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【企業事例】優れた経営戦略を実践する企業の成功ストーリーを紹介します。
モデル企業 2020.12.28

freee:「自社らしさ」を全員で認識・醸成する freeeのリブランディング

 

freee
Brand Studio
クリエイティブディレクター小川 哲弥氏

 

 

誰もが「自社らしさ」を語れ、統一されたブランドコミュニケーションを取れる――。そんな状態を目指し、freeeがリブランディングに着手したのは2017年。当時の取り組みとポイント、今後の展望を聞いた。

 

 

「freeeらしさ」をつくるブランディングに着手

 

freeeは、中小企業向けの事務管理クラウドサービスを展開するフィンテック企業だ。Google出身の佐々木大輔氏を中心に2012年7月に設立。翌2013年、全自動のクラウド会計ソフト「freee」をリリースすると、その使いやすさが反響を呼び、わずか2週間のうちに約1600事業所で採用され、2万7200件の明細処理を実行した。その後も、クラウド給与計算ソフト、開業支援ソフト、意思決定をサポートするサービス、事業用クレジットカードなどを続々とリリース。急成長を遂げ、創業時3名で始まった同社は、5年目の2017年の秋には、350名を数えるまでになった。

 

その年の6月、代表の佐々木氏は自社の認知拡大に向け、ブランドコミュニケーションチームを立ち上げた。現在クリエイティブディレクターとして活躍する小川哲弥氏が入社したのも、同時期のことだった。

 

小川氏は出版系のデザインスタジオでグラフィックデザイナーとして活動したのち、自動車部品メーカー・デンソーに移り、アートディレクターとしてリブランディングに参画。

 

「面接時に当時のCMO※1からは『freeeらしさ』をつくってほしいと言われました。経営者と一緒に、ブランド構築を最上流からアウトプットまで携われる仕事は、面白いと感じましたね。自分の経験を生かしたいと思い、入社を決めました」(小川氏)

 

だが、いざ入ってみると、問題の多さは想像を超えていた。同社の場合、集客のほとんどはウェブ経由。SEOやリスティング広告で興味を持った経営者らをランディングページに誘導し、そこでクロージングまでを行うオンラインマーケティングを集客の柱にしていた。しかし、出稿されるデザインは担当するデザイナーによってバラバラ。ツバメが飛んで「freee」と軌跡を描くロゴマークこそ共通していたが、その色でさえ6色ものバリエーションがある。何より、ウェブ広告を読んで受け取る印象は同じ会社のものとは思えず、「らしさ」とは程遠かった。

 

「べンチャーでボトムアップ組織の当社には、手を挙げればどんどんアウトプットをしていける風土があります。ABテスト※2を繰り返して、より効率よく集客できる表現をどんどん開発していくわけです。それが会社の急成長を支えるエネルギーとなっていたのは事実です。

 

しかし、当社にはIT系出身者、金融業界出身者、コンサルティング系出身者、私のようなクリエイティブ系出身者など、さまざまな背景を持つ社員がいます。その出自によって価値観も当然異なりますし、広告で伝えるべきポイントにも違いが出る。加えてデザインもそれぞれ派遣のスタッフが担当したり、ツテをたどって見つけたデザイナーに依頼したりで、良くも悪くも自由な状態でした」(小川氏)

 

 

顧客にどんなメッセージを届けるか
経営陣とともに丁寧に言語化

 

文字の書体やロゴのカラー統一など、デザインのルールを作るよりも難しいのが、ブランディングの根幹に当たるコミュニケーションの設計である。顧客にどのようなメッセージを届けるか。どのような企業として認知してもらいたいか。そこがブレていたら、表面を取り繕ったところで、効果的なブランディングを行うことはできない。

 

しかも、これには社員の意識改革も必要になる。ただ売ることを目的とするだけでなく、そこから一歩引いてでも会社の姿勢を伝えるメッセージを作るよう、社員一人一人が頭をリセットする必要があるのだ。いわゆるインナーブランディングである。もちろん、一筋縄ではいかないが、小川氏は「この会社ならできるのでは」と感じていた。

 

「面接に対応してくれた役員、社員は5、6名いたと思いますが、みな同じ言葉を口にするのです。それが『スモールビジネスに携わるすべての人が創造的な活動にフォーカスできるようにする』という当時のミッションです。全員がミッションへ共感しているので、そこからアウトプットまでの道案内を整えることさえできれば、コミュニケーションをデザインすることができると思いました」

 

小川氏がまず行ったのは、社員に対するヒアリングだ。アウトプットを多く出していてキーパーソンと目される社員、デザインを担当している内外のスタッフなど、連日のように1対1で向き合い、どのような表現を行っているか、何を目的として広告を作成したか、どんな課題を持っているかをインタビューしていった。同時に経営陣やコアメンバーと週に1回2時間のペースでデザインの道案内となるフィロソフィーの言語化を丁寧に進めていった。

 

 

※1…最高マーケティング責任者
※2…インターネットマーケティングで行われる、施策判断のためのテスト

 

 

 

 

地道なサポートを繰り返し
フィロソフィーの浸透を図る

 

プロジェクトの開始から3カ月たった2018年4月、小川氏は全社員を前に新しいデザインフィロソフィーを発表した。

 

「心地よい解放感」
「ちょっとした楽しさ」
「もうひと手間かけられる余裕」

 

一見するとビジネスの指針とは思えないような軽やかさ、余裕がある。

 

「当時のミッションにあった『創造的な活動』を可視化すると、我々のアウトプットは、デザインとしてユーザーに届けたいものになるのではという議論からスタートしました。そして、『経営者は経営に専念してください、というメッセージが伝わるクリエイティブをつくろう』と長い議論の中で決まっていきました」(小川氏)

 

同時に、社内の各所にバラバラに配置されていたデザイン担当者を集め、デザイン部門として独立させた。こうすることで横の連携が取れるようになり、デザインの表現方法などが共有され、デザイントーン統一への道筋が整っていった。

 

さらに、アウトプットを行う全ての社員に対して、小川氏はこのデザインの哲学を日々説明して回り、地固めを進めたのである。

 

「大事なのは、freeeの核となる部分、例えば、最後までこだわってつくるとか、本当にユーザーのことを考えているといった姿勢が、どう表現されているかということだと思うんです。それをデザインチームは日々議論できるし、社員一人一人も心に留め置くことができれば、ひとまずは成功だと思います」(小川氏)

 

それから2年が過ぎた。

 

「最近うれしいのは、私以外の社員の口から『このデザイン、freeeっぽくないですよね』という言葉が自然に出るようになったこと。一方で課題に感じているのは、この2年で新しいメンバーも増えたので、当時の経緯やデザインフィロソフィーを知る人が減ってきていること。当然、新たに入社した社員にも伝えていかないといけませんし、社員にどう根付かせていくか、あるいはどう変えていくのか、ずっと考え続けなくてはなりません」(小川氏)

 

同社は今、フィロソフィーのさらなる進化を狙い、顧客接点の全てをデザインし直そうとしている。そのため、商品選びから購入の過程、あるいはソフトウエアの操作中にもフィロソフィーを体感してもらうための仕組みを模索中という。

 

さらに、経営者の面倒なイベントをポジティブに変換する「確定申告フェスティバル」といった取り組み、経営者に「気付き」と「決断」のヒントを与える動画コンテンツ「スモールビジネスチャンネル」などを通じ、経営をもっと楽しんでもらおうというメッセージの発信を強化している。

 

「当社はただの会計ソフト会社ではなく、スモールビジネスの経営者を応援する会社。そういうメッセージをもっと出していきたい。それこそが当社のミッションですし、他社との最大の差別化ポイントでもある。やることはまだ山積みです」(小川氏)

 

 

 

 

PROFILE

  • freee(株)
  • 所在地:東京都品川区西五反田2-8-1 五反田ファーストビル 9F
  • 設立:2012年
  • 代表者:代表取締役CEO 佐々木 大輔
  • 売上高:68億9500万円(連結、2020年6月期)
  • 従業員数:481名(2020年6月現在)

 


分 析

自社らしいブランドコミュニケーション確立に必要なこと

 

ブランディングの目標は、ブランド価値の最大化である。その近道は、ビジネスの在り方そのものを、ブランドの目指す姿(中核概念)に適合させることだ。具体的には、社員一人一人が自分の職務において、ブランドの目指す姿を実現させていくことであり、そのために重要なのが、社内の浸透活動と言える。

 

ブランドを社内へ浸透させる際に大事なことは、社員教育がブランドの目指す姿に基づいているかどうかである。必要なのは「一般的なできる社員」を育てることではなく、「ブランドにふさわしい発想・考え方で業務を遂行できる社員」を育てることだ。

 

ブランド価値が高いグローバル企業は、あらゆるビジネス活動においてブランドの中核概念(目指す姿)に基づいたマネジメントを行っているという。ブランド“を”マネジメントするのではなく、ブランド“で”マネジメントするのである。

 

また、顧客をはじめとした社外のステークホルダーに対してブランドを的確に浸透させることも、ブランディングにとって重要である。

 

その際に大切なのは、「ワンボイス」で発信することだ。広告はもちろん、展示会やウェブ、営業の最前線のビジネス活動まで全てのタッチポイント(顧客との接点)において伝え方(バーバルアイデンティティー)と、見え方(ビジュアルアイデンティティー)を統一し、一貫した世界観でブランドの目指す姿を表現することで、初めて顧客は“らしさ”を感じることができる。

 

「自社らしさ」とは何なのか。インパクトだけを追い求めてブランドを犠牲にしている事例も少なくない中、今一度、原点に立ち戻って考え、自社らしいブランドコミュニケーションを確立していただきたい。

 

 

タナベ経営
マーケティングコンサルティング本部
副本部長
庄田 順一