「何でもできるは、何もできないのと一緒」。その考えから、事業の「選択と集中」を敢行し、3つの事業ブランドを立ち上げて顧客に“選ばれる存在”を目指してきた三和建設。取り組みは業績のみならず、採用や企業ブランディングなどにも好影響を与えている。
培ってきた技術とノウハウを生かすブランドをつくり
ファーストコールカンパニーを目指す
大阪市に本社を構え、中堅ゼネコンとして事業を展開してきた三和建設。1947年の設立以来、長年にわたり安定経営を実践してきたが、バブル崩壊後から2000年頃までは不況による顧客の設備投資減少により、苦しい経営状況に陥った。
「苦境の中、タナベ経営から受けたのは『10年後、20年後を見据え、何かに特化したブランドをつくり、顧客に選ばれる存在、ファーストコールカンパニーになるべき』というアドバイス。その考え方に共感し、経営方針の転換を図りました。しかし、何かを選ぶということは、何かを捨てるということ。当然、すんなりと社内でコンセンサスが取れたわけではなく、議論を重ねた末、事業の集中と選択を決断しました」
そう当時を振り返るのは、三和建設の専務取締役、森本行則氏である。この決断により、どんな工事でも受注していたそれまでの体制から大きくかじを切った。顧客に選ばれる企業になるため、自社で「やる」と決めたのは、食品工場設計・建設の「FACTAS®」(ファクタス)と、賃貸集合住宅設計・建築の「エスアイ200」の2事業だった。
「FACTAS®」とは、「食品工場(ファクトリー)に三和建設ならではの付加価値を足す(タス)」という意味の造語。食品分野に特化したのは、他業界に比べ食品業界が安定していること、食品工場には高い専門性が求められるため差別化が図れること、何より、サントリーをはじめとする大手食品メーカーとの長年にわたる取引実績があったことが主な理由だ。
もう一方の「エスアイ200」は、将来にわたり資産価値を維持させるために不可欠なスケルトンインフィル※1とルネス工法※2を組み合わせた集合住宅ブランド。時代に合わせて「200年、快適・安心に暮らせる集合住宅ブランド」としてスタートした。
専門分野への特化ブランドで高い提案力を実現
「FACTAS®」が生まれた背景には、同社の歴史が深く関わっている。同社は創業間もない頃からサントリー山崎蒸溜所をはじめ、数多くの食品工場を手掛けてきた。
ひと口に食品工場といっても多様な分野がある。食材の種類や形状によって製造方法が異なる上、生産機械と建築が密接に関連するため、エンジニアリングの知識や技術も要するのだ。
「建物を建設するだけでなく、例えば空調や電源の設置場所など、生産機械を効率的に配置するための設計力も求められます。そもそも食品工場は生産機械を決めてから建屋をつくるのが一般的。そこで、生産機械の提案など川上の業務も経験しながら提案力を高めてきました。この蓄積が『FACTAS®』の大きな強みになっています」
東京本店次長で「FACTAS®」のブランドマネジャーを兼務する安藤知広氏はそう説明する。建物の建設だけでなく、エンジニアリングのノウハウが必須になることから、同社ではエンジニアリング会社をグループ内に立ち上げるなど、食品工場のエキスパートとして環境を整えてきた。その効果は大きく、「エンジニアリング会社を立ち上げたことで、顧客からのファーストコンタクトが増えている」(安藤氏)という。
こうして技術面の充実を図る一方、「FACTAS®」というブランドを広く伝えるマーケティング活動にも力を注ぐ。これまで同社が積極的に行ってきたのが展示会への出展だ。
「食品業界展示会で知り合った食品会社を対象に、参加者が興味を示しそうなテーマで無料セミナーを開催して関係づくりを強化してきました。同時にホームページで情報発信し、SEO対策にも力を注いでいます。地道な努力が実り、最近はホームページ経由での問い合わせや受注も増えてきています」(安藤氏)
これまでは顧客企業へ足繁く通い、信頼関係を構築する“旧式”の営業活動が多かったが、FACTAS®事業を立ち上げ、ブランドを育む間に、そのスタイルは一新されつつある。また、関西中心だった営業エリアは今では関東にも広がり、飲料、製氷、製菓など幅広い食品工場を手掛けながら、同社の基幹事業として成長をけん引している。
※1…建物をスケルトン(構造体)とインフィル(住戸部分)に分けること。耐用年数の短いインフィルのみを定期的に改修することにより、建物を長持ちさせるための構造。必要な箇所のみ改修できるのでコスト(維持管理費)の軽減にもなる
※2…スケルトンインフィルに最適な逆梁二重床をさらに進化させた技術がルネス工法。束のない床下を確保することで自由な空間設計を実現し、遮音性の向上や間取りの可変性、床下メンテナンス性を高める
柔軟な対応力で差別化を図る「エスアイ200」
集合住宅ブランド「エスアイ200」の最大の特徴は、施主である地主の要望に合わせて自由に設計できる点にある。「画一的な集合住宅ではなく、骨太でこだわりを持ったオーダーメイドをつくる」「“less is more”のデザインコード、経年劣化が味になる設計で、10人中1人でいいからベタぼれしてもらえるブランドに育てたい」と森本氏は語る。
「エスアイ200」は、大手ハウスメーカーとのB to B取引で受注してきた事業をベースに、自社ブランドとして展開しているもの。施工技術はすでに蓄積されていたが、新しく立ち上げたブランドをどのように顧客に伝えていくかが課題になっていた。
「B to B取引で事業をしてきたため、地主に直接アプローチをする術を知らないわけです。そこで、付き合いのある銀行内でのセミナー開催、地主向け雑誌への広告出稿、業界紙とのタイアップセミナーでの講演といった地道なマーケティング活動や営業を通じ、『エスアイ200』の存在を知ってもらいました」(森本氏)
地主の信頼や満足度を獲得する決め手となっているのが、独自の市場調査を基にした提案力だろう。同社では地元不動産を訪問し、近隣の賃貸マンションの相場や間取り、空き室率、築年数などを入念に調べた上で、競争力あるプランを提案。加えて竣工後のメンテナンスや大規模修繕にも対応することで、オーナーを支援する。そんな手厚いサービスが好評を博し、地主の心をつかんでいる。
ジャストスペック倉庫の建設で物流業界のニーズに応える
三和建設の3つの事業ブランドの中で最も新しい「RiSOKO®」(リソウコ)は、物流倉庫の建設に特化した事業。食品工場と同様、従来から得意としてきた分野で、2017年に新たに自社ブランドとして立ち上げて以来、数多くの倉庫建設を手掛けてきた。
「『RiSOKO®』立ち上げを機に、物流業界の特性や収益構造などをリサーチしました。その結果、打ち出したのが機能型倉庫に特化した建設です。機能型倉庫とは、冷蔵冷凍倉庫、危険物を保管する倉庫、自動ラックを装備した倉庫などで、こうした付加価値の高い倉庫を専門に受注することで他社との差別化を図ってきました」
そう語るのは、大阪本店次長で「RiSOKO®」のブランドマネジャーを兼務する松本孝文氏だ。特殊な倉庫建設には多くの知識や高い専門性が求められるため、ジャストスペックの「理想(RISO)の倉庫(SOKO)」を提供することで、顧客のニーズに細やかに応えてきた。
マーケティングとしては展示会出展、セミナー開催やホームページ開設など、「FACTAS®」で効果のあった手法を取り入れながら、RiSOKO®事業を軌道に乗せてきた。特に近年はホームページ経由での問い合わせが増えており、そこから受注につながったケースも多い。
物流倉庫を建設する事業者は、製造業、商社・卸、物流業者、デベロッパーなど多岐にわたり、コスト優先、機能性優先など、倉庫建設に対する考え方も異なる。同社はそれぞれのニーズに合わせた提案を行うことで信頼を勝ち取っていったのだ。
社内ブランディングや採用でも確かな手応えを獲得
3つの事業に特化してブランディングを推進した三和建設。この取り組みが、インナーブランディングや人材採用においても大きな効果をもたらしているという。
「まず社内の企業文化が大きく変わりました。3つの事業に絞り込んだことで、各分野のプロフェッショナルになる覚悟が社員に芽生えました。能動的に専門知識を知ろうとする当事者意識や自社ブランドを背負うプライドが生まれたと感じています。加えてリクルーティングにおいても学生に自社の説明をしやすくなり、優秀な人材獲得にも効果が出ています」(森本氏)
建設業界は差別化が難しい――。そう言われる中、集中と選択による事業ブランディングで大きくかじを切り、顧客に“選ばれる存在”へと進化を遂げてきた三和建設。その歩みが止まることはない。
PROFILE
- 三和建設(株)
- 所在地:大阪府大阪市淀川区木川西2-2-5
- 設立:1947年
- 代表者:代表取締役社長 森本 尚孝
- 売上高:115億円(2020年9月期)
- 従業員数:153名(2020年10月現在)
分 析
ブランドの「提供価値」と「ターゲット」の明確化が最重要
事業成長に欠かせないマーケティング活動は、昨今の環境変化により“旧式”の営業活動一辺倒では成果が上がりづらくなっている。成果を上げるためには、展示会やホームページ、SNSを使った情報発信など、さまざまな手法を組み合わせることが必要だ。
ただ、こうした多様なマーケティング活動を検討する際、どうしても「手法」を注視してしまいがちだが、大切なのはそこではない。ブランドが持つ「提供価値」と、届けるべき「ターゲット」が明確になっているか、これこそがマーケティング活動成功の大きな鍵を握る。
まずは、自社の本質的な価値の発見が重要だ。企業活動が継続されている時点で、必ず、他社にはない顧客から選ばれる独自の価値があるはずである。それをしっかりとブランド価値として言語化する。
次は、そのブランド価値が最大限に評価されるマーケットを選定する。そのマーケットの中でナンバーワンになれば、顧客の第一想起を獲得することができ、顧客から“選ばれる存在”になるための近道となる。
マーケティング活動は手法から入るのではなくブランド価値を見直すことから始め、ファーストコールカンパニーに挑戦していただきたい。