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【企業事例】優れた経営戦略を実践する企業の成功ストーリーを紹介します。
モデル企業 2024.03.01

人と組織文化、ブランドを生かすM&Aが奏功 地球の歩き方

地球の歩き方 代表取締役社長 新井 邦弘氏
海外旅行者のバイブルだった「地球の歩き方」が、学研グループに事業譲渡されてから約3年。一時は存続の危機に見舞われるも、人と組織文化、ブランドを生かしながら、見事なV字回復を果たした。コロナ禍で培ったチャレンジ精神と経営目線は、企業再生と今後の成長の跳躍台となる。
   
コロナで市場が消滅し、事業譲渡を決断
  2020年春。新型コロナウイルスの感染が拡大する中、1979年の創刊以来、バックパッカーをはじめとした海外旅行者のバイブルとして親しまれていたガイドブック「地球の歩き方」が、大きな試練を迎えていた。パンデミックにより海外渡航が規制され、売れ行きは瞬く間に減速。2020年4月から12月の売り上げが前年比95%減という、発刊以来最大の危機に陥っていたのだ。発行元であるダイヤモンド・ビッグ社での事業継続は極めて難しい状況になり決断したのが、大手出版社・学研グループへの事業譲渡だった。   事業譲渡が正式発表されたのは2020年11月。新会社「株式会社地球の歩き方」を設立し、そこで事業を承継する話が進んでいた。学研ホールディングスの新井邦弘氏が新会社社長就任の話を受けたのは、その前週だったという。長く編集畑で活躍した後、グローバル戦略室長として海外法人のM&Aなどを手掛けた経験を買われての抜擢だった。   「学研側には、取材力を駆使して読者に寄り添った本づくりをしてきた『地球の歩き方』を、ブランドを含めて引き継ぐという考えがありました。ダイヤモンド・ビッグ社も、同じ出版社の学研なら『地球の歩き方』が長年培ってきた文化を継承してくれるという考えがあったのだと思います」(新井氏)   M&A後、地球の歩き方を学研グループの事業部に組み込む方法も考えられたが、学研側が選んだのは新会社設立による事業承継だった。吸収合併などではなく、ブランドや人材、組織文化を新社でそのまま引き継ぐスタイルは、塾業界をはじめ多くのM&Aを手掛けてきた学研グループのセオリーでもあった。   例えば、学研グループのM&A先の中には地方の学習塾が複数あり、どこもそれぞれの地域で名前が知られていた。それらの塾には「学研」の冠を付けることなく、旧社のブランドや社名、組織をそのまま生かしながら新社で事業承継をしてきたのだ。   「『地球の歩き方』は40年を超える歴史と、多くの読者から支持されるブランド力があります。いわば、海外旅行者のインフラとしての地位を確立してきたのです。学研グループの事業部に組み込むのではなく、ブランドや組織文化を生かして再スタートを切るというのは自然な流れでした」(新井氏)   相手をリスペクトして受け入れ、対等な立場で向き合い、コミュニケーションを繰り返して信頼を獲得する。そうした学研グループの「M&A哲学」がベースにあったのである。    
新事業、原点回帰がV字回復の起爆剤に
  2021年1月には新社として事業を開始したものの、海外旅行という市場が消滅した状況に変わりはない。   「モノ作りに忙殺されていた職場でしたが、否応なしに時間的な余裕ができたので、自社の強み、弱み、コアコンピタンス、事業ポートフォリオなどを全社員でじっくり考える時間を取りました。10年先の業界や自社を予測し、ブランドを維持し、価値提供するには、自社がどう変わらないといけないのか。厳しい出版業界で『なくてはならない媒体』と言われるには、どう変わっていくべきか。在りたい姿に向け、バックキャスト思考で今年はどうすべき、数年後にはどうすべきか、みんなで愚直に考えていきました。   40年以上も盤石な事業を続けてきた企業でしたから、社員は自社の将来について突き詰めて考える機会が今までになかったようですが、自分事として前向きに考えてくれる人が多かったです。結果的に、社内で在りたい姿が共有でき、共通言語が増えました。社員にとっては少し先のことを考える目線が身に付きましたし、私にとっては社員一人一人を知る機会となり、有意義な時間でした」(新井氏)   こうした内省を踏まえ、同社は新ビジネスとして国内版のガイドブック制作に本格着手した。「地球の歩き方 東京」を皮切りに「多摩地域」「京都」「沖縄」「北海道」、そして1000ページを超える「日本」など、次々と国内版を発刊している。   「売り上げ95%減を経験しており、底を打っている状態ですから、新規事業への迷いはありませんでした。もちろん予算管理などは徹底しますが、『迷うぐらいならやってみれば』といった感覚で、大きなハードルを感じることなく新規ビジネスに挑戦できました」(新井氏)   厳密に言うと、東京版は2020年夏開催の東京オリンピック・パラリンピックを見据え、旧社時代から企画されていたものだった。コロナ禍の影響で大会は翌年に延期となり無観客開催となったものの、東京版は10万部を超える大ヒットになった。購入者層の大半は東京都民で、「地元の魅力やスポットをもっと知りたい」というニーズが想像以上に多かったという。   さらに、読者から予想外の反応も得た。主に東京都多摩地域に住む人々から、「東京版なのに多摩地域の情報がない」「多摩地域のガイドブックはないのか」という意見が寄せられたのだ。これを受けて多摩版を出版したところ、こちらも想定を上回るヒット作になった。購入者層の9割を多摩地域の人々が占めており、国内版の場合、地元愛のある住民が積極的に購入していることに気付いたという。   また、2022年9月に発刊された日本版は、1000ページを超え、価格も3300円という常識外のガイドブックだ。そもそもガイドブックは旅に持っていくためのものなので、コンパクトな体裁が多い。しかし、情報のボリュームと網羅性、「切符の買い方」「旅のマナー」など海外版でよく目にする体裁の踏襲など、「地球の歩き方」らしいつくりをあえて優先した。これが「地球の歩き方」ファンを中心に受け入れられ、「旅の最中ではなく、旅の前に読む本」として定着。こちらも11万部を超えるヒット作となった。   国内版と同時に、コラボレーション企画も積極的に展開した。まず、ミステリーマガジン「ムー」とコラボして、世界の不思議スポットを紹介した「地球の歩き方 ムー ~異世界の歩き方~」を発売。その後、人気漫画「ジョジョの奇妙な冒険」とコラボし、仙台をはじめ世界各国に広がる物語の舞台を網羅した「地球の歩き方 JOJO ジョジョの奇妙な冒険」を発売するなど、次々に新しい試みを実践し、ヒットを飛ばしていった。   海外旅行者にファンの多い「地球の歩き方」。学研グループへの事業譲渡後、新たな企画で次々とヒットを飛ばし、V字回復を遂げている     インバウンド向けの情報サイト「地球の歩き方 GOOD LUCK TRIP」では、日本各所の見所や文化、歴史などの情報を発信。画像は中国語繁体字版サイト  
相手を深く知り、人と組織を生かす
  こうした取り組みは、「やってみる」という新たな組織文化の賜物である。同時に、自ら現場に入り込み、社員を深く理解し、現場のアイデアや企画を生かすトップマネジメントがなければ実現しなかったことだ。   「特別なことをしたつもりはありませんが、社員が自由に発想し、行動できる雰囲気づくりを心掛けました。また、社員と頻繁にコミュニケーションを取り、時間の許す限り編集会議にも出席し、自由闊達に意見を交換しました」(新井氏)   旧社時代、「地球の歩き方」はすでに世界各地を網羅しているため、改訂版の制作が大半で、ゼロから企画・取材・編集をする機会はほとんどなくなっていた。そんな中、アイデアや企画を提案し、制作するチャンスを与え、未知の領域へ挑戦する雰囲気を醸成していったのだ。新型コロナの規制が緩和された2022年秋からは社員との「ランチ会」を定期的に設けるなど、コミュニケーションの機会を増やし、社員のパーソナリティーを把握して円滑な組織運営を図った。   「地球の歩き方は内的要因ではなく、コロナ禍という外的要因で事業存続ができなくなっただけで、もともと社員のモチベーションも高かったので、社員の皆さんが自社の目指すべき方向を理解し、会社の課題を自分事として捉えてくれたおかげでV字回復できたのだと考えています」(新井氏)    
「ないと困る」ブランドであり続けるために
  ダイヤモンド・ビッグ社の特別清算が報じられたとき、インターネット上で「地球の歩き方がなくなる」といった誤報が広まると同時に、ツイッター(現X)などで「ないと困る」といった声が上がっていた。   「『ないと困る』と言われるのは、まさに地球の歩き方の培ってきたブランド力であり、そこにある期待感だと思います。今の時代にフィットさせ、ブランドを生かしながら、世の中に必要とされ続けるためにどうすべきか。現実を受け止めながら、一歩ずつ前進していきたいと思います」(新井氏)   国内版という新市場に参入し、自社らしいコンテンツで成功を収めてきた同社。昨今は海外渡航者数も戻りつつあり、海外版の売れ行きも復調気配だ。そんな中、インバウンドを対象にしたウェブサービスもスタートさせている。   「インバウンド向けの旅行情報サイト『GOOD LUCK TRIP』を開設し、海外の方々に日本の見どころや文化・歴史などの情報を発信しています。アジアをはじめ多くの国々の方に利用いただいており、月間630万PVを獲得しています。また、地方自治体では地域創生の一環としてインバウンド集客に力を入れているところが増えていますが、こうした地域と連携して、地球の歩き方がこれまでの経験で培ってきた知見を生かし、協業できればと考えています」(新井氏)   試練を乗り越え、事業承継という手段で再生を果たした「地球の歩き方」。常識にとらわれない発想と卓越したコンテンツで、これからも新たな価値提供を目指していく。    

(株)地球の歩き方

  • 所在地 : 東京都品川区西五反田2-11-8
  • 設立 : 2020年12月(事業開始2021年1月)
  • 代表者 : 代表取締役社長 新井 邦弘
  • 売上高 :20億2832万円(2023年9月期) ((株)学研ホールディングス売上高:1641億円、連結、2023年9月期)
  • 従業員数 : 46名(2023年9月現在)