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100年経営対談

100年経営対談 2024.06.03

企業家のリーダーシップが社会や世界を変えていく

京都先端科学大学 国際学術研究院 教授 一橋ビジネススクール 国際企業戦略専攻 客員教授 名和 高司氏

 

世界の分断が鮮明になり不確実性が高まる中、長期的な視点からサステナビリティ経営を目指す動きが広がっている。成長のヒントとなるのが、志や(たくみ)の技に代表される日本的経営だ。この経営を今の時代に合わせていかにアップデートし、企業を再活性化させるか。著書『パーパス経営』で注目を集める京都先端科学大学国際学術研究院教授の名和高司氏に、新たな時代に求められる経営モデルについて聞いた。

 

 


中堅・中小企業こそパーパスを改革の原動力に

 

若松 タナベコンサルティンググループ(以降、TCG)は、創業65周年を迎えた2022年にパーパス&バリューを策定しました。名和先生との前回の対談時(『TCG REVIEW』2022年6月号)から取り組んでいたので、その時のお話や著書を参考にさせていただきました。ようやく名和先生にもご紹介することができました。重ねてお礼を申し上げます。

 

コロナ禍が明け、世界を往来できるようになったグローバル活動の復活とともに、経営理念を見つめ直す動きが広がってきました。ただ、一周回ってパーパスがきれい事的、言葉遊び的になっている事例も見受けられ、非常に残念な気持ちもあります。

 

名和 同感です。私はそれを「額縁パーパス」と呼んでいます。自分たちがなりたいと思う姿と現状の姿にはギャップがあるもの。そのギャップをそのまま放置しては、きれい事で終わってしまいます。逆に、ギャップを改革のエネルギーとして現状を変えることもできるのです。今はその分岐点にあると思います。

 

その際に大事なことは、未来を想像するのと同時に今の自分を直視できるかどうかです。まずは、“イケていない自分”を直視する。その上で、「こうなったら良いな」と思う姿に向かってどのように一歩ずつ道を歩んでいくかという思いが出てきたら、しめたものです。お飾りのパーパスではなく、改革のエネルギーを生む最初のきっかけにするぐらいの心意気で取り組むと、経営者はもとより、社員にもポジティブな勢いが生まれると思います。

 

若松 私自身も社長として今回のパーパス活動に取り組む中で、現在のTCGの本業である「経営コンサルティングバリューチェーン」のコンセプトを再発見し、改革のエネルギーを生み出すきっかけになりました。

 

名和 変わろうと思ったときの人間のパワーはとても強い。その心のエネルギーにパーパスが実装されると全く違う展開になります。TCGは「その決断を、愛で支える、世界を変える。」というパーパスを策定されましたが、この「愛」という言葉はクライアントにとって大きなエネルギー源になると思います。

 

 


不確実な時代に必要な3P

 

若松 「愛」は、今回のパーパス&バリューにおいて軸になるキーワードです。パーパス経営のポイントとして、名和先生は3P「Purpose(パーパス)×Passion(パッション)×Potential(ポテンシャル)」を挙げています。

 

名和 私が尊敬する経営者の一人、京セラ創業者である稲盛和夫先生の「大義×情熱×能力」は、稲盛流成功方程式として有名です。特に好きな部分は、能力を「未来進行形の能力」と捉えている点です。能力を5倍、10倍にするのは大義と熱意だと言われましたが、これも心の話にたどり着きます。

 

コンサルティングの現場では「Will(ウィル、熱意)/ Skill(スキル、技術)」と言いますが、これもウィルが先でスキルは後。ウィルがあれば従属関係にあるスキルを伸ばせます。

 

私の提唱する3Pは、パーパスを大義ではなく「大志」としています。義務ではなく、自分の中からワクワクするものでなければなりません。パッションは「情熱」、ポテンシャルは潜在能力が出てくる意味を込めて「能力」を当てています。先の見えない今のような時代において、この3Pがますます大事になるでしょう。誰かが与えてくれるのを待つのではなく、自分たちでつくっていくという気概で手を挙げていく方が、今の時代に合っていると思います。

 

若松 「大志×情熱×能力」ですね、非常に共感します。そのためにも、パーパスを社員がいかに「自分事化」するかが鍵になります。当社の経験を振り返ると、パーパス&バリュー策定の過程が非常に重要だと感じました。過去から続いている現在があって、その延長線上の未来に向かってパーパスを掲げることが大事だと私は考えていたので、全社員が集まって経営理念や創業者の志についてとことん掘り下げてから、未来にどうつなげるかを考え抜いてパーパス&バリューをつくりました。

 

名和 全員を巻き込んで策定した事例は初めて聞きました。プロセスは非常に重要です。ほとんどのケースは、社内から機能や世代ごとの代表を集めてプロジェクトチームをつくっていきます。経営のプロフェッショナル集団だからこそ可能だったと思います。

 

特にパーパスにある「愛」は、タナベコンサルティングらしい言葉ですね。プロとして、「愛でささえる」というフレーズはとても共感できますし、覚悟を感じます。コンサルタントは経営者を支える役割であり、主人公ではありませんが、思いを託して世界を変えていくことができる。そういった気持ちを込められたのだろうと推察します。

 

若松 おっしゃる通りです。経営者の仕事は決断であり、リーダーの決断が会社はもちろん、社会や世界を変えることができると信じています。

 

 


サステナブルな成長をもたらす「新SDGs」

 

若松 パーパス経営では、足元の課題に対応しつつも、長期的視点に立って自社のなりたい姿を導くことが大事。その際、すでに経営において欠かせないテーマとして「サステナビリティ」を念頭に置く必要があります。

 

名和 サステナビリティが時代を超えたキーワードであることは言うまでもありませんが、これから押さえるべきテーマとして私は「新SDGs」を提案しています。

 

今語られているSDGsは2030年を目標達成年としており、残すところ6年。17のゴール実現に向けたラストスパートの段階を迎えています。ただ、一方で2030年以降も世界は続きますから、私たちは新たに18番目のゴールを設定しなければなりません。

 

現在取り組んでいる17のゴールが「規定演技」だったとすれば、それを超える18番目は「自由演技」だと私は考えています。外部から与えられた目標ではなく、自分たちがどのような世界をつくりたいか。それを18番目のゴールに置くことが、サステナビリティを自分事化するということだと思います。

 

新SDGsのSはSustainability。自由演技のサステナビリティを指します。DはDigital(DX)。利益をしっかりと生み出していくには、DXによって生産性や創造性を一桁上げていく必要があります。特にこの1年で生成AIが急激に進化しており、使わない手はないと思います。加えて、GはGlobals。紛争などによって世界が分断されている中、今必要なのは再び橋を架け直すReconnect(再びつなぎ合わせる)の発想です。そうした思いを込めて複数形のGsとしています。(【図表】)

 


【図表】 次世代の経営モデル「新SDGs」

出所 : 『パーパス経営 30年先の視点から現在を捉える』(東洋経済新報社)よりタナベコンサルティング戦略総合研究所作成

 

若松 「自社らしさ」を実現できる自由演技のサステナビリティとは何かを考え、DXでスケールアップしながら世界を変えていく。それができれば、日本企業はもっと世界に向けて貢献価値を発揮できるはずです。

 

 


内発的イノベーションで心に革命を起こせ

 

若松 名和先生は経済学者のヨーゼフ・シュンペーターを研究されています。その研究の中で、「シュンペーターの言うイノベーションとは、内発的イノベーションである」という言葉に非常に共感しました。「内側から変わりたい」という思いが湧き出てくること(テーマ)が真のイノベーションになる、という意味と考察しました。

 

また、TCG創業者の田辺昇一が、「心に革命を起こせ」という言葉と著書を残していることを思い出しました。実は、TCGのパーパス&バリューの一文に、「クリエイティブなリーダーシップ」というバリューがあります。まさに、それが結び付きました。

 

名和 「心に革命を起こせ」、まさにその通りですね。シュンペーターは経済学で初めてイノベーションという言葉を使いました。通常、Innovationは「革新」と訳されますが、innovateはin(~の中に)とnovo(ラテン語で「新しくする」)が語源であり、内側から新しくしていくという意味が含まれています。パーパスもそうですが、イノベーションも内側にある志や思いが原動力にならないといけません。

 

若松 日本企業はイノベーションが起こりにくいと言われています。

 

名和 イノベーションというと「0→1」の発明と思われがちですが、いかにスケールするかが大事だとシュンペーターは言っています。日本のノーベル賞獲得数はアジアでナンバーワンであり発明は得意。しかし、残念ながらその発明を「1→10」(事業化)や「10→100」(市場創造)にするのは中国やシリコンバレーの企業です。市場創造までは難しいと思いますが、発明をマネタイズする事業化の部分はもう少し頑張ってもらいたいですね。