
非上場化を機にカンパニー制を導入し、経営陣と組織体制を一新した車載機器メーカーのパイオニア。新たに始動した「モビリティサービス事業」で推進するマーケティングDXの変革とは。
カーナビやカーオーディオ、ドライブレコーダーなど、車載機器分野で信頼のブランドを築いてきたパイオニア。「未来の移動体験を創ります」を企業ビジョンに掲げ、カンパニー制で事業を展開。「モノ」のプロダクトと「コト」のサービスを掛け合わせたモビリティサービス事業を推進している。 同社のモビリティサービスカンパニーは、車載機器を介したテレマティクス※1で収集したプローブデータ※2を解析・活用するクラウド型SaaS※3サービス「ビークルアシスト」などを提供。走行データから、急な加減速やスピード超過など危険な挙動を検知し、事故多発場所も予報するなど事故リスクを低減するとともに、車両管理担当者の業務負荷も軽減する運行管理・支援サービスで、新たな市場を創り出している。 プロダクトデバイスの販売だけでなく、付加価値も提供するBtoB向けのSaaSサービスとして2015年に提供を開始したビークルアシストだが、カンパニー制を導入し、サービス事業に注力する段階で壁が立ちはだかった。従来の主力事業であるデバイス販売はBtoC向け代理店への卸売りが基本で、自動車用品販売店などへのルートセールスが中心。パートナー企業を介したビジネスは順調に推移したものの、直販型ソリューションセールスの経験・実績がなく、転換は思うように進まなかった。この課題を解決すべく、デジタルを活用するマーケティング変革がスタート。最前線で陣頭指揮を執るのが、同社マーケティング課の課長である大野耕平氏だ。 SaaSサービス企業でマーケティングに携わったキャリアを生かそうと2022年に同社へ入社した大野氏は、これまでのやり方に違和感があったと言う。 「“売ったら終わり”のハードウエアと、毎年契約を更新するソフトウエアやLTV(顧客生涯価値)が大前提のSaaSサービスでは、マーケティングの考え方が全く違います。それなのに専門部署がなく、セールスパーソンの試行錯誤によって何とかプロモーションをしているような状態でした」 実は、大野氏の入社前である2019年、同社にはすでにMA(マーケティングオートメーション)やCRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント)のツールを導入していた。2021年には「マーケティング」「インサイドセールス」「セールス」「カスタマーサクセス」のフェーズごとに完全分業制を採用。パンフレット作成からイベント出展、顧客提案から受注後のフォローまで、一気通貫型だった業務のブラックボックスを見える化し、マーケティング変革の環境整備を進めていた。それでも、マーケティングの活動はうまく機能しなかったのである。 「フェーズごとのKPI(重要業績評価指数)は設定しているのですが、KPIを達成するためのCV数やCVR※4を日々確認する習慣がなかったのです。アポイントから何%が案件化し、そのうちの何%が成約するのか、マーケティングの本質を理解していなかったと言えるかもしれません。デジタルツールはあくまでも手段。導入しただけでは何も変わりませんし、使いこなす戦略や方針があってこそ生きてきます」(大野氏) 役割分担の分業制も、営業ノウハウやプロセスの透明化も、組織的なマーケティング戦略がなければ宝の持ち腐れになるということだろう。そして本当の意味での、組織と業務、考え方の変革を再始動させた。 ※1…通信を使ってドライブに有益な情報を提供・活用するサービスの総称 ※2…自動車から取得した位置や車速などの走行データ ※3…インターネットを経由してクラウド上のソフトウエア・機能を提供するサービス ※4…CVR(コンバージョン率)。接触を持った見込み顧客のうち、実際に顧客やサービス会員に転換した比率 
「パイオニア=モビリティサービス」と世間に認知されるように ブランドイメージも変えていきたいですね 
入社早々、大野氏が真っ先に着手したのは戦略を立てることだ。「集客がうまくいかない」「展示会をしてもリード獲得につながらない」「ウェブサイトへのアクセス数が芳しくない」など、社内からさまざまな質問や相談を受けながら、マーケティング戦略に不可欠な、3つの要素が明確になっていないことに気付いた。 「マーケティング戦略には、ペルソナとカスタマージャーニー、バリュープロポジションという3つの要素を明確にする必要があります。そうしないと、設計図がないまま家を建てるようなものです。私が入社するまでは組織の再編やインフラの整備など土台を造る基礎工事の段階でした。それから先に必要なのは、どのような家を建てるかを具体化する設計図です。 『とにかくDXだ』といったように、戦術を起点として動き出すのではなく、まずは顧客に向けてどのようなアプローチをするのかという戦略を立て、その後に適切なツールを使った戦術に落とし込むべきです」(大野氏) 設計図のない家づくりがどのような結末を招くかは、想像に難くない。マーケティング戦略を策定し、変革の第一歩を踏み出した後、大野氏は、各フェーズの目標を過去のCVRに基づいてKPI化した。 「従来もKPIを設定していましたが、粒度が粗く、今期のアポイント件数の目標が何件で、結果として何件達成したという報告で終わっていました。何が要因となって達成できたのかを、明確につかんでいなかったのです。各フェーズのCV数やCVRを基にした考え方をマーケティングメンバーに啓蒙し、セールスの目標達成にはインサイドセールスのアポイントが何件必要か、さらに架電件数は……と上流にさかのぼって逆算して、ブレイクダウンすることで、全て数値化しました。こうすることで、達成してもしなくても原因が分かりますし、KPIも手探りではなく最適に設定できます。『目標未達だけど仕方がないね』で終わらせないということです」(大野氏) ホームページへのアクセス数や問い合わせの件数、インサイドセールスの誰が1日に何件架電したか、マーケティング施策の費用対効果はどうかなど、全てを見える化し、それらを誰もがいつでも確認できるように整備した。すると、戦略策定と、それに沿った戦略実行により、2022年度第1四半期のリード獲得数は一気に前期比4倍超に増加。アポイント件数も2021年比で各月180~200%の右肩上がりとなり、CV数が向上した。 「デジタルツールの導入が浸透しない理由として、何にどのように使うか目的があいまいだったり、セールスパーソンをはじめ各フェーズの一人一人にどのようなメリットがあるかが伝わっていなかったりすることが挙げられます。そうすると、ツールはあるけど使わない、使えない、と、ツールの屍が積み上がることになります。 細かい指標と実績を見える化して実務に当たる社員に意識してもらうこと。そして、管理者が毎日チェックし、繰り返し入力を促すことが重要です。数字が上がってくるように地道な努力を続けることができて初めてDXへとつながります」(大野氏) もう1つ、大野氏が心掛けていることがある。それは、トータルで目標を達成すれば、必要以上に細かくマネジメントしないこと。インサイドセールスで架電しないのは問題外だが、CVRの高低やどこまでできるかには、個人の能力差もあるからだ。 「その人がどうかというよりも、なぜそうなったのか、達成できなかった環境を調べることを大事にしています」(大野氏)
マーケティングDXの推進に、大野氏という専門的なスキルを持つ人材を登用したのは、パイオニアが変革の重要性を認識し、人材投資を惜しまなかった証しだ。また、カンパニーCEOからCMO(Chief Marketing Officer)、大野氏へと、経営トップの決断まで3階層と距離が近く、マーケティングへの予算や施策をダイレクトに提案できる体制も、変革を後押ししている要因だろう。 「私の場合、社外にマーケティングコミュニティーの知り合いが多くいて、困ったことがあればそのつながりから知見や知恵を得られるのが大きいですね。何かあればいつもチャットやウェブ会議などで相談しています。 また、社内では予算や施策についても大きな信頼をいただいていますし、自由度が高い環境も重要だと思います。実際に、私よりもはるかに優れた知名度の高いマーケターが、新たに当社へ入社しています」(大野氏) マーケティング専門の部署がなく、営業部が兼務する企業も少なくないだろう。しかし、プロパー社員が専門性の高い人的ネットワークをゼロから構築するのは難しく、時間も手間もかかる。組織と業務、マインド、その全ての変革を推進するキーパーソンを立てるには、外部人材を招聘するのが有力な選択肢の1つと言える。 「戦略が重要なことや、数字で見える化しデイリーで追いかける文化など、この半年間でかなり理解してもらえるようになったと感じています。今はビークルアシストをメインにマーケティングの強化に当たっていますが、別のモビリティサービスのビジネスにも広げていくことが、私の当面の任務だと考えています。 さらに言えば、パイオニアと言えばオーディオの会社というブランドイメージも変えていきたいですね。マーケティングの力でモビリティサービスの認知度を高め、プロダクトも含めて『パイオニア=モビリティサービス』と世間に認知されるように」(大野氏)
パイオニア モビリティサービスカンパニー カスタマーサクセス&マーケティング部 マーケティング課 課長
大野 耕平氏
PROFILE
- パイオニア(株)
- 所在地:東京都文京区本駒込2-28-8 文京グリーンコート
- 創業:1938年
- 代表者:代表取締役 兼 社長執行役員 矢原 史朗
- 売上高:2698億5100万円(連結、2022年3月期)
- 従業員数:9153名(連結、2022年3月現在)