モデル企業
2022.12.01
長期的視点と成長分野を見極めて海外進出を図る:大和総研
縮小していく国内市場で大きな成長が見込めない今、日本企業にとって海外市場の開拓は不可欠だ。しかし、現在の国際情勢はかつてないほど不安定な状況にある。どのような観点からグローバル戦略を組み立てればよいのか、ヒントを探る。
ユーザーの情報収集や購買行動の変化
2020年に新型コロナウイルスの感染が拡大し、世界は一変した。世界情勢が混迷する状況に拍車をかけたのが、2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻である。世界的な穀倉地帯である両国の戦火による生産減、さらにロシアからの石油の禁輸など、経済的な影響はヨーロッパをはじめ多くの国々に打撃を与えている。こうした状況に加えて、日本では円安が2022年春から急速に進行しており、先行きの不透明性は増す一方だ。
しかし、世界情勢が不安定でも、少子化による国内市場の縮小などを考えた場合、日本企業のグローバル戦略は不可欠である。世界情勢を的確に把握し、リスクを回避しつつ成長分野へ投資することがポイントになる。
「米国の個人消費や雇用が足元でも堅調ですが、インフレ抑制のためFRB(連邦準備制度理事会)が積極的な金融引き締めを行っており、住宅市場が調整するなど景気が減速しています。2023年に深刻な景気後退に陥る可能性も否定できません。
ヨーロッパは既に厳しい経済状況にあります。天然ガスや原油をロシアからの輸入に依存しているため、ウクライナ危機の長期化でエネルギーの価格高騰や調達難に直面しており、経済活動が急速に悪化しています。もしこのままロシアから天然ガスを輸入できないと、さらに深刻な状況に陥ります。特にドイツやイタリアは厳しい状況です。
また、中国は『ゼロコロナ政策』を続けており、上海におけるロックダウン(2022年3月末から2カ月実施)のようになれば、再び経済活動がストップしてしまう可能性があります。加えて不動産市場も悪化しており、予断を許さない状況です。このように、2023年にかけて世界経済は下振れリスクが大きいと予想しています」
世界の経済情勢をそう説明するのは、大和総研の経済調査部日本経済調査課長シニアエコノミストである神田慶司氏だ。
「日本経済は経済正常化で欧米に後れを取っている一方、欧米のような深刻なインフレは発生しておらず、財政・金融の両面で緩和的な政策が実施されています。大和総研では厳しい外部環境の中でも経済正常化が景気を下支えすることなどにより、2022、23年度の実質GDP成長率は+2%前後で推移すると見込んでいます」(神田氏)
ただし、この実質GDP成長率は、コロナ禍以前のレベルに戻るという意味合いが強い。
ウクライナ危機による日本経済への影響は、資源コスト高、対ロシア貿易の減少、ロシアでの事業縮小・撤退などが挙げられるが、ヨーロッパに比べると影響度は小さい。それよりも中国からの影響を大きく受ける可能性があると神田氏は言う。「例えば、世界的に中国への依存度が高いレアメタルの場合、台湾有事などによって中国がレアメタルの供給を制限すると、日本では自動車やハイテク製品、家電製品などの生産が滞るでしょう」
日本経済の正常化、3つのドライバー
次に神田氏は、日本経済の回復につながる3つのドライバーを挙げる(【図表1】)。1つ目は日本人のサービス消費である。可処分所得対比で見ると、直近の2022年4~6月期のサービス消費はリーマン・ショック後に東日本大震災が起こった2011年1~3月期並みに低い水準にある。コロナウイルスが感染拡大する以前の2019年7~9月期の水準まで回復すれば、年率換算で6兆円程度の回復余地があることを指す。(【図表2】)
【図表1】今後の日本経済を下支えする3つの「伸びしろ」
出所:大和総研提供資料を基にタナベコンサルティング作成
【図表2】日本人のサービス消費(対家計可処分所得比)の推移
※サービス消費に含まれるインバウンド消費分は、SNA(国民経済計算)の非居住者家計の国内での直接購入に観光庁「訪日外国人消費動向調査」より算出したサービス消費の割合を乗じて試算した。同調査は2010年1~3月期以前、2020年4~6月期以降は費目別支出のデータがないため、それぞれ直後、直前の四半期のサービス消費割合を利用した出所:内閣府、観光庁より大和総研作成 2つ目は、インバウンド(訪日外国人旅行者)の受け入れだ。日本円は約50年ぶりの水準まで安くなったが、今回は輸入材料のコスト高を招くなど、「悪い円安」の側面が強い。この円安を「良い円安」に変えていくには、インバウンドの増加が欠かせないと神田氏は指摘する。ただし、コロナ規制や水際対策などの緩和がポイントになる。 「インバウンドは国内企業の成長に欠かせない分野だと思います。観光資源が豊富にあり、治安が良い日本は、世界でも有数の観光立国です。加えて円安が大幅に進んでいるので、海外の方々にとっては格好の観光地と言えるでしょう。 すでに欧米では新型コロナウイルスに対する規制がほとんどなく、コロナ前と同じような生活様式に戻っています。そうした国の方々を日本に呼び込むことで、まだ回復しきっていないサービス業の活性化を図ることができます。今後の政府のコロナ規制緩和策がキーポイントです」(神田氏) 日本を含むアジアの国々は、欧米に比べて規制緩和が遅れているのが実情だ。東南アジアの国々も欧米ほどの緩和に踏み切れていない。コロナ禍以前、圧倒的な旅行者数と購買力を持っていた中国に至っては、当分「ゼロコロナ政策」の継続が予測される。どのような国から訪れる観光客をターゲットにするかを判断し、各国の新型コロナウイルス対策・緩和策や景気状況などに注目する必要がありそうだ。 3つ目は、自動車生産である。2022年から23年にかけて回復する見込みが強い。その背景について、神田氏は次のように解説する。 「新型コロナウイルス感染症が世界的に流行した2020年春に、多くの自動車メーカーは生産の大幅な縮小を図りました。これを受け、自動車に半導体を供給する半導体業界はデジタル化で需要が急速に増加したパソコンやスマートフォンなどの電機・電子部品製造業界に販売先をシフトしたのです。そのため、2021年は自動車を増産したくても半導体が入手できない状況に陥りました。 現在は、パソコンやスマートフォンの需要が減少したため、自動車業界への半導体供給が回復しつつあります。自動車の生産が抑制されたことで繰り越されている需要(ペントアップ需要)は国内乗用車で2兆円程度と見積もっています。輸出や設備投資(企業の自動車購入)でもペントアップ需要は積み上がっていると思います。今後は自動車の挽回生産が起きることで、日本経済の回復を後押しするとみています」(神田氏) 生産や販売を行う上では、国内と海外でバランス良く 事業展開する必要があるでしょう
大和総研 経済調査部 日本経済調査課長 シニアエコノミスト 神田 慶司氏
安全保障と成長分野を考慮したグローバル戦略を
冒頭で述べたロシアによるウクライナ侵攻、加えて米中の関係悪化による東アジア地域の不安定化など、世界情勢はさらに混迷を深めている。こうした状況で重要になるのが、カントリーリスクの見極めだ。紛争や経済摩擦によってサプライチェーンが寸断されないよう、安全性を重視して進出・投資する地域を見極めないと大きなリスクを負うことになる。
「経済安全保障の観点から考えると、生産地を最も安全な国内に切り替えるという考え方もありますが、国内では人口減少が長期的に進み、特に働き手の減少が深刻になる見通しです。国立社会保障・人口問題研究所の中位推計によると、働き手の多くが含まれる20~64歳人口は2065年までに4割ほど減少すると見込まれています。ですから、生産や販売を行う上では、国内と海外でバランス良く事業展開する必要があるでしょう。民主主義など同じ価値観を共有でき、同じルールでビジネスができる国や地域を選ぶことが、海外進出のポイントとなります」(神田氏)
そこで候補として浮上するのが、APEC(アジア太平洋経済協力会議)の加盟国である。米国の安全保障の枠組みにある国が大半を占めており、日本・米国・カナダ・韓国・オーストラリア・ニュージーランド・インドネシア・マレーシア・フィリピンなどが主要国だ。こうした国の中から、政治的に安定した国や地域を選ぶのが望ましいだろう。
次に考えるべき観点は「進出分野」だと神田氏は指摘する。その1つとしてグリーンエネルギーが挙げられる。EV(電気自動車)に象徴される脱炭素社会への移行が世界的に加速しており、成長産業として期待できる。
「特にEVに使用される蓄電池は高い技術力が求められる分野で、日本企業に適した分野ではないでしょうか。EVは需要地で生産する方が効率は良い。そのため、日本で生産して輸出するという形ではなく、各国が現地で生産する傾向が高くなると見ています。このような成長分野は、現地の人々の力を借りてEVを生産し、現地で消費するというビジネスモデルが、以前に増して重要になるでしょう」(神田氏)
世界情勢を見ながら、「安全保障」「成長分野」「高付加価値」というキーワードを念頭に、進出する地域や分野を見定める。「短期的にもうかるか」ではなく、「中長期的な構造変化に対応していけるか」という観点でグローバル戦略を立てる。今後の企業経営は、こうした視野の広さと視座の高さが重要になる。
PROFILE
- (株)大和総研
- 所在地:東京都江東区冬木15-6
- 設立:1989年
- 代表者:代表取締役社長 中川 雅久
- 売上高:772億1200万円(単体、2022年3月期)
- 従業員数:1819名(単体、2022年6月現在)