社員は1年間、「深江竹友寮」と呼ばれる教育寮で寝食を共にしながら、幅広い知識やスキル、チームワークを身に付けていく。その他にも、先輩社員の指導担当制、2~3部門を経験しながら基礎的知識を身に付けるジョブローテーション、OJT、OFF-JTなどで人材を育てる体制を構築している。
一方で、ここ数年、建設業界を取り巻く環境は激変している。ICTの全面的な活用、建設生産システム全体の生産性向上、スマートシティ構想やSDGsへの対応など、新しい技術や仕組みに対応できる人材の育成は急務だ。そこで、同社ではグループの成長戦略に基づいた新たな人材育成を掲げている。
「当社グループは『2025年マイルストン』を掲げており、サステナブル社会の実現のために建築・土木を中心にしながら周辺領域の知識や技術を取り込んで、『まちづくり総合エンジニアリング企業』を目指しています。そのために必要になるのが、新たな価値創造を担えるイノベーション人材です。
特に技術系社員は、最新技術によって新たな事業領域にチャレンジしていくことが求められます。そんな全社的な人材ニーズを踏まえた上で、竹中技術研究所では『オープンイノベーション人材』を育成するためにさまざまな施策を実践しています」
そう説明するのは、竹中工務店の竹中技術研究所所長である高橋幹雄氏だ。同研究所は、急速に変化する社会・環境に対応した新しい分野に対する研究開発を行っており、新技術や新工法の開発、社内各部門からの委託による研究、外部機関からの受託研究など幅広い活動を行っている。
同研究所が重視する新分野は、Society5.0(超スマート社会)※やスーパーシティー(スマートシティー)、カーボンニュートラル社会の実現であり、こうした社会の実現には、従来の技術領域に加え、異分野の知識や技術を活用することが求められる。その際、異分野の専門家と連携を図れる人材が不可欠になると高橋氏は指摘する。

竹中技術研究所 所長 高橋 幹雄氏
2タイプの人材像「建設革新人材」「ビジネス革新人材」を育成
竹中技術研究所は「オープンイノベーション人材」として、2タイプの人材像を掲げている。まず建設事業においては、革新技術・ソリューションの開発やマネジメントが担える「建設革新人材」。もう1つの新領域においては、AI・ロボティクス、情報工学などの異分野で新しい事業を創出できる「ビジネス革新人材」である。
前者は、設計や生産、エンジニアリングなどの技術を持つ人材(建設専門人材)を育成することで、建設事業でのイノベーション実施を目指す。後者は、既存の設計や生産分野に加えAI・ロボティクスなどの異分野の知識を持つ人材であり、建設周辺事業、新事業の開発・マネジメントを目指すという。
「オープンイノベーション人材を常に採用時から獲得できるわけではないので、それぞれの資質を持つ人材を育てていかなければなりません。当研究所では20歳代を育成期、30~40歳代前半を貢献期とし、40歳代からはより早くマネジメント期へ移行することを意図して、それぞれの年代に応じた研修やプログラムを実施しています」
そう語るのは竹中技術研究所副所長の櫛部淳道氏である。社員の年齢やスキルに応じて、適切な研修や育成プログラムを受講してもらい、建設革新人材やビジネス革新人材になれるように育成している。

竹中技術研究所 副所長 櫛部 淳道氏
イノベーションマインドを持つ人材の育成に向け、竹中技術研究所は多彩なプログラムを実施している。「建設革新人材育成プログラム」「チェンジリーダーシップ研修」「システムモデリング研修」「プロジェクトマネジメント・スペシャリスト(PMS)研修」「デジタルリテラシー向上プログラム」などだ。
建設革新人材育成プログラムは、米シリコンバレーのスタートアップの成長を支援するアクセラレーターによる研修である。参加メンバーがワークショップやディスカッション、発表などを行いながら、大企業のイノベーションにつながる課題解決にチャレンジし、建設革新人材を育成していく。
チェンジリーダーシップ研修は、グループ長クラスを対象にした内容で、変革マインドと実践力を身に付けることを目的にしている。具体的には、変革を推進するリーダーシップの原則を理解して実践に生かすスキルなどを学ぶ。
「システムモデリング研修では、宇宙開発に携わっている方を講師に迎えてシステム思考を学んでいます。システム思考とは、複雑な状況下でさまざまな要因のつながりと相互作用を理解することで、真の変化を創り出すアプローチです。宇宙開発は、多くの領域の技術が関わりながらイノベーションを創出している分野。ゼネコンの仕事も多彩な分野の技術の融合が不可欠で、非常に類似性があることから、若手社員を対象に訓練のため導入しています」(高橋氏)
チェンジリーダーシップ研修と同じく、グループ長クラスが受講するPMS研修は、経営視点を養うことを目的にした研修で、何も決まっていない状態から価値創造プロジェクトを立ち上げ、成果を生むためのマネジメント力を養う。デジタルリテラシー向上プログラムは、40歳代以上を対象にAIやIoTの知識を学ぶ研修で、約15時間、希望者は50時間以上受講する。研修プログラムは随時改善しているという。さらに各プログラムの参加者の人選についても工夫を凝らす。「研修効果を上げるには本人のモチベーションが重要なファクターになります。そこで、実際に業務に課題を持つ社員に参加してもらい、効果の最大化を図っています」(櫛部氏)

建設現場の360度写真の整理・共有サービスを提供するHoloBuilder社など、シリコンバレーのスタートアップ企業との共創により、世界最先端技術の導入を図る
※AIやロボットの働きによってあらゆる人が快適に暮らせる社会を目指し、2016年に閣議決定された「第5期科学技術基本計画」に基づく未来社会の構想
社員交流の活性化を目的にしたオフィスレイアウト・新しい働き方を導入
竹中技術研究所のオープンイノベーション人材の育成方法は、研修プログラムの導入だけではない。2019年には職場環境も大きく変えた。それが社員交流の活性化を目的にしたオフィスレイアウトの改修と、仕事内容や気分に合わせて働く場所や時間を自由に選ぶ「Activity Based Working」(以降、ABW)と呼ぶワークスタイルの導入である。研究所メンバー全体の約7割を巻き込んだ議論を経て実現したものであり、他部署との交流がしやすい環境が実現。個別のデスクはなく、社員が好きな場所で仕事ができるフリーアドレスへ移行した。
この転換により、他部門との対話が大幅に増加。改善前との比較では、他部門との対話時間が1.9倍に増加し、総対話時間も1.5倍に増加したという。
「ABWにより、数値には表れない変化も生じています。部門を超えた交流が盛んになったことで連携しやすくなり、チームビルディングを生かした働き方が身に付いてきました。密にコミュニケーションが取れることで、協働しやすい環境になったことは間違いありません。また、『働きたい場所で働けている』と感じることで生じる自己効力感や作業効率の向上にも効果を発揮しています」(櫛部氏)
イノベーション人材を育成するため多面的に社内改革を進めている竹中技術研究所。その成果は社外とのオープンイノベーション活動にも表れており、実際、国内外で他企業とのプロジェクトが次々に立ち上がっている。
同社は米シリコンバレーに拠点を持っており、現地のスタートアップ企業との共創にも積極的だ。例えば、建設現場で撮影された360度写真を整理・共有できるクラウドサービスを提供するHoloBuilder社との技術開発をスタートさせている。こうした活動を通じ、世界最先端の技術導入を図るのが狙いだという。
また、国内でも異分野・同分野を問わず、他社とのオープンイノベーションを進めている。通信大手のNTTドコモとは、建築現場の工事計画や工事管理などの業務データやバイタル、歩数、位置データなどの「人」に関するIoTデータを蓄積し、生産性の持続的向上や新しい働き方の構築を目指す。その他、鹿島建設とはロボット施工・IoT分野における技術連携などを行っている。
こうした取り組みは、意欲あふれる多彩なバックボーンを持つ人材の獲得にも功を奏している。それを裏付けるのが、専門分野が建設関連以外の社員も同研究所に多く在籍している点だ。電気・電子、環境、生態系分野など、多様な専門領域を持つ社員が社内外の専門家と協働しながらイノベーションに挑戦し続けている。こうした人材が、同社を前進させるエンジンであることは間違いない。
PROFILE
- (株)竹中工務店
- 所在地:大阪府大阪市中央区本町4-1-13
- 創業:1610年
- 代表者:取締役社長 佐々木 正人
- 売上高:1兆2604億円(連結、2021年12月期)
- 従業員数:1万3212名(連結、2021年12月期)