2024年に創業150周年を迎える西松建設
出所 : 西松建設ホームページ
現場・ワークスタイル・ビジネスを変革するさまざまなDXプロジェクトを立ち上げ、持続可能な社会づくりを推進する西松建設。デジタル技術を駆使して建設業特有の課題を乗り超え、働き方の多様性を高める挑戦を続けている。
まずは夢物語を描くことから
2024年に創業150周年を迎える西松建設は、ダム・トンネル・道路・物流倉庫・オフィスビルなど、日本社会を支える重要なインフラ整備を数多く手掛けている。2023年に長期ビジョンを「西松-Vision 2030」に刷新。土木事業・建築事業に加え、活力あふれる生活空間をスピーディーに創出するアセットバリューアッド事業や、産官学民連携による環境にやさしいサステナブルなまちづくりを進める地域環境ソリューション事業にも注力し、「社会基盤整備」から「社会機能の再構築」へと価値共創活動の領域を拡大している。
その長期ビジョンをデジタルの観点で支えるのが、「西松DXビジョン」である。次の150年も社会に貢献し続けるには、「きつい」「危険」「汚い」「長時間労働」といった建設業の課題を克服し、「働いてみたい」「ずっと働き続けたい」と思える魅力的な職場環境に変えなければならない。
そうした強い問題意識のもと、同社は2022年7月に経済産業省が定めるDX認定事業者の認定を取得。全社一丸となってDX戦略に基づく「働き方改革」に乗り出した。ビジョン策定に当たったDX戦略室DX企画部長の増田友徳氏は次のように語る。
「今ある業務を減らす・止めるという後ろ向きの発想ではなく、『将来こういう働き方ができたら、もっとワクワクするよね!』というゴールからのバックキャスティングで議論しました。まずは夢物語でも構わないから、モチベーションが上がるような建設業の未来像を描きたいと思ったのです」
データ収集、活用による業務DX
1枚のイラスト(27ページ)で表現された西松DXビジョンには、現場・ワークスタイル・ビジネスを象徴する3本の木が、業務データ・ナレッジデータ・技術データを“栄養素”として成長する未来像が描かれている。スマート現場の設計・計画DXの取り組みとして、コンピューターに設計のイメージや要件を入力することで自動的に複数のデザイン案を生成する「ジェネレーティブデザイン」や、トンネル工事の遠隔化・自動化など施工DXの取り組みが挙げられる。これは、現場のあらゆる情報をIoTセンサーなどで収集し、デジタル空間にリアルに近い現場を再現する技術で、現場の施工管理を行うというものである。
ワークスタイルのDXについて、増田氏は次のように話す。
「これまでの建設業は、一品受注生産・現地屋外生産・労働集約型生産で、効率を上げるのは至難の業でした。その事業特性に引きずられて、外部からの影響を受けずに価値観がガラパゴス化していると感じています。実業務においても、会議が多い、手続き・捺印・資料作成などの業務が多い、業務進捗が属人的で分からないといったワークスタイルやマネジメントの課題や、業務プロセスが標準化されていない、判断が属人的、個人の知識や経験が継承されていないといった課題が見過ごされてきてしまったのです。当社では、これらをDXで解決しようと試みています」
最大のポイントは、勘と経験による企画から脱却し、「データ活用によるDX」へシフトすることだ。
同社ではまず、「データドリブンにプラン・プロセスをマネジメントし、事業運営の効率化・高度化に繋げていく」という業務DX方針を決定。エクセルで属人的に行われていた計画立案・予実管理をBI※とCPM(企業業績管理)が一体化したツールに集約し、過去のデータに基づいて適切なプランに加筆修正される仕組みの構築を進めている。
また、営業・設計・計画・積算・業績管理・技術開発・アフターサービスなど一連の業務プロセス情報をクラウドベースのSFA(営業支援)・CRM(顧客関係管理)ツールを拡大活用して一元管理し、意思決定者やプロセスの実行者が必要十分なデータをリアルタイムに確認できる環境の整備も進めている。
ほかにも、文書生成AIを導入し、積極的に活用している。現在社内に展開しているのは、クラウドストレージサービスに格納している社内文書を、オープンAIが開発した人工知能チャットボット(自動会話プログラム)「ChatGPT」で検索するシステムだ。「〇〇に関する社内規定を教えて」という質問を入力すると、適切な文書を抽出、要約して教えてくれる。
また、同じ文書生成AIを活用した技術提案書作成支援ツールも、実用化に向けて検証中だ。施工に関する課題や要望を入力すると、社内の技術データを検索し、課題解決につながる提案をしてくれるという。最終的には人間が修正するものの、短時間で膨大なナレッジを検索でき、新しい視点でのより良い提案や作成時間の削減が期待されている。
※ ビジネスインテリジェンスの略称。データ収集、分析による経営の意思決定をサポートするツール
長期ビジョン「西松-Vision 2030」の実現をデジタルの観点から貢献する「西松DXビジョン」を策定。「私達は、デジタルで空間をイノベーションします」という方針のもとDXを推進している
出所 : 西松建設ホームページ
DX人財に必要な素質は好奇心と挑戦心
しかし、データの収集・蓄積は一朝一夕にできるものではない。
「テクノロジーは、導入がゴールではありません。DXの効果を発揮するには、業務に合わせてどう使いこなせば良いのか、どのように組み合わせて使えば良いのか、積極的に試行錯誤して実用的なものに仕上げていくけん引役が必要です。DXビジョンに描かれている未来は、今ある現実からは遠くかけ離れています。それでも、『どうしたら未来に近づけるか』と好奇心・挑戦心を燃やして日々の業務を改善し、小さな成功体験を積み重ねていく『人財』をどれだけ増やせるか。それが問われています」(増田氏)
増田氏は、「キャズム理論」(【図表】)に照らして、「新しいモノやテクノロジーに敏感な『イノベーター』や、その世界観に共感して行動する『アーリーアダプター』の母数を増やし、ノウハウの獲得スピードを上げることが重要だ」と指摘する。
【図表】キャズム理論
出所 : ジェフリー・ムーア著『キャズム Ver.2』(翔泳社、2014年10月)より
タナベコンサルティング戦略総合研究所作成
「費用対効果が明らかになると、キャズム(溝)を乗り越え、コストパフォーマンスを重視する『アーリーマジョリティ』に広がり始めます。そうなれば、みんなが使うなら使うというスタンスの『レイトマジョリティ』も後に続くはずです。そのような考えのもと、あらゆる手段を使って組織風土改革に取り組んでいるところです」(増田氏)
西松DXビジョンにおいて特筆すべきは、増田氏を含むDX戦略室メンバーの大半が、デジタルやICTの専門家ではないという点だ。DX戦略室が社長直轄の組織として設置されたのは2022年6月。現在は約半数を占める外部人財も入れて50人規模の体制となっており、DX企画部・デジタル技術革新部・ICTシステム部に分かれてさまざまなプロジェクトを推進しているが、その一人一人が専門的なDXの知識やスキルを兼ね備えているわけではない。
増田氏は、「どのような人財も好奇心や挑戦心を持っています。DX人財育成は引き出し方次第。大切なのは組織風土改革です」と前を向く。
同社では、2023年に社内アカデミー「西松社会人大学」に全社員対象のDX学部を設立し、DXやICTのリテラシー、各種業務アプリの活用法といった基礎レベルから、DXプロジェクトをけん引するための知識やスキルなどを習得できる教育プログラムをスタート。基礎レベルの受講は若年層の昇格の要件としている。
多岐にわたるDX推進施策が功を奏し、2023年度の社員アンケートでは、DXリテラシーやデジタル変革マインドが想定以上に高いことが確認できた。一方で、年配層と若年層の間でデジタル技術活用度の差が浮き彫りになった。背景を分析すると、DX戦略の理解が十分ではない年配層はデジタル技術を取り入れない傾向があることが判明したという。
「DXに対して慎重になる理由として考えられるのは、テクノロジーの信頼性への懸念です。建設現場は一つとして同じものがなく、日々の天候にも左右されるため、経験に基づいた複合的な状況判断が求められます。『たとえ数パーセントでもデジタルテクノロジーが判断を誤る可能性があるなら使うべきではない』。経験豊富な人ほど、その意識は強いのではないかと思います」(増田氏)
人と機械、どちらが状況判断を下した方が信頼性を担保できるのか。DXビジョンのさらなる浸透に向けて、その点の立証も重要なポイントになる。
また、「教育やインセンティブを充実させるだけでは改革が進まない」と課題を感じた同社は、理解のある現場と担当者を指名して各種ツールを用いた実証実験を必須とし、DXの効果を測定している。さらに、社内外に継続的にDX関連情報を発信し、DXビジョンに社会性を持たせることによって、浸透を図っているという。
「働き方改革のゴールは、社員一人一人の能力の最大化です。これだけ価値観が多様化した今、全社員がメリットを享受できるような施策を打ち出すことは難しいでしょう。しかし、自分にはメリットがなくても他の社員が喜ぶような施策を前向きに受容していけば、会社全体としては働き方の選択肢が増えることになります」(増田氏)
西松建設では、2024年4月に策定した「DX行動指針」に沿って一人一人が自律的にDXを推進し、「自分トランスフォーメーション」によってデジタルを活用した働き方にシフトしていく方針だ。
西松建設 DX戦略室 DX企画部長 増田 友徳氏
西松建設(株)
- 所在地 : 東京都港区虎ノ門1-17-1 虎ノ門ヒルズビジネスタワー
- 創業 : 1874年
- 代表者 : 代表取締役社長 細川 雅一
- 売上高 : 4016億3300万円(連結、2024年3月期)
- 従業員数 : 3301名(連結、2024年3月期)