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【研究リポート】

FCC FORUM 2023

人材は今、企業価値の向上において最も重要な要素と位置付けられ、積極的に投資を行うべき対象へ変化している。新たな製品・サービスを生み出す力や、新たなビジネスモデルへの対応力は、全て人材が生み出すものであり、それが企業の競争優位性の源泉となるからだ。「投資により、人材の価値を新しく創造する」「人材の力を高めることで、企業価値を高める」をテーマに開催し、全国1700名の経営者・リーダーが視聴したタナベコンサルティング「ファーストコールカンパニーフォーラム2023」(2023年6~8月、オンデマンド開催)の講演内容をまとめた。
研究リポート2023.10.02

イノベーションを生み出す人材戦略:ダイドードリンコ

 

経営戦略と人事戦略におけるMVV

 

タナベコンサルティング・立入(以降、立入) ダイドードリンコは、カルチャー、パーパス、MVVについて唯一無二の価値を発揮されています。まず会社概要と、石原シニアマネージャーの経歴をお聞かせください。

 

石原 当社は飲料メーカーですが、工場を持たないファブレス経営が特徴です。創業は1975年。売上高は1601億円(ダイドーグループホールディングス連結、2023年1月期)、従業員は4122名(連結、2023年1月現在)です。あまり知られていませんが、社名は「Dynamic Do Drink Company(ダイナミックに活動するドリンク仲間)」の頭文字から来ています。ダイドードリンコは、ダイドーグループホールディングスの国内飲料事業を担っている会社です。今回は、ダイドードリンコの国内飲料事業の中における取り組みをご紹介します。

 

簡単に私の経歴をお話しすると、大学卒業後は京セラに入社して約10年間、人材開発や組織開発に従事していました。ダイドードリンコに入社したのは2015年。現在は、人事総務部人財開発グループを統括するシニアマネージャーと、ダイドーグループホールディングスの人事総務グループに加え、新設したダイバーシティー推進グループの責任者を兼務しています。また、副業制度を活用して設立した人財・組織KAIHATSUオフィスの代表として、さまざまな会社のコンサルティングを行っています。

 

立入 早速ですが、経営戦略と人事戦略におけるミッションやビジョン、バリューについて教えてください。

 

石原 最近、経営戦略と人事戦略の連関は人的資本経営の大事な要素として語られていますが、私自身は前職のころから、人事領域のみで人材育成へ取り組むことに課題感を持っていました。

 

人材や組織の開発に向き合うには、経営戦略との連関が欠かせないと思います。入社後は経営戦略を実現する人材や組織の在り方を主軸に置いて研修プログラムなどを策定していますし、2018年ごろからは、教育という観点で「一貫性がいかに大事か」を全社員にマインドセットしてきました。

 

会社がMVVを掲げても、部署や部門、個人MVVが抜け落ちている。そこに組織、あるいは人的な課題を抱える企業は少なくありません。当社の特長は「ビジョンとは何か」が個人にも浸透していることです。会社のビジョンと個人のビジョンの連関を大事にし、教育にも力を入れています。

 

 

ビジョン実現に向け、人事基本理念を策定

 

立入 会社のビジョンやミッションを自分事に置き換えるとどうなるか。そこが非常に大事です。ダイドードリンコでは人事における基本理念を策定されているそうですが、策定に至った経緯をお聞かせください。

 

石原 ビジョンやミッションは、よく「Who」「What」「How」で語られますが、一貫した軸を通すためには、特に「How」をきちんと定義することが大事だと思います。

 

当社はグループ理念として「人と、社会と、共に喜び、共に栄える。その実現のためにDyDoグループは、ダイナミックにチャレンジを続ける。」を掲げていますが、「会社としてどのようなチャレンジをして、何を目指していくのか?」という方向性を合わせることが重要です。

 

そこで、「チャレンジするにはどのような人材を採用して、どのように育成し、どのような制度を整えていくか?」「どのような風土にしていくのか?」などを明確にした人事基本理念を策定。チャレンジという概念を示す「イノベーション(変革)」という言葉を入れ、「イノベーションが起こせる人材の採用」「イノベーションを起こせる人材を育成」といったように落とし込みました。

 

立入 経営理念を分かりやすい言葉で人事基本理念に落とし込んでいます。施策にはどのように展開しているのでしょうか。

 

石原 まず、ダイドードリンコの人事研修は全て私が統括しています。基本的には私がつくっていますが、外部に委託する場合も、社内でベースをつくった状態で依頼しています。

 

重要なのは、「企業の軸」となる考え方を、全ての社員教育に一貫性を持って落とし込むこと。当社の場合、グループ理念の実現を見据えると「イノベーションとは何か」という概念が大事です。入社前のインターン教育や新入社員研修や入社5年目までのフォローアップ教育、幹部用のマネジメント研修、次世代リーダー向けの育成選抜教育などにおいても、その軸を貫いてマインドセットしています。

 

 

意欲の高い人が次に進める仕組みが大事

 

立入 どの階層の教育にも一貫した軸が通っていることは大事なことです。社員が主体的に学ぶ工夫やヒントをお聞かせください。

 

石原 特に力を入れたのは、5年間の次世代リーダー育成プログラムです。同様のプログラムは上長からアサインされるケースも多いと思いますが、当社では1年目はリーダーなどに昇格したタイミングで受講してもらい、2年目以降は受講案内を受け取った社員が自ら手を挙げて参加する仕組みとなっています。

 

そのため、参加するには、成長への意欲やなぜ研修が必要かを上長に説明して許可を得なければなりません。中には「忙しいから上長に参加したいと言えない」といった人も出てきますが、それも想定内です。次世代の経営人材を目指すならば、壁を乗り越える強い思いや志が必要。2年目に手を挙げない人も出てきますが、研修を受けたほかの社員が学び、活躍する姿を見ると、翌年に「再受講したい」と手を挙げてくれます。

 

大事なことは、意欲の高い社員が次の段階に進める仕組みをつくること。そうした人に影響を受けて挑戦する人が増えていけば、会社全体での主体性の醸成につながっていくと考えています。

 

 

MVVを描きながら主体性が育つ副業制度

 

立入 挑戦する輪が広がっていけば、それが風土やカルチャーになっていきます。教育や研修以外で、育成のための制度や取り組みはありますか。

 

石原 コロナ禍に入った2020年に副業制度をスタートしました。「ダイドーチャレンジアワード」(社内表彰制度)に応募があったアイデアで、社員投票の結果、半数の賛成を得て2カ月後に導入されました。現在は100名以上が副業していますが、自分のやりたいことなので自然と主体性が育っています。さらに2021年には、副業がしやすいようにコアタイムなしのスーパーフレックス制度に変えました。

 

立入 副業に関する制度でありながら、育成の仕組みでもある。面白いですね。

 

石原 自らMVVを考えながら仕事に臨める点が副業の良いところ。もちろん、さまざまな理由で副業ができない人もいるため、次世代リーダー育成プログラムの最終年度に、越境学習という文脈で外部の事業に携わってもらう機会を用意しています。普段の仕事ではビジョンを描きづらい部門もあると思いますが、事業主が抱える課題や社会課題の解決に関わるプログラムを通してMVVに深く触れてもらいたいと願っています。

 

立入 副業や越境学習を通して学び、経験したことが本業に生かされると、人事基本理念にも謳われるイノベーション(変革)につながります。

 

石原 その通りです。マネジメント管理職に対する教育では、「遠心力を働かせて、部下を外に出そう」と言っています。幅広い人脈や良い関係が構築できれば、自販機ビジネスという本業に返ってきます。社員の成長とやりがいにつながるよう、積極的に外に出す。

 

一方、考え方や方向性を合わせるマネジメント研修を半年に一度のペースで実施し、バラバラにならず求心力が高まるようにマインドセットしています。

 

 

人事が覚悟を持って変革すべき

 

立入 最後に、人を育てる制度や仕組みを設計するポイントや工夫はありますか。

 

石原 変革を起こせる人材がいないとイノベーションは起こせません。ですから、変革を起こせる人が辞めない風土づくりを念頭に置いて制度設計することが大事です。変革人材やイノベーションをなし得る人材にとって良い会社にする。それを念頭に評価制度を建て付けています。

 

立入 人事制度では平等を重視する傾向が強く、なかなか改革に踏み切れない企業もあります。しかし、これからはターゲットを定めて制度設計することも必要です。

 

石原 同感です。当然不満も出ますが、そこは対話していくことが重要。一方的に発信するだけでなく、なぜ必要なのかを直接伝えることが大事です。「会社を良くしたい」という気持ちは同じですから、合意するまで泥臭く話し合っています。

 

人事が覚悟を持たないと、会社に変革は起こりません。変革を起こせる人を採用したり、育成したり、あるいはそのための制度をつくるのは、人事の役割です。仕組みを変えて風土を変えていくには、会社を変えるという志のある人がリーダーシップを発揮しながら、全社員に「人事が率先垂範で変革を推進している」と思ってもらえるくらい真剣に取り組まないといけません。

 

立入 お話しを通して、①大きな方向性に基づき、軸を持ち、人事戦略・各種施策に落とし込む、②採用・育成・活躍・定着に一貫したメッセージを伝え続ける、③戦略を推進していく人事や経営層の率先した姿勢で全社の原動力を強くする、この3つが人の育成に特に重要だと再認識しました。本日はありがとうございました。

 

 

PROFILE

  • ダイドードリンコ㈱ 人事総務部 人財開発グループ シニアマネージャー
    石原 健一朗(いしはら けんいちろう)氏
    大学卒業後、京セラ株式会社に入社し、在職中は一貫して人材開発、組織開発に従事。教育研修の全社統括部門において、企画部門の責任者として階層別教育や役職別教育を新規で立ち上げ、教育体系の再構築を実施。また、多角化企業の同社において、各事業のさまざまな部門の組織開発を行った経験を踏まえ、複数の階層向けのリーダーシップ教育プログラムを新規に自前で開発し全社展開を実施。2015年にダイドードリンコ株式会社に入社後は、次世代リーダーの育成選抜プログラムを主軸に据えた教育体系の構築に従事しながら、採用、人材開発、組織開発、人事企画まで幅広く従事。

Interviewer

立入 俊介(たちいり しゅんすけ)
タナベコンサルティング HR チーフマネジャー

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