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【研究リポート】

FCC FORUM 2023

人材は今、企業価値の向上において最も重要な要素と位置付けられ、積極的に投資を行うべき対象へ変化している。新たな製品・サービスを生み出す力や、新たなビジネスモデルへの対応力は、全て人材が生み出すものであり、それが企業の競争優位性の源泉となるからだ。「投資により、人材の価値を新しく創造する」「人材の力を高めることで、企業価値を高める」をテーマに開催し、全国1700名の経営者・リーダーが視聴したタナベコンサルティング「ファーストコールカンパニーフォーラム2023」(2023年6~8月、オンデマンド開催)の講演内容をまとめた。
研究リポート2023.10.02

人的資本価値向上と企業価値向上の両輪をまわす:塩野義製薬

 

「HaaS」実現に向けた人的基盤の構築

 

塩野義製薬(以降、SHIONOGI)は1878年創業の製薬会社で、最近では2022年11月に新型コロナウイルス感染症の治療薬「ゾコーバ」を開発して話題になりました。「SHIONOGIは、常に人々の健康を守るために必要な最もよい“薬(ヘルスケアソリューション)”を提供する。」という基本方針を掲げ、現在はSHIONOGI Group Vision「新たなプラットフォームでヘルスケアの未来を創り出す」の実現に向け中期経営計画「Shionogi Transformation Strategy 2030 Revision(STS2030 Revision)」を推進しています。

 

従来の「新薬を作って世の中に届け、患者に貢献する」というビジネスモデルだけでは、現在の製薬業界を取り巻く急激な環境変化に対応するのは困難です。そのため、SHIONOGIでは、薬だけではなく「ヘルスケアサービス」を提供する企業への変革を進めており、新たなプラットフォームを創り出すための大きな転換期に立っています。

 

新たなプラットフォームの実現に向けた人的資本戦略室の取り組みを【図表1】に示します。

 

【図表1】中期経営計画「STS2030 Revision」の実現に向けた人的資本戦略室の取り組み

出所 : 塩野義製薬講演資料よりタナベコンサルティング作成

 

中期経営計画の「HaaS」とは「Health care as a Service(ヘルスケア・アズ・ア・サービス)」の略称で、「ヘルスケア領域の新たなプラットフォームを構築し、新たな価値を患者や社会に提供する」といった概念です。HaaSを実現するための人的基盤を構築し、「人的資本価値の向上」と「企業価値の向上」という両輪をまわしています。

 

人的資本価値を向上させる大前提となるのが、「SHIONOGIはどのような人を育てたいのか」ということです。当社は「人が競争力の源泉」という人材育成理念の下、「他人を惹きつける尖った強みを持ち、新しいチャレンジを続ける人」という「Shionogi Way」を定義しています。

 

HaaSは、そのような人材を育成するための指針でもあります。その実現のためには、「チャレンジ」と「働きがい(やりがい+働きやすさ)」が重要だと考え、チャレンジとやりがいを高めるための「シンプルな人事制度の設計」、そして、多様な働き方を可能にし、働きやすさを高めるための「働き方改革」に取り組んできました。

 

 

多様な働き方の実現に向けた制度の導入

 

チャレンジや働きがいは、人事部門が勝手に考えて押し付けても社員に理解してもらうことはできません。そこで、各組織の代表者を集めて「Visionを実現するにはどのような制度が必要なのか」を議論しました。その結論と「制度改革で実現したい状態」を集約することで、次の3つを導き出しました。

 

❶ チャレンジ
積極的な学びと挑戦(中期経営計画達成に向けた挑戦を自ら実践し、成長できる)

 

❷ やりがい
成長実感、市場価値向上(適正な評価から自分自身を知る)

 

❸ 働きやすさ
働き方改革

 

そこから具体的な施策の導入へ進みました。まず、2019年10月に「自己投資支援制度」を導入。これは各人が作成した「未来予想図(キャリアデザインシート)」に記載した今後獲得したいスキル・専門知識・資格・能力などを強化するための自主的な学びに対し、会社が年間25万円まで支援する制度です。

 

加えて2021年4月には、今後の制度変更に向けた働き方の拡充を図るための基盤として、スーパーフレックス制度(コアタイムなし、24時間フレックス)や在宅勤務制度を導入しました。

 

同年10月には多様な働き方実現のための制度改定として、所定労働時間の見直しを行い、1日7.75時間から1日7時間に短縮して業務の効率化を図りました。

 

短縮分は業務効率化に対するインセンティブとして手当てを支給し、給与総額は同額にしています。また、フレックス勤務制度対象者の拡大(裁量労働・事業場外みなし労働の廃止)も実施しました。

 

さらに、スキルアップや自己研鑽への取り組みや多様な働き方を支援・実現するために、選択型週休3日制度を導入。

 

自らチャレンジする社員の支援や社外で積んだ経験を当社で活用することも期待して、副業基準の見直しも実施しました。

 

働き方改革の軸は、【図表2】で表す通り、「コンプライアンスの徹底」「既成概念の打破による進化」「不屈の精神による貫徹」「多様性の尊重」「社会への貢献と共存」という「Values(Vision達成に不可欠な価値観)」と、「時間」「仕事のやり方」「環境」「やりがい」という 「働き方」を掛け合わせた要素です。

 

【図表2】SHIONOGIの働き方改革

出所 : 塩野義製薬講演資料よりタナベコンサルティング作成

 

 

チャレンジとやりがいを生み出す人事制度の構築

 

2023年10月に導入を予定しているのが、チャレンジとやりがいを生み出す人事制度です。新たな人事制度の導入を通じて、「チャレンジの促進」と、それに報いるための「属性に関わらない機動的な処遇」を実現することで、必要な人材を獲得するための市場競争力のある報酬水準を設計したいと考えています。

 

この新人事制度における等級制度では次の3つを実現します。
❶ 職務等級定義や行動例を使って等級を「再格付け」し、役割に応じた職務グレードに格付け

 

❷ 各組織で昇格・昇グレードを可能にし、必要な人材を柔軟に登用

 

❸ 一定以上のハイパフォーマーを「Specialist(スペシャリスト)」に格付けることで、より高い役割にチャレンジする人材を増やす

 

また、評価制度では次の3つを実現します。
❶ 昇給・賞与額は評価後に決定する仕組みとし、マネジャーは金額を意識せずに協力者(部下)を評価・育成する

 

❷ 職務等級定義や行動例に対する評価をすることで、協力者(部下)は自身の立ち位置や昇格に向けた課題を理解する

 

❸ 昇降グレードのポイント制を廃止して単年度評価で昇降グレードが可能な仕組みにし、役割に合わせて処遇を機動的に適正化する

 

報酬制度では次の2つを実現します。
❶ 製薬上位企業に合わせた報酬水準にし、人材獲得の競争力を高める

 

❷ 年齢に関係なく会社に大きく貢献したと評価された場合、それに見合った報酬で報いる

 

等級に関しては、現行では60ほどある等級を、新人事制度では11にまとめることで自分の立ち位置が容易に確認できると同時に、評価を説明できるようにしました。

 

また、経営幹部を「会社の成果を上げる責任を持ち、部下を育成・管理するポジション」として切り分けて、報酬はシングルレートとし、組織長以上の等級には株式報酬を導入しました。さらに、「Team Leader(チームリーダー)」とSpecialistを新設し、各組織内の評価と選考によって昇降格・昇降グレードを可能にしました。

 

評価に関しては、各組織の戦略や目標達成への貢献度合いによる「貢献度評価」と、SHIONOGIに必要な人材像との合致度による「総合評価」に分離。前者は配分する総ポイント数と一定にして、賞与原資に合わせて単価を調整して賞与に反映し、後者は評価後に労使で合意した昇給率に合わせて職務級の昇給額を決定するよう変更しました。

 

 

人的資本の情報開示で企業価値の向上を導く

 

どれだけ人的資本の向上に取り組んでも、その情報をステークホルダーへ公開しなければ企業価値の向上につながりません。そのために、まず「共感を生むストーリー」を構築して、「Visionに基づく求める人材像があり、それを実現するための制度構築がある」といった一連の流れを伝え、“人財”戦略と経営戦略との連動性を説明することに努めています。

 

ストーリーをつくった上でステークホルダーとの密度の高いコミュニケーションを推進してSHIONOGIブランドの向上を図り、「社員の士気を高める『双方向コミュニケーション』の強化」「将来の労働力確保に資する『SHIONOGIファン』の獲得」「投資判断に資する『タイムリーかつ透明性の高い開示』」を目指しています。

 

その結果として、社員が楽しく自分らしく働くことができる“ワクワク体験”を提供し、「自ら行動して既成概念を打破する『尖った強み』を持つ人財」「失敗を恐れず行動を起こせる『挑戦を奨励する企業風土』」「心身ともに健やかに働ける『働きやすい職場環境・制度』」を実現したいと考えています。

 

このように、「人的資本価値の向上、ストーリーの構築、コミュニケーションの強化、社員体験価値の提供、企業価値の向上」という循環を生み出すことが大切です。そして、「われわれの取り組みが、どのような指標に対してどういった影響を与えているのか」を明確にして、ステークホルダーに示していかなければなりません。

 

例えば、自己投資支援制度の活用度合いをKPI(重要業績評価指標)として設定し、開示することで、「社内の学びは充実しているか」「やりがいを持って働いているか」といったステークホルダーの疑問に応え、適切な評価につなげることができます。ステークホルダーが納得するような情報開示を推進することにより、人的資本価値の向上だけでなく、企業価値の向上にもつながると考えます。

 

 

Transformに必要な人的資本の構築

 

2022年度の統合報告書においても、SHIONOGIの人的資本価値の向上がどのような状況にあるのかについて、「経営理念の実践」「ワークライフバランスの実現」「女性マネジャー比率」などの数値を公開しています。「ステークホルダーに対して、何をどう示せば、自社の現状を正確に理解してもらえるのか」については、試行錯誤の連続です。

 

SHIONOGIの定めた新たな方向性は、「自社の創薬型製薬会社としての“強み”を磨き続け、異なる強みを持つ他社・他産業から選ばれる存在となり、ヘルスケア領域の新たなプラットフォームを構築し、ヘルスケアプロバイダーとして新たな価値を社会へ提供する」です。そして、「従来の創薬型製薬企業として、医療用医薬品を提供」から「ヘルスケアサービスとしての新たな価値提供」を目指してTransformを推進しています。

 

このような転換点において、人事部門は「人(社員)の価値をどのように高めてTransformに必要な人的資本を構築できるのか。それをどのように開示することで企業価値につなげることができるのか」という課題に日々取り組み、一歩一歩前進しています。

 

 

人的資本価値向上と企業価値向上の両輪をまわす:塩野義製薬

PROFILE

  • 塩野義製薬㈱  人事部 人的資本戦略室長
    河本 高歩(かわもと たかほ)氏
    2002年塩野義製薬に入社後、MR(医薬情報担当者)として岐阜県、愛知県で勤務。2014年 社内公募制度により人事部へ異動し、労政、人事戦略等を担当。2017年シオノギ総合サービスへグループ採用責任者として出向。2019年塩野義製薬へ復帰。労政・制度責任者などを経て、2022年7月より現職。

 

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