その他 2022.03.01

ウェブ活用のDtoCで攻める:明治機械製作所

YouTube明治機械製作所営業本部公式チャンネルの動画

 

「エアメーション」(エアと技術の融合)を合言葉に、空気エネルギー技術のパイオニアとして成長を遂げてきた産業機械メーカーが、次代の経営の柱に選んだ「特殊品」づくり。実現するビジネスモデルは、既存のリアルな商流ではなく、ウェブでユーザーと直結するDtoC(Direct to Consumer)だった。

 

 

強みを生かす新たな「柱」をつくる

 

エアコンプレッサー(空気圧縮機)やスプレーガン(塗装機器)の製品設計から評価試作までを手掛ける明治機械製作所は、1924年に欧米工作機械の輸入販売で創業。従来、刷毛で塗っていた塗装作業を機械化することで、塗装による美化や耐久性の向上という概念を定着させた。

 

その後、エアコンプレッサーの製造も開始し、「エア」と深く関わるメーカーとして地位を固めた同社は、さまざまな「エア技術」に精通したものづくり企業として、厚い信頼を獲得している。

 

エアコンプレッサーとスプレーガンに続く、第3の経営の柱づくりへ始動する第一歩がウェブマーケティングだったと、同社の代表取締役社長である佐伯直泰氏は語る。

 

「低成長経済や海外移転で国内の生産拠点が減り、ターゲットユーザーの市場が縮小。しかも、競合相手は有名な大手メーカーばかり。普通のことをしていたら、標準品は価格競争で勝てません。生き残るために選んだのが、エンドユーザーの生の声を反映してニーズを満たす、カスタマイズ開発の特殊品でした」(佐伯氏)

 

標準品に加え、2万件超の特殊品開発の実績があり、ユーザー密着と小ロット対応の強みを生かす差別化戦略なら、生き残る道がある。だが、機械工具商社や販売代理店を介したBtoBtoCビジネスという特性上、同社の知名度は高くない。また、少数精鋭の営業人員の増強にも時間がかかる。要望を待つのではなく自らユーザーに開発を働きかけ、効率よく情報を拾い集めるには、どうすればよいか――。既存事業のリアルな商流ビジネスと顧客は「守り」つつ、新たにDtoCでウェブを活用する「攻め」に出て、特殊品市場を切り開く挑戦が2020年冬に始動した。

 

「無理をして売上高を伸ばすよりも、利益を確保することが社員と会社にとって本当の幸せになると考えています。『実』を取る利益経営を目指す方向性について、当社の強みを生かしながら実現する手段を、タナベ経営が提案してくれたのです」と佐伯氏は話す。

 

まず、自社ホームページを充実させたことにより、電話やメールでの問い合わせが2.5倍に急増。競合メーカーの20%程度だったサイト訪問者数も約80%増となった。

 

推進役を担う営業企画室を統括する取締役営業部部長の山田康二氏は、「特別なSEO対策もなく最低限の装備だったホームページとウェブ広告だけで、すぐ結果に表れました。しかも、従来のリアルな商流から漏れていた新規ユーザーが多い。営業担当者が商談を詰めながら、新しい直販ルートを確立しています」と笑顔で振り返る。

 

想定外の追い風も吹いた。人気のハンドスプレーガン「Finer(ファイナー)」シリーズの新商品について、登録者2万人を超える塗装業界への影響力が大きいユーチューバーが「仕上がりが良い!」と高評価。動画を見て購入する他社製品ユーザーが相次ぐなど反響を呼んだ。

 

新しい取り組みを始めるだけでなく、やめたこともある。長年の商習慣だった発売記念キャンペーンだ。商社に値引きのインセンティブ、ユーザーにはプレゼントの特典を付けることで、発売直後に3000台超もの大量販売ができる。その一方で、翌月から急激に販売数が減ってしまうことが課題となっていた。

 

「新商品は本来、これまでにない価値や魅力があるのに、わざわざインセンティブで利益を圧縮していました」と山田氏。品質に自信があり適正価格でも、商習慣を変える不安は消えなかったが、そんな杞憂もYouTubeの動画が吹き飛ばした。発売開始から半年を過ぎても、毎月、数百台の販売を維持。すでに販売総数で従来を上回る成果を上げている。

 

「品質・商品力をユーチューバーの生の声が代弁してくれました。メーカーの自画自賛PRよりも、公平な価値判断としてユーザーの心に響くことが、よく分かりました」(佐伯氏)

 

 

 

シミュレーション解析により霧化に最適な構造を生み出したハンドスプレーガン(左)。汎用性と優れた経済性を併せ持つスタンダードモデルの汎用コンプレッサ(右)

 

特殊品でユーザーの困り事を解決

 

現在進行形のウェブマーケティングとしては、TwitterやInstagramに公式アカウントを開設。2022年1月に特殊品専門サイトを、春には自社ECサイトを新設予定で、差別化を可能にするDtoCの流れが加速している。メーカーのプロダクトアウトではなく、ユーザーの声から生まれる特殊品とは、どのようなものなのか。佐伯氏はスプレーガンの事例を教えてくれた。

 

「自動車部品の塗料は高価です。エア霧化してスプレーコーティング時の飛散ロスをなくし、塗着効率を上げたい。塗面もきれいに仕上げたい。でも、標準品ではうまくいかない。そんなお困り事の解決策を、ユーザーと一緒にトライアンドエラーでつくり上げていきます」

 

ただ「特殊」の名が示す通り、コンプレッサーは技術難易度が高く、スプレーガンも塗料の噴射条件や材質などが複雑なため、営業担当者の豊富な知識と経験が欠かせない。

 

「情報を拾い上げても、ユーザーに対してアピールできる人材は限られます。専門チームを営業部の部長直轄で新設し、東・西日本にそれぞれ配置する計画です」(佐伯氏)

 

専門チームの成果は、情報をつかんだ拠点営業の売上成績に計上し、モチベーションを高める工夫も凝らす。それは営業担当者の成長機会につながり、ユーザーの要望や不満をそのままにしない仕組みでもある。

 

困り事を解決する特殊品市場は、食品や医薬品、化粧品など、スプレーコーティングの新用途開発への期待が大きい。しかし、同社の特殊品専門サイトにおいては、「難しいこと」だけでなく「簡単なこと」もできることを発信している。

 

「『標準品の使い勝手を良くするカスタマイズはハードルが高い』『小ロットだと断られる』といった先入観が強い。どちらも当社なら、きめ細かく対応できると伝えて『明治機械製作所に言えば何でもやってもらえる』という信頼を築きたいのです」(佐伯氏)

 

売るよりもまず、ユーザーの小さなニーズや届かなかった声を拾い上げる。そうした小回りの良さを発揮することで、優位性が生まれる。ニッチな市場だが、競合大手メーカーが敬遠するホワイトスペースである。

 

また、自社ECサイトは販売代理店の減少や中古品流通の拡大で、「必要な部品が手に入らない」「メンテナンスを頼めるところがない」というニーズの受け皿になる。標準品は従来通りリアルな商流で販売し、部品供給で困っているユーザーに対し、直販ルートを築くのが狙いだ。メーカー主導の定価販売で高い利益率が見込め、メリットも大きい。

 

先行して、部品の交換・取り付けを解説するメンテナンス動画を制作し、業界初のメーカー正規動画としてYouTubeに公開予定だ。ユーザー企業から、分解洗浄作業の動画をメンテナンス教育に使いたいとの声も届き、エンゲージメントが高まっている。