“おいしさ”で存在感を築いてきた森永乳業グループは、10年ビジョンの下、「食のおいしさ・楽しさ」と「健康・栄養」の両立、グローバル展開、社会価値創出を掲げ、中期経営計画とサステナビリティ中長期計画を通じてその実装を進めている。
森永乳業 取締役 常務執行役員 コーポレート戦略本部長 久野 浩子氏
「健康」から「ウェルビーイング」へ価値を広げる
森永乳業グループが10年ビジョンで目指すのは、単なる食品メーカーとしての成長ではない。「食のおいしさ・楽しさ」と「健康・栄養」を両立しながら、世界で独自の存在感を発揮し、サステナブルな社会の実現に貢献し続ける企業像である。
その土台にあるのは、乳で培ってきた技術、ビフィズス菌やラクトフェリンといった独自素材、そして研究開発力だ。ヨーグルト、アイス、菌体、育児用ミルクといった事業群にこれらの強みを展開し、生活者の健康で幸せな生活に貢献し、成長につなげていく構想である。
取締役常務執行役員コーポレート戦略本部長の久野浩子氏は、10年ビジョン策定の狙いについて、従来の中期経営計画だけでは示し切れなかった、より長い時間軸の方向性を示す必要があったと振り返る。
「中計では補い切れない部分を、より長い目線で、世の中のことを考えながら、当社や当社の事業がどうあるべきか、その方向性を示していこうというのが狙いでした」(久野氏)
同社にとって10年ビジョンは、中計より先の時間軸で「どこに向かうか」を示すものだ。しかも、「2029年3月期は到達点ではなく通過点」であり、その先も独自性の高い企業であり続けることを見据えている。
森永乳業が見据える外部環境は変化している。生活者が食品に求める価値は、「栄養」や「予防」だけでなく、楽しさ、自分らしい生活、社会とのつながりまでを含めた「ウェルビーイング」へと広がっている。
こうした変化に対し、同社は「健康」をより広い価値概念へと捉え直している。食べることが持つ情緒性や、人と人とのつながりにまで視野を広げている点が特徴だ。
「食べることに対する情緒性、例えば家族で同じものを食べて『おいしかったね』という気持ちをシェアするとか、そういったことまで含めて、より幅広い意味で今言われているウェルビーイングに食がつながっています」(久野氏)
この認識を受け、森永乳業はサステナビリティ中長期計画2030の中で、「食と健康」を「食とウェルビーイング」へ拡張した。重要なのは、概念を広げるだけでなく、社会に必要なことと自社の強みが重なる領域に資源を配分している点だ。2023年には「ウェルビーイングステートメント」も策定した。
顧客への価値提供が社員のやりがいや幸せにもつながる好循環を言語化したものである。社員のウェルビーイングを、顧客や社会への価値提供につながる経営課題として捉えている点も、同社の特徴といえる。
10年ビジョンを中計とサステナビリティ計画で実装する
森永乳業の特徴は、10年ビジョンを理念にとどめず、中計とサステナビリティ中長期計画2030に接続している点にある。
10年ビジョンが長期の方向性を示し、中計が事業戦略・資源配分・組織改革を具体化し、サステナビリティ計画が社会価値を明確にする。現行の中計2025-28では、「成長戦略」「構造改革」「組織風土改革」を掲げ、売上高や営業利益に加えて資本効率も重視する。
一方で、これら3つの計画は当初から一体で設計されていたわけではない。10年ビジョン策定後、社会要請の高まりを受けて2021年にサステナビリティ本部を新設し、同計画を整備した。現在は、次の長期ビジョンに向けて、計画同士のつながりをより明確にする議論が進められている。
久野氏も、長期ビジョンとサステナビリティ計画は、もう少し一体的に設計されていても良かった、と振り返る。その上で、次の長期ビジョンでは、計画同士のつながりをより明確にし、統合的な設計にしていく方向で議論を進めているという。
【図表】 森永乳業グループ10年ビジョンの全体像
出所 :森永乳業「統合報告書2025」よりタナベコンサルティング戦略総合研究所作成
4つの成長領域にメリハリをつけて投資
現行の中計で象徴的に掲げられているのが「Merihari(メリハリ)」という考え方だ。ヨーグルト、アイス、菌体、海外育児用ミルクの4領域を成長分野と位置付け、経営資源を重点配分することで、独自性と収益性の両立を図っている。
ここでいう「メリハリ」は、単なる縮小均衡やコスト削減ではない。商品カテゴリーごとの役割を見極めながら資源配分や体制を組み替え、収益の柱となる商品やブランドを育てるための重点投資である。
背景には、人口減少や市場成熟が進む国内環境でも、顧客に良い商品を届け続けるには、成長分野を明確にし、そこへ資源を寄せる必要があるとの判断がある。
ヨーグルト領域では、「ビヒダス」や「パルテノ」が象徴的な存在である。健康価値を備えながら、同時に“おいしいから選ばれる”商品であることに、森永乳業らしさが表れている。「体に良いのも分かっているけれど、やっぱりおいしいから食べている、と言っていただくことが多いです」(久野氏)
アイス領域では、「ピノ」「PARM」「MOW」といった強いブランド資産を持つ。単に数量を追うのではなく、食シーンや楽しさまで含めた価値で差別化を図る戦略だ。
菌体事業では、長年にわたるビフィズス菌研究の蓄積に加え、酸素に弱い菌を生きたまま届ける製品化技術が強みとなる。研究成果を素材としても商品としても展開できる点は、同社ならではの競争優位といえる。
さらに海外育児用ミルクでは、少子化が進む国内に対し、アジア市場での展開を強化している。パキスタン、インドネシア、ベトナム、マレーシアなどで事業を広げ、国内で培った強みを海外での成長へつなげていく考えだ。
サステナビリティを“別建て”にしない経営
森永乳業のサステナビリティ経営で印象的なのは、環境対応をコストではなく、事業価値や収益性と両立するものとして捉えている点である。
象徴例が、「ビヒダスヨーグルト」プレーンタイプの容器縮小だ。400gの内容量はそのままに容器を小型化し、プラスチック使用量を削減した。設備対応や強度検証などの課題はあったが、結果として資源使用量の削減だけでなく、コスト面でも効果があった。
「私たちがきちんと収益を上げることと、環境問題というのは、必ずしも利害が相反するものではなく、両立できることを一番実感した事例だったと思います」(久野氏)
実際、生活者からは「冷蔵庫に入れやすくなった」という声も寄せられたという。環境対策、収益性、顧客利便性の3つが同時に成立した好例といえる。
同社では、気候変動、水資源、プラスチック、人権、ウェルビーイング、酪農などのテーマごとに部会を設けている。酪農まで対象に含めるのは、原材料調達の基盤であると同時に、GHG(温室効果ガス)排出や担い手不足、生物多様性とも関わるためだ。サステナビリティを事業の外側ではなく、事業そのものの持続可能性と結び付けて捉えている。
実行を支えるのは人と組織の再設計
長期ビジョンを前に進める上で、同社が重視しているのは人と組織である。
サステナビリティ推進では、経営判断を担う委員会と、具体策を進める推進会議を分け、各事業所の推進リーダーによるワークショップも行いながら、自分たちの仕事がどうウェルビーイングにつながるのかを考える場も設けている。
人的資本の面では、海外事業や法務・知財などでキャリア採用を強化し、外部人材の視点も取り込む。国内中心で築いてきた組織のままでは、海外展開や事業構造の変化に対応し切れないからだ。
女性活躍や働き方の多様化についても、男性育休の促進やマネジメント理解の醸成を含め、組織全体の変化として捉えている。
背景にあるのは、戦略を実行するのは最終的に人と組織という認識だ。成長戦略もサステナビリティも、制度や方針だけでは進まない。現場まで浸透し、挑戦できる風土として根づくかどうかが問われている。
森永乳業の10年ビジョンは、完成された成功物語ではなく、今も接続と更新を続けるプロセスと言える。長期ビジョン、中計、サステナビリティ計画を走らせながら、次の長期ビジョンではさらに統合度を高めていく。その姿勢に、同社の現在地が表れている。
組織変革も、サステナビリティの浸透も、事業ポートフォリオの転換も一足飛びには進まない。
だからこそ、久野氏は「10年、諦めないことが大事なのではないかと思います」と語る。
方向性を定め、資源を配分し、人と組織を整え、社会価値との接点を磨きながら走り続ける。その積み重ねによって、初めて長期ビジョンは絵に描いた餅ではなくなる。
森永乳業が目指しているのは、「おいしい食品を届ける企業」からさらに一歩進み、食を通じてウェルビーイングに貢献し、独自性・高収益・社会価値を両立させる企業である。
理念、事業戦略、サステナビリティ、人的資本、そして横断的な経営課題。これらを一つの価値創造ストーリーとして結び付けている点に、森永乳業の実行力がある。
「ビヒダス ヨーグルト」シリーズでは、内容量をそのままに、省サイズ化パッケージに変更。冷蔵庫での省スペース化などで顧客利便性を向上させつつ、プラスチック使用量削減、収益性向上も実現している
森永乳業(株)
- 所在地:東京都港区東新橋1-5-2
- 創業:1917年
- 代表者:代表取締役社長 CEO 大貫 陽一
- 売上高:5714億5800万円(連結、2026年3月期)
- 従業員数:7345名(連結、2026年3月現在)