必要とされる企業で在り続けるために――。企業DNAを継承しながら、グループ経営という新たなプラットフォームで、未来志向の不易流行を実践する「光を自由に操る企業」の挑戦が始まった。
世界中の「QOL」向上を目指す
「古人の跡を求めず、古人の求めたる所を求めよ」。弘法大師や松尾芭蕉ゆかりの箴言が、東海光学ホールディングス(以降、東海光学HD)の社長室に掲げられている。 「社長就任時に先代(代表取締役会長の古澤武雄氏)から贈られたメッセージです。しっかりと受け取って、『不易流行』の経営哲学とともに、大切にしています」 そう話すのは、国内の眼鏡レンズ市場シェア16%を占めるレンズメーカー・東海光学の4代目社長として、2009年に経営のバトンを受け継いだ古澤宏和氏である。メッセージに託されたのは、先人が挑み続けた神髄を追求する姿勢だ。 それを体現すべく、中国やインドなど市場が拡大する海外へ進出し、眼鏡事業を拡充。また、培った高度な光学技術を発展させた光学薄膜(ドライコーティング)の加工・製造で、カメラや医療分野の光学機器、半導体・住宅設備製品など、独自の高精度光学部品を開発する光機能事業も育成し、100億円企業へと着実に成長させてきた。 メーカー・卸・小売の企業再編や寡占化が進む中、競争が激化する眼鏡業界の未来を見通して、古澤氏は1つの決断を下した。HD化によるグループ経営の推進である。 東海光学はコロナ禍前の2019年、HD化に向けキックオフした。吸収分割で東海光学の一部の機能や不動産を移転し、事業会社3社体制で、2022年10月からグループ経営をスタートさせた。 「『国内眼鏡事業を収益の柱に、今後の成長エンジンは海外眼鏡事業と光機能事業』と言い続けてきました。ただ、従来通りのスピード感やプラットフォームでは事業環境の変化についていけず、追い求める未来は実現できないという危機感がありました。 事業で新たな価値を創り出し、企業価値も向上する、新たな経営プラットフォームを構築したいと考え、タナベコンサルティングの支援を得て、グループ経営の全体像を描くことから着手しました」(古澤氏) レンズ面のカーブで光を曲げ焦点に合わせ、一人一人に最適なオンリーワンレンズに仕上げる眼鏡事業。ドライコーティングのテクノロジーで、無色透明な光から多様な付加価値を創り出す光機能事業。どちらも、光を操ることで世の中の役に立ち、生活の質を向上し、結果として環境保全や地域社会にも貢献しながら事業成長を両立できる。 グループ経営で目指す姿や価値判断の基軸を整理し、グループビジョンに掲げたのは「光を自由に操る企業」。新たにミッション「QOL(Quality of Life, Light, Lens)」も定めた。 「眼鏡レンズ製造は素晴らしい仕事です。見えないものが見えるようになり、コミュニケーションが可能になって笑顔が生まれ、食事もおいしく味わえ、スポーツも安全に楽しめます。 光を操り、価値あるレンズや光学部品を使って、世界中の人のQOLを向上し、笑顔と驚きをお届けするチャンスが、私たちにはあるのです」と古澤氏は胸を張る。
遠近両用の眼鏡レンズ「ニューロセレクト」。最新の脳科学による「見え心地」の評価とモニタリング評価を繰り返し、レンズ設計にフィードバックすることで、レンズの「見え心地」を向上させている
中核企業である東海光学の本社工場(愛知県岡崎市)。さまざまな眼鏡レンズのほか、光学薄膜加工や光学薄膜製品の製造も行っている(左)光機能事業が独自開発した光センサ用集光器が、2018年に世界最大級のガンマ線天文台へ搭載された(右)
KPIマップによる新マネジメントを導入
創業から80年を超えて行ってきたこと、培って受け継いできたことを、これからはグループとして実践し続け、未来へ伝え渡す。本質を変えず、時流に適応する「不易流行」で描き出したグループ経営の第一歩が、2022年10月始動の3カ年中期経営計画「TOKAI EVOLUTION」だ。 戦略的にEVOLUTION(進化)を遂げていくプラットフォームでは、東海光学HDがグループ全体の企業価値を高める戦略を判断。取締役会や経営会議が導き出した方針の下、各事業会社は現場の判断で、顧客価値を高める事業を推進する。 また、東海光学HDの重要機能に、経営管理部門だけでなく開発技術や情報システム、マーケティング、品質保証などの各部門も組み入れた。 「光機能事業のドライコーティング技術は、眼鏡事業の真空蒸着技術から生まれたもの。重なる部分も多いので、より広範囲に開発技術がリードするのが狙いです。情報システムもシェアードサービス的に、効率的なIT投資がしやすくなります。東海光学HDの各部門はグループ全体を見渡した仕事をする必要があります」(古澤氏) 独自の「アクションプラン&KPI(重要業績評価指標)マップ」によるマネジメントも、新たに導入した。グループKGI(重要目標達成指標)を達成するための思考マップとして、重要な取り組みとそのKPIを事業会社・部門・個人別に定め、それぞれのKPIがKGIにどうつながり、なぜ重要なのかを分かりやすく図示。これにより、グループ全体と個々のKPIの数値や位置付けが可視化され、経営の透明性も高まった。 「KGIとKPIの相関関係が明確になることで、『そもそもこのKPIの数値は正しいのか』など、業績レビューで間違いに気付きやすくなり、スピーディーに適切な新KPIに修正できるようになりました」と古澤氏。価値を創出する組織マネジメントとともに、その基盤となる人材の育成も体系化し、戦略的に推進していこうとしている。社員も共に育つ「共育」を企業DNAに、従来から人材育成に力を注いでいる同社だが、さらにグループ全体で、経営者感覚を持つ人材やグローバルに活躍できる人材の育成を重要テーマに位置付けている。「成長エンジン」をつくる本気のM&A
グループ経営の推進へ向け、古澤氏は新たな組織・業務分掌も図示しながら、社員に明確なメッセージを発信した。伝えたのは、グループ化や業務提携により多様なパートナーを得て、新事業領域の開拓とより一層のスピード感で、成長を遂げていく決意だ。先だって2022年8月には、同じ愛知県内の光学部品メーカー・守田光学工業のグループ化も決まった。 「グループ経営の浸透には、目的と戦略、実現体制を説明し続けることが大事です。ただ、リアルな体感がないと伝わりにくいし、変化も見えにくい。その意味で、後継者問題を抱える守田光学工業からオファーを頂き、タイミングよくパートナーとして迎え入れることができたのは本当に良かった。『社長は本気でビジョンを実現しようとしているんだ!』と社員も実感してくれたようです」(古澤氏) グループに仲間入りした守田光学工業は、半導体装置などに欠かせない光学部品・プリズム製造のプロフェッショナル。光機能事業がプリズム開発を進めていたことや、製造工程にドライコーティング技術が不可欠など、互いの技術を生かし、新たな製品・ビジネスを創出するシナジーを発揮できるメリットは大きい。 予想外の出来事もあった。東海光学の社員である小崎哲生氏が、「経営を担いたい」と自ら手を挙げ、守田光学工業の専務に就任。グループ化をグループ経営の成長エンジンにしようと、自ら行動を起こしたことだ。 「うれしかったですね。やはり、『企業は人なり』です。東海光学HDが目指す姿を描いても、同じ企業DNAや考えを持つ人材がいなければ、何も実現できません。上海や豪州など海外の事業会社でも、経営を担う人材が育ってくれたらと願っています」(古澤氏) 近い将来には光機能事業の分社化も視野に入れ、新規事業推進室や経営戦略室の新部門も設立し、グループ事業戦略を集中、加速させたいと語る古澤氏。それは「成長させる」のではなく、「おのずから成長する」グループ経営への進化だ。 そのために、グループ経営システムの構築にも着手。東海光学HDの開発技術と事業会社における現場部門の指示命令系統の確立、人材の採用・配置・評価、人事・教育制度の統一の是非など、最適な仕組みを手探りで進めながら絶えず進化し続けようとしている。 今後、国内の眼鏡事業は「健康」をキーワードにBtoCやeコマースの拡充、米国・欧州や急成長を遂げる中国・インドなど各市場への注力に加え、未来の成長市場・中東の開拓にも乗り出している。光機能事業はプリズムや分析器などドライコーティング技術の周辺にある事業領域への新展開を見据える。 さらに、他社の一歩先を進むのが脳科学分野だ。心地良さなど人間の五感を脳波で測定して数値化する技術で、開発した遠近両用レンズはヒット商品になった。多様な分野に応用が可能で、これまでにないビジネスが誕生する期待も高まる。 「あれもこれも、挑戦したいことがたくさんあります。具体的に、何に集中してやるかを考え、投資し、事業会社の成果とグループの価値向上へ導いていくのが東海光学HD。まだ走り始めたばかりで、これからですよ」 そう謙遜する古澤氏だが、爽やかな笑顔には確かな手応えがにじみ出る。スタートしたグループ経営が進路を照らす光となって、見通しにくい先行きが少しずつ、見える未来に変わろうとしている。
東海光学ホールディングス 代表取締役社長 古澤 宏和氏
PROFILE
- 東海光学ホールディングス(株)
- 所在地:愛知県岡崎市恵田町下田5-26
- 創業:2021年(東海光学㈱は1939年創業)
- 代表者:代表取締役社長 古澤 宏和
- 売上高:149億7000万円(グループ計、2022年9月期)
- 従業員数:544名(グループ計、2022年9月現在)