「新たなプラットフォームでヘルスケアの未来を創り出す」をグループビジョンに掲げる塩野義製薬は、自社創薬の強みを生かすR&D(研究開発)とビジネスモデルの進化によって、「未来に続く成長軌道」へと歩みを進めている。
塩野義製薬 経営戦略本部 理事・経営企画部長 水川 貴史氏
トータルヘルスケアの担い手を目指して
JR大阪駅前の再開発エリア「うめきた」に誕生した新ランドマーク、都市型複合施設・グラングリーン大阪に2025年11月、本社を移転した大手製薬企業の塩野義製薬。タワービルのエントランスからは、グローバル本社の位置付けにふさわしい景色が広がる。
同社の2026年3月期決算は、売上収益と全ての利益項目で過去最高を更新。2030年度を最終年度とする中期経営計画である「SHIONOGI Transformation Strategy 2030(以降、STS2030)」を道標に、さらなる高みの新境地を目指す途上にあるが、グループビジョンと中期経営計画の策定には理由があった。
「医薬品はR&D(研究開発)から上市(新しい商品やサービスを市場に出して販売を始めること)まで10年以上かかります。多くの会社が採用している3~5年の中期経営計画では、ビジョンというよりも新薬パイプライン(製薬企業が研究開発を進めている新しい薬の候補物質)が決まった『見えている未来』になってしまいます。
また、当社は自社創薬比率が60%超と高く、他社を大きく上回ります。強みである低分子薬は参入障壁が高く、しかも他社販売分はパテント(特許)のロイヤルティーを得るため、営業利益も30%超と高収益です。ただ、年間2000億円規模のHIV薬のパテントが2030年頃に切れ、他社のジェネリック品で一気に売り上げが落ちる可能性があり、パテントクリフ※1を迎える危機感を抱いていました」
当時をそう振り返るのは、グループビジョン、STS2030策定を担った経営戦略本部で理事・経営企画部長の水川貴史氏だ。直面する経営課題の解決に向け、創薬型企業として成長を遂げてきた同社は、2014年3月に2020年のありたい姿を描いた7カ年の中期経営計画「Shionogi Growth Strategy 2020(SGS2020)」から大きく変革を遂げる長期ビジョン・戦略が必要であった。
では、その先に同社はどのような未来を描くべきか。アンメットニーズ※2に想像力を働かせる中で見えてきたのは、医療を取り巻く環境が世界的に大きく変化しているという現実だった。日本のような国民皆保険制度はむしろ少数派であり、海外では保険適用の医師処方だけでなく、患者や家族が自ら医療やヘルスケアを選択する場面も少なくない。さらに今後は、治療薬に加えて、予防を目的に製品やサービスが選ばれる機会も一段と増えていく可能性がある。こうした変化を踏まえ、同社はメディカル領域にとどまらず、QOLの向上まで支えるトータルヘルスケアの担い手となる未来像を描いた。
「薬だけでなく、その価値も分かりやすく届ける必要性や未病ニーズの広がりも見据えて、『HaaS(Healthcare as a Service)』※3という言葉を用いました。創薬を強化し、パテントを今後も利益の源泉としながら、業界構造が変わっても対応できるビジネスモデルへと変わり、パテントクリフが来ても揺らがない経営基盤を確立する。矛盾にも思える姿へトランスフォームすることに挑戦しようと定めたのがSTS2030(【図表】)です」(水川氏)
【図表】 塩野義製薬のグループビジョンとありたい姿
出所 : 塩野義製薬ホームページを基にタナベコンサルティング戦略総合研究所作成
結果的にHIV薬のパテントクリフの影響は部分的な軽減にとどめて乗り切り、むしろ新たなHIV薬の上市でさらなる成長軌道を描いた。また、新型コロナウイルス感染拡大後、わずか3年で経口治療薬の開発上市に成功。「トランスフォーメーションの具現化」を目指したフェーズ1は、売上高・利益・自社創薬比率の主要KPI(重要業績評価指標)を前倒しで達成し、目標を上方修正した「STS2030 Revision」へと再設計した。
「グローバルでもまだ成功例が少なかったコロナ治療薬の開発成功は大きな自信になりましたし、SHIONOGI Group Heritage(基本方針)である『SHIONOGIは、常に人々の健康を守るために必要な最もよい薬を提供する。』を実現し、社会課題を解決できました。STS2030 RevisionはSTSの方向性はそのままに、新たなトランスフォームによる成長ステージと位置付けるフェーズ2とフェーズ3で、増収増益の好業績が続いています」(水川氏)
※1 主力製品の特許期間が満了し、ジェネリックなどの安価な後発品が参入することで先発医薬品の売り上げが崖から落ちるように急激に減少する現象
※2 満たされていない顧客や社会の潜在的な欲求や課題
※3 Healthcare as a Service:医薬品にとどまらず顧客ニーズに応じた多様なヘルスケアサービスのトータル価値を提供する姿
価値を生む「エクセレントビジネスパーソン」
メガファーマが外部イノベーションの買収で成長を加速する中、塩野義製薬は異なる道を進む。ブレない「自社創薬へのこだわり」で、感染症とQOL疾患といった社会的影響度の高い2領域に注力する。
「M&Aを行う場合も、モノ(薬)を買うだけでなく、R&Dとビジネスモデルを強化するストーリーを成り立たせるところに違いがあります。感染症は、インフルエンザの流行など需要変動で廃棄リスクもある不安定なビジネスで、経営のボラティリティ(変動性)をなくしていく努力が必要です。多くの疾患薬やワクチン、備蓄薬なども含め、治療も、予防も、診断も、フルパッケージのヘルスケアソリューションモデルへと歩みを進めています」(水川氏)
長期ビジョンで進む道を明確に示し発信することは、産学連携やビジネスパートナーにもメリットがある。
「ビジョンに『プラットフォーム』という言葉を使ったのは、ステークホルダー、特にパートナーとの協業を見据えていました。新しい世界を開くには、外部連携が不可欠ですから。また、顧客にも分かりやすく伝えるために、社員の行動がビジョンと一致することも大事です」(水川氏)
推進力になる社員のトランスフォームと成長なくして、企業の変容は始まらない。ビジョンを共有するアプローチも丁寧に、工夫を重ねた。社長がトップメッセージを四半期ごとに発信し、タウンホールミーティングにも参加。各部門マネジメントが補完し、人事部もエンゲージメントサーベイのスコアを定期チェックし、経営層とのコミュニケーションを重ねている。
また、基本方針やビジョンに基づくSHIONOGI Group Values(ビジョン達成に不可欠な価値観)を策定。事業活動の中で倫理的かつ責任を持って行動するための規範「SHIONOGIグループ コード・オブ・コンダクト」も新たに定めた。
「規律重視の守るべきコンプライアンスで終わらず、ビジョンを実現する攻めの行動にひも付けていく。それが、当社が目指す理想の人材像『エクセレントビジネスパーソン』です。『専門性・人間性を休むことなく成長させ、個々の強みを生かし新たな価値を生み出す姿』と定義しました。
基本方針は最も大事な根幹で、絶対に変えないもの。一方で、DXやAIで働き方が変われば仕事内容や求める人材像も変わります。『どのような働き方をすべきか』から、人事部門と経営企画部門で見直しも進めています」(水川氏)
パーパスに基づく価値観や人材像、行動規範といった普遍的な基本方針が社内に浸透しているからこそ、時代の変化や新たなビジョンに応じて、在るべき姿を柔軟に進化させることができる。こうした考え方を具体的な行動につなげるため、同社はビジョンと連動した取り組みとして、各部門にブランディングアンバサダーを配置。「企業価値やブランド価値を高める行動とは何か」を、アウター・インナーブランディングの両面から部門ごとに考え、議論し、実践している。
R&Dとグローバル展開でさらなる変革
フェーズ3の成長戦略を具体化する大きな一手となったのが、2025年に相次いで実施したM&Aである。同年9月には、日本たばこ産業(以降、JT)の医薬事業を会社分割により承継するとともに、JTの連結子会社である鳥居薬品を完全子会社化。さらに12月には、筋萎縮性側索硬化症(ALS)治療薬のエダラボン事業を田辺ファーマから買収した。
「JTの医薬事業には、低分子創薬をはじめとする高い研究開発力がありました。加えて、皮膚・アレルギー領域を中心に優れた販売力を有する鳥居薬品を取り込むことで、研究開発および販売のケイパビリティと新たな疾患領域を一体で強化できる点に大きな意義がありました。エダラボン事業の買収については、ALSというアンメットメディカルニーズの高い領域で実績を持つ製品であり、米国事業基盤や希少疾患領域の知見を獲得できる点も魅力でした。
R&Dの進化やグローバル展開の強化は、長期ビジョンの中核をなす変革テーマです。M&Aは、その実現を加速する有力な選択肢の一つだと捉えています。変化を迫られる局面にあるからこそ、トランスフォームを前に進める好機にもなり得るのです」(水川氏)
ビジョンの想定を上回る成果と好循環が生まれる背景の一つに、STS2030 Revisionで積極的に推進するデータドリブン経営がある。トランスフォームを起こすために、全社横断のデータ活用基盤CDM(Central Data Management)を整備。組織・社員のデータリテラシーが飛躍的に向上し、経済産業省「DX銘柄2026」にも選定されている。
「データドリブン経営に全ての未来を見通す力はありませんが、議論する機会は増えました。研究開発とマーケティングが別々に考えていたことを、いまは経営企画も加わってともに、世界はどう変わって、どのような疾患が流行するのかを日々考え、経営層とも対話機会を設けています。
現在は、STS2030 Revisionの次を見据え、2040年に向けた新たなビジョンの検討も始めています。現経営陣の世代交代を視野に、若手世代の部長クラスを中心に、『次世代経営層』と『発想力や推進力のある人材』の両方の要素を持つメンバーを選び、1年をかけて議論を重ねてきました。その結果、方向性の骨子がまとまりつつあります。テーマは、製造やR&Dの進化、グローバル販売体制の強化、さらにパテントに過度に依存しないワクチン開発などで、現在は経営会議や取締役会レベルで検討を進めています。
さらに、30歳代の次世代マネージャーを集めて、『社員に響く言葉とは何か』を考える集中的なミーティングも開催しました。ビジョン実現に向けたトランスフォームの旗振り役を担ってもらうことが狙いです」(水川氏)
こうした若手社員との議論やコミュニケーションを重ねる中で、水川氏には印象的だったことがある。「何が一番ワクワクするか」と尋ねると、「社会課題の解決」と答える社員が多かったという。パーパスと社員一人一人のワクワクが共鳴する中、「2040年の世界」への議論は続いていく。その先にあるのは、「策定して終わり」ではない、社員とともに育ち続けるビジョンと、その実現によって切り開かれる未来だ。
塩野義製薬(株)
- 所在地 : 大阪市北区大深町5-54 グラングリーン大阪南館パークタワー
- 創業 : 1878年
- 代表者 : 代表取締役会長兼社長 CEO 手代木 功
- 売上収益 : 4996億7700万円(連結、2026年3月期)
- 従業員数 : 6223名(連結、2026年3月現在)