“ちょっと贅沢な家飲み”需要を受け、クラフトビール市場が2桁成長を続ける中、19期連続の増収、しかも過去最高益を上げるヤッホーブルーイング。20世紀末の「地ビール」ブームから一転、苦境の中で「顧客とのつながり」に着目し、共感を高め、エンゲージメントを持続する「ファンとの絆づくり」に迫る。
飲みやすいラガーよりも、味わいや香りも楽しめるエール※を――。その選択肢として「王道」と呼ばれる人気を誇るのがヤッホーブルーイングの看板製品「よなよなエール」だ。
星野リゾート代表取締役社長・星野佳路氏による1997年の創業以来、「ビールに味を!人生に幸せを!」をミッションに、日本に多様なビール文化を根付かせる挑戦を続けるヤッホーブルーイング。全国約500社のクラフトブリュワリーのトップランナーとして成長軌道を描く同社の原動力は、個性を楽しめる品ぞろえに加え、独自のCX(顧客体験価値)の創出にある。
その専門ユニット(部門)が、CRM設計やCXデザインを担う「よなよなピースラボ」だ。ユニットディレクターの佐藤潤氏は、「ブランド(製品)に対する愛情を深めてもらえるよう、お客さまと直接コミュニケーションを取る活動を大切に続けてきました」と笑顔で語る。
地ビールブームが去った後、同社製品を含むクラフトビールは、主要販路だったスーパーマーケットやコンビニエンスストアから姿を消した。8期連続で赤字を計上したが、2004年に転機が訪れる。きっかけは、開店休業状態だったEC通販(現・よなよなの里)で、全国の顧客と直接つながったことだった。
「最後の砦だったEC通販で、驚くほど反響の声が届いたんです。『おいしいよ』『いつでも買えてうれしい』『応援してるから』と。この声を受け、沈んでいた社員のモチベーションが一気に高まり、業績も右肩上がりに回復し始めました」(佐藤氏)
※一般的なビールであるラガーは「ラガー酵母(下面発酵酵母)」を使用し、スッキリした飲みやすさが特徴のビール。一方、エールは「エール酵母(上面発酵酵母)」を使用し、豊かな香りと深い味わいが特徴のビール
多彩な品ぞろえがあり、すでに市場を席捲している大手メーカーとは異なり、同社はこだわりの強い製品で、今までにない「クラフトビール」という市場をつくる必要があった。
そのため、販売促進の手法も価格訴求などではなく、ネーミングの由来や飲み方のスタイルといった「つくり手の情熱やこだわり」を丁寧に伝える方が、既存顧客の共感を得られ、新規ファンの獲得にもつながる。同社はそう気付いたのだ。
製品だけでなく、つくり手の活動や思いに共感し、支えてくれるファンを増やし、その熱量を高めていきたい。だが、膨大な広告宣伝費が必要なマスコミュニケーションのアプローチは難しい。
だったらクラフトビールらしく、手づくりのイベントで伝えよう、と2010年に始めたのが「宴」だ。現在は直営店の公式ビアレストランを中心に開催し、チケットが数分で完売する人気イベントに成長している。さらに2015年には規模を拡大。2018年にはお台場の会場に5000人超のファンが集う「よなよなエールの超宴」へと進化を遂げた。
「よなよなエール」のファンである顧客層は、30歳代後半~40歳代前半の男性。首都圏で暮らし、情報感度や可処分所得が比較的高いのが特徴だ。安さよりも、製品の世界観や楽しみ方に体験価値を見いだし、リアルに体感できるファンイベントに積極的である。また、家族や友人、同僚を誘うことが多く、新たなファンの拡大にもつながっている。
「当社のスタッフも参加し、お客さまともニックネームで呼び合います。私は『ジュンジュン』。当社のミッションをお伝えし、一緒に盛り上げましょう、と呼び掛けます。まだ少数派であるクラフトビールファンが集うからこそ絆が生まれ、つながり続けていけるんですよ」(佐藤氏)