グローバルな社会的課題である「識字能力の向上」を支援する社会貢献活動として、2008年から「トッパンチャリティーコンサート」を継続開催。コンサートの収益金を、ACCU(ユネスコ・アジア文化センター)がカンボジアで実施している「SMILE ASIAプロジェクト」の活動資金として寄付している
5万人超の従業員と236社のグループ会社からなる凸版印刷。SDGs活動と経営を統合し、世界最先端の印刷テクノロジーを生かして、2万社を超える顧客企業と新しいサステナブル事業を創出している。
厳しい経営環境下で打ち出された「人間尊重」
凸版印刷の創業は1900年。明治維新によって国際社会への扉を開いた日本の産業近代化を推進すべく、偽造防止効果の高い精緻な紋様を大量に印刷できる「エルヘート凸版法」や、刷り合わせの狂いが全くないザンメル式凸版多色細紋の「MCF印刷」など、最先端の印刷技術で証券印刷やパッケージ印刷のニーズに応えた。以来120年にわたり、「印刷テクノロジー」を開発・進化させながら、その技術を情報コミュニケーション、生活・産業、エレクトロニクスの3分野に応用して幅広く事業を展開。いまや売上高1兆5000億円を超えるグローバル企業になった。
SDGsを経営戦略の根幹に据えることになった転機は1991年までさかのぼる。バブルが崩壊して日本経済が混沌に陥る中、当時社長だった故・藤田弘道氏が、「このような時こそ人間を尊重する経営が必要」という方針を明確に打ち出したのだ。そのリーダーシップに当時の社員は奮起し、「人間尊重」はトッパンの企業DNAとして深く刻まれた。
1991年に設置された製造統括本部エコロジーセンターは、同社における環境保全活動の統括組織である。企業として取り組む環境保全活動の基本理念を「凸版印刷地球環境宣言」(1992年)、「トッパングループ地球環境宣言」(2009年)に示し、積極的に取り組んできた。2022年3月に発行した「トッパングループ地球環境宣言付属書」(第1版)では、脱炭素、大気汚染防止、水の最適利用、資源循環など、より具体的な要求事項や推奨事項を明示し、取り組みを強化している。
適用範囲は、サプライヤー、サービスプロバイダー、請負業者、管理外事業、ジョイントベンチャーのパートナー、ライセンシー、外注先パートナーや主要取引先までを含んでいる。特定の事業・分野ではなく、さまざまなステークホルダーとともに社会的インパクトの高い環境保全活動を展開して企業価値を高めていく。そして、幅広いサプライチェーンの中で環境保全に対する認識を統一し、歩調をそろえていくための施策である。
特筆すべきは、基本的な理念を示したさまざまな宣言について、策定をゴールにすることなく、継続的に推敲し改訂を重ねている点である。2022年1月に発表した「トッパングループ サステナブル調達ガイドライン」(旧称:CSR調達ガイドライン)も、2007年と2014年に続く第3版である。最新の国際指標や外部有識者の視点、ステークホルダーの声を取り入れながら改訂を重ねていくプロセスそのものが、同社の企業価値の本質と言っても過言ではない。
「社員は『人材』ではなく『人財』。今でこそ聞き慣れた言葉ですが、バブル崩壊後の最も厳しい状況下で社員一人一人の意識に深く刻まれたことが、現在取り組んでいるSDGs活動の素地になっていると思います」と語るのは、広報本部ESGコミュニケーション部の部長・池田文恵氏だ。同社は、創業100周年を迎えた2000年に「TOPPAN VISION21」(【図表1】)という企業ビジョンを策定。基盤となる価値観を表した「企業像」と、将来の方向性を示す「事業領域」を図示し、トッパングループで働く社員一人一人がよりどころとすべき価値観を示した。
【図表1】TOPPAN VISION 21
※「企業理念」「経営信条」「行動指針」の詳細は右記URL参照 https://www.toppan.co.jp/about-us/philosophy/出所:凸版印刷提供資料よりタナベコンサルティング作成 また、2006年には「国連グローバル・コンパクト」に賛同。企業が守るべき人権・労働者の人権・環境・腐敗防止に関する10原則を支持し、国際社会と歩調を合わせた経営のイニシアチブを発揮している。 2008年度から継続開催する「トッパンチャリティーコンサート」も、国連が「人権」の基盤とする識字率の向上を目指して開催しているものだ。収益金はカンボジアの女性、特に幼い子どもを育てる母親や妊産婦の識字教育や保健衛生プログラム、ライフスキル学習などを実施するパートナー団体に寄付している。 こうした活動は、一般的にビジネスと区別されて捉えられがちだった。しかし、2015年9月の国連サミットで「持続可能な開発目標」が加盟国の全会一致で採択され、「SDGs」というキーワードが社会に浸透するにつれて、同社が多様なステークホルダーと取り組んできた「人間尊重」の取り組みが、中長期的な経営戦略を織りなす糸としてビジネスの文脈でも明確に意義を見いだされるようになった。
SDGs推進を経営に統合
そこで同社は、2019年に「TOPPAN SDGs STATEMENT」を策定。SDGs推進と経営への統合を宣言した。
「SDGsを成長のエンジンとして、社会的価値創造企業のリーディングカンパニーになる。そのストーリーをステークホルダーの皆さまと共有するために、2030年までに注力すべきマテリアリティ(重要課題)をSDGsの17課題から選定し、『ふれあい豊かでサステナブルなくらし』の実現に向けた推進体制を整えました」(池田氏)
課題選定に当たっては、4つの成長領域と5つに分類した技術・ノウハウとの整合性を重視。社外の有識者やステークホルダーへのヒアリングも重ねながら、“トッパン”らしい事業でSDGsの課題を解決していく筋道を描いた。「『誰一人取り残さない』というSDGsのコンセプトはこれまで当社が大切にしてきた企業DNAと完全に一致していたので、社内のコンセンサスはスムーズに得られました」と、池田氏は当時を振り返る。
2020年には、その取り組みをさらに加速させるため「TOPPAN Business Action for SDGs」(【図表2】)を策定。後述する「サステナビリティ推進委員会」を軸とした推進体制の中で議論を重ね、実現性の高い具体的なアクションプランと定量的な目標値を設定した。
【図表2】TOPPAN Business Action for SDGs
出所:凸版印刷提供資料よりタナベコンサルティング作成
「社長を委員長とするサステナビリティ推進委員会をコーポレートガバナンス体制の中にしっかりと組み込み、加えて『トッパングループESG経営推進会議』を定期開催してSDGsの進捗チェックやESGの課題を共有できる体制を構築しました」と池田氏は説明する。
サステナビリティ推進委員会は、秘書室、SDGs推進プロジェクトのリーダー、各部門のサステナビリティ推進メンバーで構成され、経営企画本部に設置された事務局にSDGs推進プロジェクトの進捗を随時集約。アジェンダの設定や会議の日程調整などの役割も担っている。
当初は、①SDGs推進プロジェクト、②ESG情報開示ワーキンググループ(WG)、③リスクマネジメントWGの3体制でスタートした。しかし、②のESGに関しては、情報開示のみならず、世界的なESG指標で挙げられているテーマにしっかりとコミットして取り組みを進化させていかなければならないと考え、「コーポレートESGプロジェクト」に名称を変更。関連会社を巻き込みながら、①人権WG、②サプライチェーンWG、③TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)WG、④リスクマネジメントWGの4グループに分かれて、開示計画と推進計画の策定に取り組むことにした。(【図表3】)
【図表3】サステナビリティ推進体制
出所:凸版印刷提供資料よりタナベコンサルティング作成
「広報本部ESGコミュニケーション部はプロジェクトに事務局として参画し、縦串・横串のブリッジ機能を果たしています。各WGがテーマに集中できるように、会議の報告は広報がリアルタイムにアップデート。参考となる他社事例や投資家の関心が高いESG指標などの情報も随時キャッチアップできるようサポートしています」と池田氏。各事業部をはじめ子会社や関連会社など全国さまざまな拠点とも随時コミュニケーションを取っている。
さらに2021年度には、社長を含む役員が外部有識者からサステナビリティの重要課題について学ぶ「エグゼクティブ・サステナビリティ推進委員会」も設置。毎回質問が絶えず、時間オーバーするほど活発な議論が重ねられているという。サステナビリティ推進委員会を経営会議の直下に設置したことにより、サステナビリティが経営の根幹に据えられ、PDCAがダイナミックに回転し始めた。
研究・開発工程などで出る廃棄化粧品(化粧品バルク)を、インキの色材として再利用した「ecosme ink®」(左)社員がSDGsを理解して「行動」することを狙いとしたビジネス創出コンテスト「SDGsビジネスセールスアワード」(右)
事業ポートフォリオを変革し、社会的価値創造企業へ
新型コロナウイルスの感染拡大やロシアによるウクライナ侵攻に端を発する地政学的なリスクの急激な高まり、エネルギーコストの高騰などを受け、SDGs活動はいっそう重みを増している。
2021年5月に発表した中期経営計画(2021年4月~2023年3月)の中核は「Digital & Sustainable Transformation」をキーコンセプトにした事業ポートフォリオの変革だ。経営基盤の強化とESGへの取り組みを進化させながら、①DX事業、②海外生活系事業、③新事業(フロンティアビジネス)という3つの重点事業を営業利益構成50%以上に高めていく。現在、その実現を支えるグローバルプラットフォームを構築するためM&A投資を集中的に進めているところだ。
「地政学的リスクや気候変動リスクは年々高まっています。各本部の知見を集約し、認識を擦り合わせた上でアセスメントしていくことが大切です。ガバナンスに特化したグローバルガバナンス本部を設置したことで、さらに一歩前進できました。新たに加わった海外グループ社員にもトッパンの行動規範や価値観を丁寧に浸透させていくため、今後さらなる機能拡大・強化が必要になるでしょう」(池田氏)
気候変動リスクに関しては、2019年にTCFD提言に賛同表明し、翌2020年に1.5℃と4℃の2パターンでシナリオを分析。2050年までに起こり得る重要なリスクと機会を洗い出した上で、財務インパクトを大中小の3段階で評価、DX(デジタルトランスフォーメーション)・SX(サステナブルトランスフォーメーション)による対応策を検討した。
「投資家との対話の中で、気候変動を背景に加速するペーパーレス化の流れがトッパンにとっていかに事業成長のチャンスであるか、再認識する機会が多々ありました」(池田氏)
情報開示の観点から当初は広報本部ESGコミュニケーション部がTCFD WGの事務局を務めていたが、事業の成長戦略につながる話を投資家に伝えていけるよう経営企画本部に移管。成長戦略については、可能なかぎり定量的なデータで示せるよう各事業部門のメンバーと議論を重ねた。
目に見えない「人権」を明文化する意義
「環境」の現実的なデータと向き合い、課題解決のための「ガバナンス」を追求していった先にあるのは、健全な「社会」を支える人権の明文化である。
同社が2021年10月に策定した「トッパングループ人権方針」策定について、同社「サステナビリティレポート2022」には、「人権は、事業活動やサステナビリティの取り組みを推進するに当たり、最も重要なテーマだと考えています」とつづられている。このタイミングで策定するに至った最大の理由は、先述したようにM&Aを積極活用しながらグローバルプラットフォームを構築し、生活系事業を中心に海外展開を加速させていく上で避けて通れない重要課題だからだ。
「『人間尊重』というトッパンの企業DNAは昔も今も変わりませんが、得意先や投資家などステークホルダーの方々にもあらためて伝わるように言語化し、ウェブサイトや報告書で情報を開示していくことが重要だと考えました」と、池田氏は語る。
コーポレートESGプロジェクトの人権WGが主体となり、まずは人権デューデリジェンスの運用体制を整備するため、2021年7月に「グローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパン」の人権デューデリジェンス分科会に参加。先進企業へのヒアリングを行いながら国連が定めた「ビジネスと人権に関する指導原則」に準拠する素案を作成し、役員ディスカッションを経て策定し、公表した。
また、事業特性や業界慣習から想定される人権リスク5項目を特定(①強制労働・人身取引、②差別、③非人道的な扱い、④プライバシーに対する権利、⑤グループ全体の人権ガバナンス)。人権リスクを軽減・是正する社内の仕組みを構築した。2023年度からはモニタリングと情報公開をスタートし、人権デューデリジェンスのPDCAを回していく。
「人権方針を浸透させていくため、凸版印刷と一部グループ会社の全従業員を対象にeラーニングと特別講義を実施しました。また、人権に関する研修カリキュラムを新たに作成し、『ビジネスと人権に関する指導原則』の中身にまで踏み込んだ内容を階層別研修などに組み込んでいます」(池田氏)
同社では「労使は共通のパートナー」という考えに基づき、従来から経営協議会や個別の課題を協議する専門委員会などの場を設けているが、「人権方針」が策定されたことをきっかけに、労働組合との対話もさらに活性化しているという。
SDGsは「やるべきこと」から「やりたいこと」へ
コーポレートガバナンスの中心に組み込まれた推進体制、明文化された理念、定量的なKPI(重要業績評価指標)により、2030年に向けてSDGsのマテリアリティに取り組む基盤が構築された凸版印刷では「社会貢献できる事業をつくりたい」という雰囲気が着実に醸成され、SDGs活動と事業活動の垣根は一段と低くなりつつある。
2021年度から、情報コミュニケーション事業部が全99課の営業社員を対象に「SDGsビジネスセールスアワード」を開催。SDGsの新しいビジネス案を募ったところ、数々の優れたアイデアが寄せられたという。
そのうちの1つが「ecosme ink®(エコスメインキ)」だ。これまで研究開発や品質管理のプロセスでやむを得ず廃棄されていたパウダー化粧品の原料を再利用したインキを製造し、原料の提供元である化粧品メーカーの販促物やパッケージを印刷・制作して販売するという取り組みで、パートナー企業との協業によるビジネスモデルを確立した。2025年までに10社との契約を目指し、化粧品業界全体のアップサイクル推進を目指している。
また、2022年度からは「トッパン版ジョブ型人事処遇制度」を導入。評価の指標に「持続可能な社会の実現」「ダイバーシティ」「人権の尊重」「社会的価値の創造」を加えたことで、DX人財をはじめ公募による事業部間の異動の動きなど流動性も生まれている。
「当社は現在、地方自治体向けの次世代BPOサービス『Hybrid-BPO™』や製造工程のデジタル化による業務効率向上を支援する製造DXなど、リアルでの高度なオペレーションノウハウとAIによるデータ分析・利活用などのデジタルサービスを掛け合わせたハイブリッドなDX事業「Erhoeht-X®/エルヘートクロス」の創出に取り組んでいます。膨大なデータを収集・整理・加工・活用するという従来のスキルを存分に発揮できるDX事業なので、若手に限らず経験豊富なベテラン社員も活躍しています」(池田氏)
SX事業においても、これまでパッケージ事業で追求してきた同社製品の「環境適性」の高さに、サステナブル需要が急速に高まった欧米から熱い視線が注がれ始めた。世界トップシェアを誇る透明蒸着バリアフィルム「GL BARRIER」は、今後の海外展開における主力製品だ。1986年に独自開発した製品が、進化を続けながら今なお世界の環境ニーズに応え得るサステナビリティを有していること自体、同社が腰を据えてESGに取り組んできた意義を証明している。
今後は、次の中期経営計画(2023年4月~2026年3月)に基づき、事業ポートフォリオの変革に向けた第2フェーズとしてDX・SXによる成果獲得を目指すという。世界標準での企業価値向上に向け、凸版印刷の進化は続いていく。
凸版印刷 広報本部 ESGコミュニケーション部 部長 池田 文恵氏
PROFILE
- 凸版印刷(株)
- 所在地:東京都文京区水道1-3-3
- 創業:1900年
- 代表者:代表取締役社長 麿 秀晴
- 売上高:1兆5475億3300万円(連結、2022年3月期)
- 従業員数:5万4336名(連結、2022年3月末現在)