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【企業事例】優れた経営戦略を実践する企業の成功ストーリーを紹介します。
モデル企業 2024.08.01

「ビジョンとともに働く」企業文化 中川政七商店

ビジョンはあらゆる意思決定のよりどころ
  高級麻織物「奈良晒(ならさらし)」の問屋だった江戸時代から300年余りの歴史がある老舗・中川政七商店。近年は工芸をベースにした生活雑貨の企画・製造・販売を垂直統合するSPA(製造小売業)ブランドとして、日本全国の手工業の産地・メーカーと、伝統的なものづくりやデザインの価値を現代の暮らしに生かす共創のビジネスモデルを展開している。また、伝統工芸産業に特化した経営再生支援や、工芸専門の合同展示会「大日本市」による流通サポートなど、活躍のフィールドを広げている。   拡大・成長する事業展開であらゆる意思決定のよりどころとなるのが、同社のビジョン「日本の工芸を元気にする!」である。2008年、現代表取締役会長の中川淳氏が家業を継ぎ、13代・中川政七として社長に就任する前に、「自らも社員も何のために働くのか、利益追求だけでは事業や働く意欲の継続に限界がある」と考え、中長期の方向性を示すビジョンを定めた。その後、ビジョンに基づくブランディング戦略を展開し、社長在任中の2018年までの10年間に事業規模13倍、成長率15%という飛躍を遂げ、「ビジョンファースト経営の先駆者」と呼ばれた。   中川氏がビジョン策定で重視したのは、「会社がやっていること」と「掲げるビジョン」がつながって見えること。また、ビジョンと利益の優先度の比率は「51:49」とし、「ビジョン達成の手段としてビジネスがある」という位置付けを明確にすることだった。利益軽視ではなく、最上位にあるビジョンの達成を通じて業績を残し、成長し続ける経営の姿である。   さらに、「WILL(想い)・CAN(実績)・MUST(使命)」の3つを重ね合わることで、産地出荷額がピーク時の5分の1まで縮小し、衰退が続く日本の伝統的な工芸品や技術、産地を存続させるという独自のビジョンが生まれた。それは、他社にないユニークな戦略とビジネスモデルを描き出すことにもつながった。   だが、本当の始まりはそこからだった。掲げるビジョンが機能するには、社員がビジョンを自分事にするプロセスが必要になる。「工芸メーカーが経済的に自立し、ものづくりに誇りを取り戻すこと」「地域が潤い日本人が誇りを取り戻し、世界に『工芸大国・日本』のブランドをつくること」。ビジョンとは何か、「工芸を元気にする」とはどういうことかを根気強く説明し続けることで、少しずつ理解、共鳴、体現へと浸透が進んだ。   また毎年、①ビジョンを示す、②ビジョン実現に必要な戦略と予算(目標)を伝える、という2ステップで中期経営計画を社員に発信。ビジョンと達成する戦略・目標を一体化して具体的にどう行動するかを落とし込み、目指す姿を現実にする推進力を生み出している。   さらに、年に1回開催の社員総会「政七まつり」は、数十年後の望ましい未来を描く「未来新聞づくり」のグループワーク研修を、食事会や社員表彰とともに実施。社員一人一人がビジョンを自分事化し、さらに行動がビジョンにふさわしいかをフィードバックする機会にもなっている。   もう1つ、ビジョンと同じベクトルを向いて、全社員が足並みをそろえて伴走するように、共通する仕事の心構えを言語化したのが、10カ条の価値基準「こころば」である(【図表】)。カード状にして常に携帯し、目の前の仕事とビジョン達成が結び付き、1つの道筋として重なることを絶えず意識して、何をするにも「まず、ビジョンありき」であることを忘れないという確かな行動指針となっている。   【図表】中川政七商店の10カ条の価値基準「こころば」 出所 : 中川淳『奈良の小さな会社が表参道ヒルズに店を出すまでの道のり』(日経BP)よりタナベコンサルティング戦略総合研究所作成   「ビジョンとともに働く」ことが同社の飛躍を遂げる原動力になり、会社の利益にもつながると信じる独自の企業文化を育んでいる。    
ビジョン・ベクトル・スタンスの共感価値が問われる時代
  ビジョンを実現しながら持続的な成長を遂げていくビジョンファースト経営の成功メソッドは、事業継承時にも大きなよりどころになった。   2018年には千石あや氏が、創業家以外で初めて代表取締役社長に就任。バトンを託す中川氏が決断したのも、受け継ぐ千石氏が覚悟を決めたのも、ビジョンが揺るがぬ指針となった。   伝統工芸産業の経営再生支援においても、ビジョンとともに変革することが成功への鍵となり、すでに十数社が再生を遂げている。創業100年を超える天然醸造しょう油メーカーでは、こうじのスペシャリストとして醸造文化を人々の生活に浸透させることを目指すビジョン策定と、こうじを基軸にしたブランディングを支援。全国的な「発酵食品ブーム」に流されることなく、ビジョンを体現する商品開発とブランド化で、その価値を消費者に届けることにより、さらなる100年の道づくりが始まっている。倒産寸前だった老舗窯元の陶磁器メーカーも、産地の名を冠したブランディング支援で、地域の知名度も高める優良企業へと劇的な再生を遂げた。   ブランディングで大切なのは、差別化と一定の方向性を持つことである。その整合性を保つことで飛躍を可能にするビジョンドリブンの成功事例は、具体的なエピソードとして中川政七商店の社員が納得と共感を高める力にもなっている。   求職者が急増し、優良企業から中川政七商店への転職希望者が相次ぐようになったことも成果の1つだ。採用では、経験やスキル以上に、「こころば」に共感できる人材を重視し、入社後も評価面談や社内公募制など新たな人事制度を導入。社員の誰もが「その気」になる仕組みづくりが、着実な人材の成長と全社のレベルアップにつながっている。   「コロナ禍を経た生活は、ライフスタイルに合う商品選びやコト消費の体験価値の時代から、その背景にある共感できる価値観や持続可能性を重視するライフスタンスの時代へと変わり始めている」と、中川氏は著書『奈良の小さな会社が表参道ヒルズに店を出すまでの道のり』(日経BP)の中で語っている。   企業にとって、ビジョンとベクトル、そしてスタンス(姿勢)がより厳しく顧客から問われるからこそ、それぞれを明確に示して行動を起こし、共感を高める価値を提供することが重要になり、企業の強みとなっていく。   中川政七商店は、一度途絶えると再現が難しく取り戻せない伝統工芸の産地や技術、職人を守り、次なる100年につなげる使命を目指すビジョンとして明確に掲げている。そして、その実現ベクトルを合わせ、ふさわしい行動スタンスを具体化することで、全社を挙げて共感価値を創り、高め続けている。   内なるビジョンの浸透と、伴走する行動、外なるビジョンを訴求し、共感が生まれるライフスタンスアクション。どちらも未来へと続く道づくりに不可欠である。    

(株)中川政七商店

  • 所在地 : 奈良県奈良市東九条町1112-1
  • 創業 : 1716年
  • 代表者 : 代表取締役社長 千石 あや