
コロナの収束に伴い、息を吹き返した旅行業界。
日本を訪れる外国人旅行者数も復調を遂げているが、さらなる増加と消費額拡大のためには、持続可能性や地方誘客が不可欠になる。
2023年前半インバウンド数は2019年の8割超まで回復
コロナ禍前の2019年、日本を訪れた外国人旅行者(インバウンド)数は2年連続で3100万人(日本政府観光局発表統計)を突破した。まさに政府が掲げる観光立国にふさわしい数字であった。しかし、翌2020年は新型コロナウイルスのパンデミックが世界を襲ったことで約411万人まで、2021年に至っては実に約24万人まで落ち込んだ。
コロナ禍が収束に向かいつつあった2022年からは復調の兆しが見え、2023年1月から7月までのインバウンドの延べ宿泊者数は2019年比で83.5%まで回復している(観光庁宿泊旅行統計調査)。今後、回復はさらに進むと予想されているが、いくつかの課題も浮上している。
「コロナ禍により、旅行業界は大きな痛手を受けました。観光局の統計からも分かるように、インバウンド需要が一定期間中は全くなくなり、国内旅行も観光庁の『Go Toトラベル』をはじめ地方自治体の旅行支援施策でなんとかしのぐという状態が続きました。
そんな状況でしたが、2023年になり、ようやく復調期に入ったといえるでしょう。しかし、それでもまだコロナ禍前と同じレベルには回復していません。インバウンドが完全に戻ってきているのは交通アクセスの良い東京や、世界的な観光地・日光がある栃木県など一部の都道府県です。インバウンドのニーズや旅の形態にも変化が見られます。そうした変化を的確に捉えて、日本の魅力を伝えるために知恵を絞ることが問われています」
現在のインバウンドの状況と今後の課題についてそう説明するのは、日本旅行業協会(以降、JATA)理事・事務局長の池畑孝治氏だ。JATAは旅行業者1121社(2023年7月)が正会員として加盟する一般社団法人で、旅行需要の拡大と旅行業の健全な発展、旅行者に対する旅行業務の改善やサービスの向上などに取り組んでいる。
池畑氏が指摘するインバウンド回復の地域差の問題だが、日本を代表する観光地である沖縄県や北海道も、インバウンド数は2019年比でそれぞれ45.0%、62.3%しか回復していない。背景には、地方空港で働く空港職員の離職による復便の遅れ、あるいはバスやタクシーの運転手不足により拡大した交通アクセスの不便さなど、旅行・観光業の人材流失が大きな要因となっているようだ。
また、インバウンドの旅行形態の変化として、団体旅行から個人旅行への移行が挙げられる。以前から欧米の観光客は個人や家族単位などで旅行する形態が多かったが、その傾向は欧米のみならずアジアからの観光客にも広がっている。
こうした変化に、旅行業者や観光地の宿泊施設をはじめとした関連事業者が的確に対応することが求められる。「現在はコロナ禍の旅行控えの反動や円安などによって復調しているとはいえ、外的要因にあぐらをかいていては、日本への旅行が一過性のブームで終わる可能性があります」と池畑氏は危惧する。
今後、さらに少子高齢化が進む日本の現状を考えた場合、国内旅行だけに大きな経済効果を期待することは難しい。インバウンドが旅行・観光業界の重要なターゲットであることは間違いなく、その対応をおろそかにすることは許されない。
JATA SDGsアワード受賞企画。大賞はエイチ・アイ・エス「旅を通じて、カンボジアの子どもたちに学びの機会と楽しさを届ける」をテーマとした旅行企画 ※写真はエイチ・アイ・エス提供
観光立国の実現に不可欠な「持続可能性」
では、どのようにすればインバウンドが今後も継続的に日本を訪れ、観光立国として発展できるのだろうか。2007年に施行された「観光立国推進基本法」の規定に基づき、観光立国の実現に関する基本的な計画として、2023年3月に新たな「観光立国推進基本計画」が閣議決定された。この基本計画では、観光立国の持続可能な形での復活に向け、観光の質的向上を象徴する「持続可能な観光」「消費額拡大」「地方誘客促進」の3つのキーワードを掲げ、持続可能な観光地づくり、インバウンド回復、国内交流拡大という3つの戦略に取り組むとしている。
まず、「持続可能な観光」には、世界的な潮流として「サステナブルツーリズム」が挙げられる。サステナブルツーリズムとは、観光地の本来の姿を持続的に保つように、観光地の開発やサービスの在り方を見定めて旅行の設定を行うことだ。これを実現するため、国際機関としてグローバル・サステナブル・ツーリズム協議会(GSTC)が、最低限の到達を目指すべき基準を設けている。
その基準は「効果的で持続可能な経営管理の明示」「地域コミュニティの社会的・経済的な利益の最大化、悪影響の最小化」「文化遺産の魅力の最大化、悪影響の最小化」「環境メリットの最大化、環境負荷の最小化」の4分野からなっている。
「ただし、これらの4分野でどのように基準に達すればよいのかが分からない事業者も多いので、JATAでは長期ロードマップの策定や具体的な施策の検討を行うための協議をその他の観光関連組織とスタートさせています。また、会員事業者の事例なども共有することでサステナブルツーリズムの実現を目指しています。特に欧米人は、旅行の候補地選びにもサステナブルツーリズムの基準を満たしているか否かを重視しますし、最近ではベトナムをはじめ東南アジアの方々もサステナブルに対する意識は高く、今後の旅行に不可欠な要素といえるでしょう」(池畑氏)
さらにJATAでは、2023年にSDGs達成に向けた優れた取り組みを表彰する「JATA SDGsアワード」も開始した。SDGsに対する旅行業界全体の取り組み推進はもちろん、SDGsの概念は理解しているが、どう取り組めばよいのか分からない会員に対して事例を示すことで、各社の主体的な取り組みを後押しすることが主な狙いである。
2023年6月に第1回「JATA SDGsアワード」が発表され、大賞にはエイチ・アイ・エスの「旅を通じて、カンボジアの子どもたちに学びの機会と楽しさを届ける」が選ばれた。カンボジアの6日間の旅行で、課外授業を通じて子どもたちとの交流や小学校建設の手伝いを経験できるプログラムであることが評価されたのだ。
このほか、経済・産業部門の優秀賞にはJTBコミュニケーションデザインのサービス「観光業界におけるCO2排出量削減を目指す『CO2ゼロMICE®』『CO2ゼロSTAY』」、地球環境部門の優秀賞にはクラブツーリズムの「『YAMA LIFE CAMPUS』を通じた登山道整備プロジェクト」、共創部門の優秀賞には楽天グループの取り組み「宿泊施設の取り組みを旅行者にわかりやすく紹介し、サステナブルな旅行を推進」が選出されている。
JATA SDGsアワード受賞企画。地球環境部門優秀賞はクラブツーリズム「『YAMA LIFE CAMPUS』を通じた登山道整備プロジェクト」 ※写真はクラブツーリズムのサイトより引用
JATAでは独自の品質認証制度を設け、安心・安全で質の高いツーリズムの提供を推進
地方の魅力を世界に向けて発信することが大切
観光庁が掲げる残り2つのキーワード「消費額拡大」「地方誘客促進」も、インバウンド拡大に大きな影響を与える要素である。まず「消費額拡大」について、観光庁では2019年の訪日外国人旅行消費額4兆8000億円を超える5兆円の早期達成を目標に掲げる。そのため、同庁では訪日外国人1人当たりの旅行消費額単価について、2019年の15万9000円から2025年までに20万円へ引き上げることを目標としている。
「重要になるのが、高付加価値な旅行を望むインバウンドのニーズを満足させる魅力的なコンテンツの創出です。特にインバウンドの回復が遅れている地方においては、もう一度、地域の観光資源の掘り起こしをして魅力的なコンテンツとして提供することが不可欠です。
インバウンドの客層は、大きく2つに分けることができます。1つは旅慣れており、自分の興味に沿って自らが目的地を選択し、その地域でしか味わえない自然や文化、グルメなどを楽しむ層。こういう方々には、予約や移動にストレスがないよう、デジタルツールの導入や多言語対応などを充実させることが重要になります。
そしてもう一方は、日本に行きたいけれども情報が少ない層です。こういう方々には、地域の魅力を発信して誘客に努めることがポイントとなります。その時に重要なのが、客観的視点から地域の魅力を判断できる旅行事業者、地方自治体、宿泊施設、観光関連事業者による連携です」(池畑氏)
例えば、富裕層をターゲットに国内外の高級ツアーを企画することで定評のある旅行会社は、「高品質な日本の旅」をコンセプトにして、地域の魅力を掘り起こし、地域の宿泊施設、観光協会などと協働して商品化。日本各地の魅力をビジネスパートナーとして関わりのある海外の旅行会社に対し発信することで、多くのインバウンドの地方への誘客に成功している。
さらに、旅行事業者と企業の連携も活発に行われるようになっている。クラブツーリズムは王子ホールディングス(HD)と共同企画で、王子HDが全国で所有する「王子の森」を起点にしたオリジナルツアーを販売。森林の豊かな生態系の育成に注力する王子HDの社員が、多彩な樹木や野生動物の痕跡を案内するウォークツアーなどを提供している。
つまり、単に拠点から拠点に移動する旅の在り方ではなく、ストーリー性のあるツアーを構築し、地域の良さを体験してもらう。こうした旅行を実践することがインバウンドのリピートにつながるのはいうまでもなく、真の観光立国になるための必須要素といえるだろう。
PROFILE
- (一社) 日本旅行業協会
- 所在地 : 東京都千代田区霞が関3-3-3 全日通霞が関ビル3F
- 設立 : 1963年