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【研究リポート】

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研究リポート2023.11.16

人事制度改革から、会社と従業員のイコール・パートナーシップを目指す:カゴメ

FCC(100年先も顧客から真っ先に声をかけられる会社)実現を支援する、経営者のための戦略プラットフォーム「トップマネジメントカンファレンス」(タナベコンサルティング主催、全6回)の第4回(2023年10月開催、「サプライチェーンと収益モデル」)では、困難が伴う中、着実に成果へと結び付ける人事制度改革について、カゴメの常務執行役員である有沢正人氏に講演いただいた。

 

カゴメ 常務執行役員 兼 カゴメアクシス 代表取締役社長(元CHO(最高人事責任者))
有沢 正人(ありさわ まさと)氏
協和銀行(現りそな銀行)にてMBAを取得後、主に人事・経営企画に携わる。その後HOYA株式会社に入社、人事担当ディレクターとして全世界のHOYAグループの人事を統括し、全世界共通の職務等級制度や評価制度の導入を行った。2008年にAIU保険会社に人事担当執行役員として入社。ニューヨークの本社とともに日本独自のジョブグレーディング制度や評価体系を構築。2012年1月にカゴメ株式会社に特別顧問として入社。同社の人事面でのグローバル化の統括責任者となり、全世界共通の人事制度の構築を行っている。2019年にCHRO(最高人事責任者)、常務執行役員就任。2023年より現職。

 

新たなる「挑戦」を促すために

「自然を、おいしく、楽しく。」この印象的なブランド・ステートメントを掲げるカゴメは、調味料や飲料でよく知られた大手の総合食品メーカーである。1899年の創業から120年以上の歴史を持つ同社は、企業が持続的な成長を成し遂げるための手法として注目を集めている「人的資本」を軸にした経営の取り組みを進めていることでも知られる。

この困難な目標の実現に中心となって取り組んでいるのが、カゴメの常務執行役員兼カゴメアクシス株式会社代表取締役社長である有沢正人氏だ。協和銀行(現りそな銀行)からHOYAやAIU保険を経て、2012年1月にカゴメに入社。グローバル展開を進めているカゴメにおいて、全世界における最高人事責任者でもある。

「私が(カゴメに)入った時は課題だらけでした。それだけに結構ドラスティックなことをやってきました、社長と心中する覚悟で」と話す有沢氏の言葉から、相当の荒療治が必要であったことが伺える。

当時のミッションは、2、3%であったグローバルの売上比率を25%にまで引き上げてほしいというもの。そのため、まずは人事制度から直してほしいというリクエストであった。しかし、人事制度改革は打ち出の小槌ではあり得ず、逆方向に作用することも決して珍しくはない。成功には何が必要か、有沢氏が打ち出したのは、改革に必要となる自発的な「挑戦」を促すことであった。自ら積極的なチャレンジができる風土は、経営の最重要課題とも言える人材の育成、ひいては従業員の市場価値向上にもつながる。

それを構築するには「心理的安全性」の確保が不可欠だ。経営層、従業員問わず自らの意思でチャレンジできる環境をつくり上げるために、いかにしてこの心理的安全性を確保したのであろうか。

 

 

人事制度改革は「まず隗より始めよ」、トップの変化が全体を変える

「経営戦略に人的資本経営やジョブ型の人事制度が不可欠である」という風潮に対し有沢氏は「まったくそのようなことはありません」と話す。それぞれの企業にとって大切なものは異なるため、組織改革の方法論は企業の数だけ存在する。では、カゴメにおいては何が必要だったのか。

有沢氏は、銀行員時代の経験に基づき「ダイバーシティー」の確保が急務であると考えていた。1980年代には13行あった都市銀行も、当時の形のまま残っているのは現在1行もない。護送船団方式と呼ばれた金融政策により、過剰なまでに同質性を求められていた銀行は、時代の変化に適応できなかったのである。
このように、同質性あるいは同一性は企業を滅ぼす危険極まりないものであり、異なる価値観が共存する多様性を確保することが重要であること、それが結果的に従業員のエンゲージメントを高めるという考えのもと、有沢氏は人事制度の改革に着手した。
重視したのは改革の順番である。当時は16人いた執行役員の報酬・賞与が全員同じ金額だったため、まず社長・副社長を筆頭とした役員を対象に、ジョブ型人事制度の導入を取締役会にて諮った。当時の社長は自身を含めた経営三役がジョブ型人事制度の導入に完全に納得しており、これを否決するならただちに経営三役の代表権を剥奪するとともに、株主総会を待たずにこの3名を解任してほしいと告げたという。
「その時、カゴメは変わると思いました。トップが変わる瞬間ってあるんです。役員が組織をその気にさせることが大事なのです」(有沢氏)
人事制度は組織の上流から変えていくべきで、従業員から変えていこうとした場合は「まず間違いなく失敗する」と話す有沢氏の言葉は、苦い経験から紡ぎ出されたものと言えよう。カゴメではその後、ジョブ型人事制度を部長、課長の順に導入した。
従業員については、人事制度改革が実施された。評価基準を明確化・公開することで、社員はキャリアイメージを描きやすくなった。それに伴い、形骸化しつつあった「ポイント制」を軸とした評価制度も大幅な改革に向けて動き出していった。
結果として、この改革は社員のやる気を大いに引き出すことになった。トップが変わり、上層部もまた変わることで、変革は会社全体への拡大を遂げたのである。

 

 

資源から資本に、人材の考え方を変革しエンゲージメントを向上させる

従来、企業において人材は「資源」として見られてきた。その考え方は決して間違いではないが、カゴメでは「資源」から「資本」として見るという価値観の大転換を図った。「ある種の言葉遊びに過ぎない」と思えるかも知れないが人材にかかる費用をコストとして見るか、投資として見るかの違いは大きい。
また、企業が抱える構造的な問題として、組織が大きくなれば部門には権益が発生し人材の囲い込みが起きやすくなる。しかし、人材の抱え込みは有為な人材を逃がしてしまうリスクをはらむ。選び選ばれる関係性、「この会社に入りたい!」と思う人を増やすことが重要なのだと有沢氏は言う。
「個人が自分のキャリアを自分で作る世の中を当たり前のものにしよう、カゴメをそういう風にしよう。そう思って取り組んでいます」(有沢氏)
同社における、特徴的な人事制度の1つに「社員が希望する部署を自己申告する」というものがある。希望する勤務地やジョブを第5希望まで挙げることが可能で、それをもとに配属を決めるのだが、従前の人事異動の満足度は28%に過ぎなかった。業務改革後はこれを88%にまで高めることができたのである。
制度を運用するに当たっては、従業員の希望を全て聞き入れる必要はない。無秩序に聞き入れた結果、うまくいかなかったというケースが少なくないからだ。それでも、同社は一見運用が難しく見えるこの制度を着実に機能させている。

カゴメでは働き方に数多くのオプションを設定することで、多様化する個人の価値観に対応した。改革された人事制度と合わせることで、従業員はそれぞれに自身のキャリアを自己決定することが可能となり、エンゲージメントが向上したという。

出所:有沢氏講演資料より
多様な働き方を実現するために、有沢氏は多くの制度を導入し、実効性のあるものとしてきた。スケジューラと勤怠管理システムを連動させることで、総労働時間の可視化に取り組み、個々の従業員と仕事内容に応じ、より柔軟性の高い勤務スタイルを実現すべくスーパーフレックス勤務制度を導入した。

働く時間だけでなく働く場所についても柔軟に対応した。テレワーク勤務制度は在宅勤務よりさらに広い概念の働き方であり、スーパーフレックス勤務制度と合わせることで、よりその効果を高めることが可能となり、従業員のエンゲージメントは大きく高まったのである。

ただし、このようなフレキシブルな働き方を可能にする勤務制度については、工場勤務の従業員には適用が極めて困難であり、カゴメでも一部適用除外とせざるを得なかった。工場勤務者は、メーカーにとっては生命と同義である。大切な工場勤務者のエンゲージメント向上については現在のところ道半ばであり、カゴメのみならずメーカーにとっては共通の課題と言えよう。

エンゲージメント向上については現在のところ道半ばであり、カゴメのみならずメーカーにとっては共通の課題と言えよう。

 

 

生き方の改革を通し、会社と個人のフェアな関係性を目指す

「働き方改革」が叫ばれて久しいが、個人にとっては「暮らし方改革」であり、カゴメではそれらを融合させ「生き方改革」とした。多様な働き方を提供することで、そこで働く人がより充実した生き方の実現に近付いている。

「年に14回ほど海外へ出張に行くのですが、アメリカのCEOと面談した際に日本の単身赴任の話題になったところ『それは何かのPunishment(罰)なのか?家族が一緒に住むのは当たり前じゃないのか?』と返され、その後もいろいろ話したところ、自分の間違いに気付きました」(有沢氏)

日本では単身赴任は当たり前だが、諸外国でそれは当たり前ではないというのだ。この視点は、国内だけで人事制度改革を進めていたとしたら、得られなかっただろう。こういった気付きを組織改革に生かせる柔軟性は、改革を進めるに当たって必要不可欠だ。

「家族とともに暮らす」ことを当たり前にする。そのために、全ての従業員を対象に「地域カード」制度も導入した。これは、配偶者の転勤を理由とした退職を防ぎ、今後増大するであろう育児と仕事を両立させるというニーズをにらんだもの。期間3年間を2回「転勤回避」と「配偶者帯同転勤」を希望するオプションを行使することができるようにしたのである。

この制度については、「ほとんどの社員が大都市圏での勤務を希望するはずだ」といった懸念の声が大きかったものの、「実家に近い拠点を選ぶ社員が相当数いるはず」という確信を持っていた有沢氏が押し切った。実際に北海道や東北、九州といった地方圏にうまく分散された。

また、同社では副業を広く認めている。社員の健康管理が第一であるため、カゴメにおける総労働時間に上限が設定されているものの、他社と雇用契約を締結するような副業を認めるなど、その内容には注目すべき点が多い。

2025年を目標に「トマトの会社から野菜の会社に」の転換をはかっているカゴメ。女性の役員比率を50%にまで高めるという目標は、2037年頃には実現可能になるという目途が立っている。

さまざまな人事制度改革の取り組みが目指すところは、会社と個人がフェアで対等な関係になるところである。会社にも、そこで働く人にもベネフィットをもたらし、ともに価値を生み出すパートナーとして互いに成長を目指すカゴメの今後に関心が集まっている。

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