現経営陣と次世代の間には「違い」が生まれやすい。
日本絨氈は、その違いを埋める共通の物差しとしてビジョン2034を策定。
ビジョンが組織に挑戦の文化を根付かせ、新規事業を次々と動かし始めている。
日本絨氈 取締役 専務執行役員 製造ソリューション本部長 本社工場長 兼 滋賀工場長 総務部長 池﨑 彰吾 氏(左)、
代表取締役 社長執行役員 営業物流ソリューション本部 統括 兼 CIO 池﨑 雄太 氏(右)
世代交代を機に進むべき道に的を絞る
きらめく工場夜景が美しい大阪湾岸に本社工場を構え、創業150年余りの伝統がある日本絨氈。「ニッタン」の愛称で知られる同社は、椅子の張地や自動車の天井生地などを手掛ける製織業として事業をスタートし、1980年代以降はオフィスやホテル向け高級織カーペットのOEMメーカーとして拡大してきた。国会議事堂や高級ホテルを彩るタイルカーペットで国内2位、スポーツ用人工芝は国内トップシェアを誇る。
成長のけん引役となった先代・池﨑博之氏(現・代表取締役会長)から事業承継し、池﨑雄太氏が代表取締役社長執行役員に就任したのは2024年2月のことだ。工場長や総務部長を務める取締役専務執行役員で、雄太氏の弟である池﨑彰吾氏と共に、30歳代のツートップによる新体制が始動。先立って2023年、次世代の自社像を見据えた長期ビジョン策定がキックオフした。
「きっかけは、最新鋭の滋賀工場の開設です。お客さまの期待に応え続けるため、新商材の開発などに取り組めるよう、先代が思い切った投資を決断しました。これが、この先どんな会社になりたいかを考える転機になりました」
雄太氏の声にうなずきながら、彰吾氏も当時を振り返る。
「単年度の計画目標が、社員全員の『当たり前』でした。OEMメーカーとして長期ビジョンを掲げても、主体となるお客さまと方向性が異なれば無駄になるだけ……と」
役員会の見方も否定的だった。「情勢は突然変わる。10年も先のことを考えても、計画の修正を繰り返すだけで意味がない」との理由で、同社は一度、ビジョン策定を見送っている。それでも、いよいよ世代交代が目前に迫った時、雄太氏と彰吾氏はビジョンの必要性を再度役員会に訴えた。
「お客さまに付いて行くだけでなく、自分たちの手で10年後のニッタンの未来を描き、実現していきましょうとTCG(タナベコンサルティンググループ)からアドバイスを受け、長期ビジョンをつくろうと決意しました。さまざまな方向性があるからこそ、次世代を担う自分たちが進むべき道を掲げることで的を絞れるのではないかと」(雄太氏)。そうして役員会からは、承認だけでなくバックアップも取り付けた。
持続的な経営に事業承継や世代交代は不可欠だが、現経営陣と次世代の間には「違い」が生まれやすい。それは二律背反のピンチではなく、今とこれからをつなぐ「未来志向の共通の物差し」をつくるチャンスになる。
日本絨氈では、新たに長期ビジョン構築・推進プロジェクトを立ち上げ、社長・専務と同世代の各事業部門メンバーを全社横断的に選出。企業理念「幸せを敷き詰めよう!」を基軸に、ビジョン2034「ともにライフスタイルを支えるファーストコールカンパニー」を策定した。(【図表】)
【図表】 日本絨氈 長期ビジョン2034
出所 : 日本絨氈「ニッタン Vision Book」よりタナベコンサルティング戦略総合研究所作成
「カーペット主体の今ある姿から派生する分野として、まずはライフスタイルに絞る。そして、生活空間に関わるシーンで困ったとき、すぐニッタンの名前が思い浮かぶように。これからの10年の方針を定めました」(彰吾氏)
新規事業10億円へ
挑戦の場を創り続ける
ビジョン2034は、既存事業の強化と新規事業の創出を両輪に据え、特に新規事業は10億円の数値目標も掲げている。10年間を3つのステージに分け、最初の指標として、ビジネスモデル、コーポレート、ファイナンスをテーマに3カ年の中期経営計画(~2027年)を立てた。
ビジネスモデルは、5つのセグメント戦略で個別プロジェクトを推進。コーポレートは、事業変革に見合う未来に向けた組織体制づくりとして、新規事業部を社長直轄部門、スマート工場推進課を製造部直轄部門として独立させ、情報戦略部も新設した。
ファイナンスは、売上高と営業利益に加え、初めて経常利益の計画目標を予算化。社員の目を部門や製品ごとの利益率だけでなく、会社全体の総合力に向け、その達成プロセスも見える化する狙いだ。
「ニッタンがファーストコールになるために、10年後に向けてスタートしていきたいことと、その実行手順を、中期経営計画に明文化しています。
既存事業は、OEMメーカーとしてこれまで以上に、お客さまに安心して任せてもらえるように、ブラッシュアップを。新規事業は、既存ビジネスと競合しない隙間市場を探していく難しさがあり、商品の市場価値を下げない工夫も必要です」(雄太氏)
新規事業は住宅設備・EC・海外・産業資材など、セグメント別にプロジェクトで挑戦。初めてアプローチしたキッチン市場は、安価な既存キッチンマットとの価格差を埋められず断念したが、自社にできることや成長可能性を見極めるために段階を踏んでいくことも、ビジョン2034の想定内だ。
「売り上げを増やすことは目的ですが、それは結果論。重視するのは、チャレンジし続けるシチュエーションを、絶えずつくり出していくことです。長い間、OEMがメインだったので、組織も社員も主体的に行動することに慣れていません。商品もお客さまも、自由に新しい何かを作るのが、新規事業部です」(雄太氏)
今後が楽しみな事業も生まれようとしている。EC事業は2025年、自社オンラインショップを、家庭向けにインテリアを楽しむプロモーションブランド「joiterior(ジョイテリア)※」としてリニューアル。BtoBのオフィス・ホテル向けに比べ、家庭向け市場は小規模だが、フローリング住宅の増加で需要が伸展。joiteriorブランドが、BtoCにおけるファーストコールの実現につながれば、と彰吾氏は期待を寄せる。
「ECは伸ばしていきたいし、伸ばせる領域です。従来は担当者が他業務と兼任しており、専任を置けば伸びると誰もが思っていたのに行動に移しませんでした。しかし、ビジョンを策定し、方針を明確化したことで、専任者として新たに2人、経験者の採用に踏み切れました。今後は、商品構成を自社製品に限らず、他社仕入れやカーペット以外の取り扱いも始める予定です。
長期ビジョンを掲げるまで、より良くできるアイデアは、社員の頭の中にあるだけでしたが、これまでのニッタンの既成概念を超えて動き出せるようになっています」(彰吾氏)
※ Join(つなぐ)、Joy(楽しむ)とInterior(インテリア)を組み合わせた造語。インテリア空間コーディネートを楽しむ喜びを届ける自社ブランド
ビジョンを「自分事」に浸透と連動の仕組み
ビジョン2034に基づくプロジェクト推進は3年目を迎え、さらに多様な姿で現在進行中だ。国内トップシェアのスポーツ用人工芝で培ったノウハウを生かし、学校のグラウンドや、幼稚園・保育園の室内向け製品を開発。安全で健やかな成長をサポートする環境づくりをターゲットに、新市場を開拓している。家庭向けの人工芝ホームタイル「shiba-cocochi」も新たに開発した。
10カ国超に輸出実績がある海外市場にも、さらなる成長のチャンスがある。国内は50cm角の正方形タイルカーペットがスタンダードだが、世界的には長方形や六角形など、各メーカーが独自色を出してしのぎを削っている。
「長方形のタイルカーペットを量産できる技術も私たちの強み。長方形はデザイン性が広がるメリットがあるので、国内外を問わず積極的にアピールしています」(雄太氏)
同社の長期ビジョン実現に向けたアクションが、単発で終わらないのには理由がある。一つは、たゆみないビジョン浸透策だ。全社員に配布する経営計画書に、ビジョン2034の内容を新たに盛り込み、雄太社長が自らの言葉で解説。社内PR用ポスターも掲示し、ビジョン推進プロジェクトのメンバーは四半期ごとに進捗報告会を開催している。新規事業部メンバーも毎月、新規事業部の推進報告や展示会などの活動を分かりやすく「ワクワクレポート」として配信。ビジョンに基づくプロジェクトや新規事業が、社員みんなにとって「自分事」になる努力を続けている。
もう一つ、プロジェクトと新規事業部が密に連動する関係性にも独自の工夫を凝らしている。「組織的には新規事業部メンバーがプロジェクトのヘッドを務めますが、製造など各部門選抜のメンバーも営業提案の面談や展示会の出展に参加し、サポートします。全社的な人材育成の面でも良い経験になって、既存事業の展開でも視野が広がっています」(彰吾氏)
雄太氏も「新商品の開発は、製造部をはじめ各部門の力を借りずに形にはできません。プロジェクトと新規事業部が一緒に創り出すことで、全社的にやらされ感がなくなり、特に新規事業部が最も能動的に動けるようになりました」と実感を口にする。
長期ビジョンを策定する意義と、実効あるものにしていく要諦を、最後に教えてもらった。
「2034年に向けて行動を起こし、進捗確認もすることで、新しい挑戦に失敗してもシュリンクして終わることなく、次は何ができるか、と考える。次の一歩へ進む指標にもなるのが長期ビジョンです」(彰吾氏)
「掲げるだけで終わらせたくなかったですし、確かな判断基準を作ることができました。新規事業で何をするのか、ビジョンに当てはまることは迷わずスタートできます。『ファーストコールカンパニー』が社内の共通言語になって、何をどうしていくのかが考えやすく、社員への説明もしやすくなりました。
売り上げに結び付くのはこれからですが、少なくともさまざまなチャレンジをして、失敗もできることが大事。10年後が楽しみです」(雄太氏)
いつも次なる挑戦のスタートラインに立つことを気付かせてくれる長期ビジョンは、「ニッタン」の名と企業価値を高め、事業や人材の成長を促す、よりどころとなっている。
スポーツ用人工芝と家庭用タイルカーペットで蓄積した技術・ノウハウを組み合わせて最適化した、人工芝ホームタイル「shiba-cocochi」(シバココチ)。自然な風合いで室内インテリアの快適な緑化を再現している
日本絨氈(株)
- 所在地 : 大阪府堺市西区築港浜寺西町8-12
- 創業 : 1874年
- 代表者 : 代表取締役 社長執行役員 池﨑 雄太
- 売上高 : 128億円(2025年11月期)
- 従業員数 : 177名(2026年8月現在)