イノベーションと成長の源泉は「人財」の多様性:日立製作所
日立製作所の人財戦略は、2010年5月に発表した経営戦略を実現するための要である。2008年度に7873億円という巨額の赤字を計上した同社は、経営戦略の抜本的な変革を決断。国内中心の製品・システム事業から脱却し、グローバルな社会イノベーション事業で勝負するために大きくかじを切った。
新戦略を策定するに当たって重視したのは、事業環境の変化だ。国際社会や地球環境の課題は、同社の製品・システムだけでは解決できないほど複雑化していた。また、2010年の時点で中国のGDP(国内総生産)は日本を上回り、世界第2位の経済大国に躍進。世界の勢力図は一変していた。IoTやAIなどの急速な発達に伴って、デジタル技術やビッグデータを駆使し、社会インフラそのものを革新するソリューションやサービスが求められていた。
そのような状況を踏まえて、同社は創業100周年の節目に当たる2010~2012年までの3カ年に総額1兆6000億円を新戦略に集中投資。プロダクトアウト型のビジネスモデルから、顧客や社会の潜在ニーズを掘り起こすマーケットイン型への移行を決めた。その方向性に沿って中長期の人財戦略を描いた結果、浮かび上がったテーマがDE&I(ダイバーシティー・エクイティー&インクルージョン)
である。
世界各地の多様な市場を理解するには、多様な人財が不可欠だ。ダイバーシティーの指標は、年齢・性別・セクシャリティー・家族構成・障がい・人種・国籍・民族・宗教など多岐にわたる。日立製作所は人財マネジメントのグローバル化が先決だと考え、2012年度に「グローバル人財データベース(HCDB)」を導入。2013年度には、国内外の課長以上5万ポジションのジョブの重さを同じ尺度で測定する「日立グローバルグレード(HGG)」を作成し、公平な評価と格付けを行うためのシステムを確立した。
その後、2016年に研修・評価・キャリア開発・育成計画など全世界のグループ社員データを一元管理する「人財マネジメント統合プラットフォーム」へHCDBを移管。一般社員もスマートフォンやPCから自身のデータを編集したり、他の社員のデータを一部閲覧したりできるようにした。
経営陣や人事部門だけではなく、グローバルに職務と人財を見える化したことで、企業は「これから必要になる仕事やスキル」を、社員は「挑戦してみたい仕事や保有スキル」を明示できるようにした。格付け・報酬・配属に対する納得感や、自分でキャリアを開発できる機会の提供が社員エンゲージメントの向上につながり、成長マインドも醸成された。2024年はエンゲージメント指数68.0をベンチマークに、約30万名の人財データの見える化を実現する計画だ。
取締役会におけるDE&Iも、明確なKPI(重要業績評価指標)に沿って進められた。人財戦略を開始した2012年度当時、役員層の構成割合は日本国籍の男性が100%で、外国籍も女性も0%だったが、グローバル人財マネジメントシステムを基盤に経営リーダーの選抜・育成を推進してきた結果、2021年には各10%を達成。同社初の外国籍女性執行役員も誕生した。今後は、2024年に各15%、2030年に各30%の割合を目指している。2020年にCDIO(Chief Diversity, Equity&Inclusion Officer)を任命して体制を強化したこと、「30%Club※1 Japan」や「The Valuable500※2」などDE&Iに取り組む国際コミュニティーに参加して成功事例に触れてきたことも、推進を後押しできた要因である。
社会イノベーション事業は、2016年に発表した「Lumada(ルマーダ)」をキーコンセプトに展開している。Lumadaとは、顧客データを活用して新たな知見や価値を引き出すDXソリューションの総称だ。同社の強みであるプロダクト・OT(制御運用技術)とITを掛け合わせ、業種・業態の枠を超えた協創であらゆるソリューションを導き出す。
例えば、2015年に現地企業を買収して設立した日立レール(イタリア)は、2022年に人口約60万名の都市・ジェノバでスマートモビリティー(交通や移動をより良くする新しい技術や概念)の導入を実現。統合ソリューション「Lumada Intelligent Mobility Management」を活用して、世界で初めて都市全体の交通網をデジタル接続した。
乗客はモバイルアプリを使うと混雑具合や運行状況をリアルタイムに把握でき、複数の交通機関を組み合わせた最適ルートでスムーズに移動できる。乗車切符やICカードなしのハンズフリー決済も可能で、1日の終わりに1番安い価格で利用料金が自動算出される。交通事業者はデジタルツイン※3に集約されたリアルタイムデータを、サービスの最適化や温暖化ガス削減といった環境課題の解決などにも応用できる。
Lumada事業の収益目標は、2024年度までに全体比27%(2兆7000億円)を掲げており、そのためのデジタル人財を9万8000名に強化する方針だ。2021年7月に完了した米国・GlobalLogic社の買収もその一環で、高度な専門スキルを持つ約2万1000名のデジタル人財を迎え入れた。グローバル展開を加速させるため、2024年までに海外従業員比率を60%まで高めるという。
日立製作所は、リアルとデジタルの両空間でヒト・モノ・技術をつなぐSociety5.0※4の時代には、スキルのみならず高い倫理観が求められるとして、多様なチームで取り組むことが重要だと考えている。
※1…経営陣に占める女性割合の向上を目的とした世界的キャンペーン
※2…ダス会議(2019年1月)で発足した、障害者雇用促進を目指す世界最大規模の経営者ネットワーク組織
※3…現実世界で収集したデータを基にコンピューター上で再現する技術
※4…内閣府が科学技術政策として提唱する日本における未来社会のコンセプト
PROFILE
- (株)日立製作所
- 所在地:東京都千代田区丸の内1-6-6
- 創業:1910年
- 代表者:代表執行役 執行役社長兼CEO 小島 啓二
- 売上高:10兆2646億円(連結、2022年3月期)
- 従業員数:36万8247名(連結、2022年3月期)
朝型の働き方で労働生産性が5倍超に:伊藤忠商事
売り手よし・買い手よし・世間よしの「三方よし」を企業理念に掲げる伊藤忠グループ。大手総合商社の中で単体従業員数が最小規模の同社は、「健康経営」で個の力を高めて労働生産性を伸ばそうと、2010年度から「働き方改革」を推進してきた。以来、労働生産性の指標として開示する「単体従業員数に対する連結純利益」は、2021年度に当初の5.2倍となった。
特筆すべきは2013年10月に導入した「朝型勤務制度」だ。これを機に「夜は早く帰り、朝早く出社して効率的に働く」という意識改革が進んだ同社は、2016年度に「伊藤忠健康憲章」を制定。経営トップのコミットメントをあらためて表明し、グループ社員の健康力向上に取り組んでいる。
2017年度に開始した「がんと仕事の両立支援」は、予防・治療・共生という3つの観点から具体策をまとめたものだ。社内に専門医やコーディネーター(相談窓口)を配置するほか、国立がん研究センターとも提携して予防および早期発見に取り組んでいる。治療が必要になった場合、健保対象外のがん先進医療費は会社が負担。将来的な不安を軽減するため、大学院卒業までの子女育英資金や伊藤忠グループでの配偶者就労支援なども用意した。2018年度からは「がんと仕事の両立度合い」を個人業績目標に反映している。
安心して働き続けられる環境の整備は、育児や介護などで時間に制約のある社員の活躍にもつながる。同社における男性の育児休業取得率は2021年度に33%となり、昨今は1カ月以上の取得者も増加。介護休暇は2021年度に65名が取得した。
こうした取り組みの結果、2021年12月の社内調査では「従業員エンゲージメント」の肯定的解答率が71%、「従業員を活かす環境」の肯定的解答率が67%といずれも高く、自己都合退職率は1.6%、平均勤続年数は18.2年と高い定着率を維持している。
2022年5月以降は、全従業員を対象とした在宅勤務制度の導入に伴って働き方の自由度がさらに進化。午前5時から9時と午後3時から8時をフレキシブルタイムとして、個々の従業員が業務や生活の状況に応じて始業・終業時間を決められる「朝型フレックスタイム制度」を運用している。
社員が健康に対して責任を持ち、会社がそれを支援する。伊藤忠商事の健康経営はいま、学生からも高い関心を集めている。
PROFILE
- 伊藤忠商事(株)
- 所在地:東京都港区北青山2-5-1
- 創業:1858年
- 代表者:代表取締役会長CEO 岡藤 正広
- 売上高:12兆2933億4800万円(連結、2022年3月期)
- 従業員数:11万5124名(連結、2022年3月期)
人事評価指標にESG項目を採用:ユニ・チャーム
「SDGs目標達成への貢献」をパーパス(存在意義)に掲げるユニ・チャームは、毎年1回実施している社員意識調査で「日々の業務を通じて、どのくらい社会に貢献できているのか知りたい」という声が多く寄せられていることを受け、2023年1月より正社員の人事評価指標にESG項目を採用した。
具体的には、2020年10月に発表した中長期ESG目標「Kyo-sei Life Vision 2030」の達成に向けて、個々の社員が期初に具体的な活動と目標を設定し、その達成度を測る。営業部門であれば「環境配慮型商品の取扱店率の向上」「返品削減による廃棄ロスの軽減」、生産部門であれば「省エネ、省資源などを追求する設備改善への取り組み」などだ。開発部門やマーケティング部門も同様に、ESG目標の推進に関する取り組みを一人一人が行動計画に落とし込む。評価に占める割合は10~25%程度(資格や役職により変動)だという。
同社のミッションは、全ての人が自立し、ほど良い距離感で助け合いながら共存している「『共生社会』の実現」である。そのために大切にしているビジョンが企業理念「NOLA&DOLA」であり、赤ちゃんからお年寄りまで、生活者がさまざまな負担から解放されるよう心と体をサポートする商品を提供し(Necessity of Life with Activities)、一人一人の夢をかなえたい(Dreams of Life with Activities)という思いが込められている。社員一人一人が「やさしさ」を体現することで「共生社会」の実現を目指しているのだ。
数値化しようのない「やさしさ」のKPI(重要業績評価指標)をどのように設定し、成長するのか。まさに「人的資本」の真価が問われるミッションとビジョンに、同社は正面から挑戦している。
原動力となるバリューは、2003年より20年をかけて全世界のユニ・チャーム社員に浸透させてきた「共振の経営」というマネジメントモデルである。経営陣と現場の社員が振り子のように行ったり来たりしてコミュニケーションを取る中で、互いに感化され、バランスを保ちながら組織全体のエネルギーを大きくしていく。
立場や面目など気にしない、何事も自分事として捉える、利他の心で常に協働を重視するといった企業文化の中で、自ら考えて動く行動習慣が定着している同社。答えが1つではないESG目標に対しても、個々の社員が具体的な課題を主体的に形成し、計画・実行していけるのだろう。
PROFILE
- ユニ・チャーム(株)
- 所在地:東京都港区三田3-5-27 住友不動産三田ツインビル西館
- 設立:1961年
- 代表者:代表取締役 社長執行役員 高原 豪久
- 売上高:8980億2200万円(連結、2022年12月期)
- 従業員数:1万6206名(連結、2022年12月期)