古くから、お伊勢参りや熊野詣などの交通の要衝だった三重県多気町に誕生した「美しい村」がある。山海の幸に恵まれた多気町は国内有数の薬草の生育地であり、みそやしょうゆなど伝統の発酵食も育んできた。その地で、今ある大切な価値を再発見し、未来へ「継承し、持続する」挑戦が始まっている。
2021年7月、三重県多気町にグランドオープンした「ヴィソン」。「癒、食、知」を堪能する73店舗が集結した大型リゾート施設の名は、ブランドコンセプトを体現している。
「日本の豊かな食文化をテーマに、地元の農産物や薬草、伝統ある発酵食を学び体験する『美村』(美しい村)が施設名である『ヴィソン』の由来です。ぬか床で発酵させた漬物やだしから取るみそ汁など、和の食文化の価値を伝え、残すためには、1つの場に集積して複合的に価値を伝える方が、迫力が生まれ魅力が高まります。これだけの規模で、これほどの顔ぶれがそろう施設は、全国でも唯一無二。テナントは、こだわりの名店にも入っていただいています」
笑顔でそう語るのは、ヴィソン多気の代表取締役・立花哲也氏。癒しと食の複合温泉リゾート「アクアイグニス」を三重県菰野町に開業し、年間100万人が訪れる人気スポットに育てた立役者だ。その手腕に、2014年、多気町長が地元の農産物や薬草など、地域ブランド価値を高める活性化事業への協力を要請。三重が創業地のイオンタウン、主力工場を置くロート製薬、幹部が県出身の投資会社ファーストブラザーズとともに合同会社「三重故郷創生プロジェクト」を設立した。そして立花氏はいま、運営会社・ヴィソン多気の陣頭指揮に立つ。
「いわゆるチェーン店やコンビニエンスストア、自動販売機は1つもない。あえて、いまの世の中にあふれる大型商業施設の逆を行く選択をしました」(立花氏)
それだけではない。敷地は自社で購入し、建物はメンテナンスの手を入れて長く使うことを目的に木造を選んだ。大型商業施設の多くは、定期借地で更地にして返却し、テナント店舗を数年ごとに短期契約で入れ替えるビジネスモデルだが、ヴィソンはその逆を行く。奇をてらった戦略ではなく、むしろ王道を進む決意の表れだ。
「終わることが前提の事業ではなく、お伊勢さんの式年遷宮※のように継続していくイメージです。店もデザインも数百年続く、サステナブルな新しいモデルを地域から発信していこうと考えています」(立花氏)
こだわりの味を大切に守る老舗や名店への出店交渉は簡単ではなかったが、立花氏にも譲れないこだわりがあった。例えば、発酵食のみそなら、天然素材にこだわり日本の食文化を守ろうとしている蔵乃屋(マルコメ)に声を掛けたように、「本気」で作られた商品をそろえる熱意はブレなかった。
もちろん、経営が成り立たなければ持続不可能になる。来場者数は、コロナ禍前の伊勢神宮の参拝者数に近い年間800万人と想定。集積複合型モデルの強みをシミュレーション分析するなど、エビデンスに基づいて事業を計画した。ブレずに、諦めることなく手を尽くす立花氏の愚直な姿勢は、出店決定後も変わらなかった。ロングパートナーになるテナントそれぞれに、展示を含めた店づくりの相談に乗りながら準備を進めた。
「物販だけなく体験型で学べ、それぞれの店の思いを『見える化』して食文化を伝えられたら、多様な機能が生まれて必ず良いものになる。そう思っていましたし、実現できたと思っています。何十回と通い詰めて出店の説明を重ねたおかげで、企画から8年かかりました(笑)」(立花氏)
スクラップ&ビルドの商業施設で終わらず、地域とともに持続可能な村にする。お伊勢参りで全国から訪れた人が、日本と地域の食文化を楽しみ、地元の人も名店のこだわりや多様なデザインに触れる。観光と地域の暮らしの両面で、共感と共通の体験価値が生まれる。その実現までに8年の歳月を要したからこそ、ヴィソンはテナントと揺るぎない価値観を共有でき、持続可能な姿になったのである。
※社殿を造り替えて、神座を遷す行事。伊勢神宮では、20年に一度行われている