ものづくりの建設業から「まちづくりの当事者」に
タナベコンサルティング・石丸(以降、石丸) 加和太建設は、社会全体への体験価値を設計され、唯一無二の価値を提供されています。どのような体験価値をデザインなさっているのか、代表取締役の河田亮一氏にお話を伺います。
河田 当社は静岡県三島市に本社を置く総合建設業です。創業76年目、従業員が約340名、売上高は約120億円、過去10年(2012年対比)で約2.5倍に成長しています。
私たちの会社の根底に「地方建設業をアップデートしたい」という思いがあります。建設会社として「ものづくり」を基軸に置きながら、地域における災害対応やボランティアに加え、私たち自身も「まちづくりの当事者」として地域活性化にしっかりと取り組み、いろんなプレーヤーを巻き込みながらやりたいことを実現していく。そんな地方建設業のロールモデルになりたいと思っています。そして、元気になる地方が増え、結果として地方から日本が元気になっていく時に、本当の意味で地方建設業がアップデートされると考えています。
石丸 その実現に向け、「世界が注目する元気なまちをつくる」をビジョンに掲げていらっしゃいます。
河田 私たちは事業領域を「ものづくり」「コトづくり」「まちづくり」「建設業の変革づくり」という4つに分けています。「ものづくり」は根幹である土木・建築事業です。
「コトづくり」は行政所有の土地・施設を運営し、さらにビール工場の建設やシェアサイクルの運営といった「コト」を通して、まちを好きになる人を増やしていく事業です。
「まちづくり」は不動産です。一般的な宅地分譲や賃貸売買の仲介、賃貸管理に加えて、特徴的な取り組みが2つあります。1つ目は首都圏の開発で、デザイン性の高い建物のテナントリーシングや販売。また、首都圏のスモールオフィスの在り方を変え、クリエーティビティーが触発されるようなペンシルビルのオフィス空間を手掛けています。
2つ目は、このような取り組みを通して得たネットワークや経験を生かした「まちなか開発」を静岡県三島市でスタートし、デジタルやクリエーティブな人材・企業のプレーヤーを中心市街地に誘致して、まちの課題を解決したり魅力の発信を一緒に創り出したりしようとしています。自社の働き方も変え、中心市街地に社屋を分散化して、まちでの活動を強化し、まちの人と接点を増やす取り組みも始めています。
また、「建設業の変革づくり」は、自社開発した予実管理システムを全国の建設会社40社に使っていただき、培ったネットワークで全国の建設会社の課題を解決しているところです。人材の育成や生産性向上、ナレッジシェアシステムの開発など、建設業が抱える課題を建設DXのテクノロジーで解決するコミュニティーをつくっていこうと思っています。
このように、4つの事業領域それぞれでシナジーを発揮しながら、私たちは成長し続けています。
石丸 新しい事業領域を創出する際に必要なことは何でしたか。
河田 建設業の在り方や定義を、自分たちで深掘りしたことです。ものをつくることを通して、本当は何をしているのだろうとあらためて考え、地域の歴史や文化と深く関わりながら「まちをつくっている」のだと捉え直したのです。それなら私たちがやるべきことは、まちの今とこれからの課題解決に携わることだと気付きました。価値観を再定義したことが重要でしたね。
その価値観を、一緒に働く社員みんなで共有し、理解してもらうための環境整備も大事でした。そうやって企業文化づくりを進めてから、具体的なアクションをようやく起こせるようになり、事業を展開していくのに欠かせない人材の採用・育成、外部プレーヤーの活用など、人の課題解決にも取り組んでいきました。そこから少しずつ、サービスを良くするフェーズに入りましたが、まちづくり以外の新事業は、サービスや人材にもっと磨きをかけることが現在の課題です。
石丸 「元気なまちをつくる」中で、その地で暮らす人や観光客に、どのような価値を提供していきたいとお考えでしょうか。
河田 こだわっているのは、自分のまちに誇りを持って「好きだ」と言う人を増やすことです。それも受け身ではなく、自分がこのまちの課題を解決し、魅力を高めていく活動に参加することでまちを好きになるのが、究極のまちづくりではないかと考えています。それは4つの事業領域の全てで可能なことですし、シナジーも生み出せると思っています。
石丸 ものをつくるだけではなく、まちを好きになるために全てが動いているということですね。
サービスの質を高め、その思いを実現していく人の採用・育成で、大事にされていることはありますか。
河田 専門的なスキルを身に付けることや、事業活動を通じて失敗や成功の体験価値を積みながら成長していくことが大事なので、そのための環境を整えています。一方、「何のためにこの仕事をやるのか」「誰の何を解決するのか」といった可視化できない思いも大事にしています。
また、1人ではできないことを、社内外を問わずチームで実現するために、どのようなスタンスで関わるのか。そうしたことが大事だと伝える場や、社員が定期的に振り返る機会を、制度や仕組みとしてたくさん持っているのも特長でしょう。
企業価値を高める施策に7年を費やす
石丸 世の中にある多くの企業が単一事業で、そこから「ステップアップしたい」「社会全体に与える体験価値を高めていきたい」と考えています。ただ、多角的なサービス展開に至るステップは、なかなか一足飛びにうまくいかないのも現実です。
河田 タナベコンサルティングが作成した「体験価値レベルマップ」がとても分かりやすいので、これに基づいて取り組みを振り返ってみます(【図表】)。最初に行ったのがEX(社員体験価値)で、社員のエンゲージメント向上です。
【図表1】体験価値レベルマップ

出所:タナベコンサルティング作成
私の入社時はトップダウンの経営で、社長がメッセージを発信する機会もなく、社是は掲げていても誰も目にしたことがなく、人事評価制度もない状況でした。ですから、まずは「社員がそれぞれの思いを持って、みんなで同じ方向を向いて切磋琢磨しながら働いていくのが良い会社である」こと、「そうすれば自分の業務でできることも増える」とマインドセットを変えるように伝えるところから始めました。当時の社員は仕事への熱量が高く、自分がやる仕事に対してプライドもあったけど、全社視点がなく、会社組織に何も期待していませんでした。そこから変わるように、働きかけたわけです。
次に取り組んだのは、SX(社会体験価値)の中にあるCI(コーポレートアイデンティティー)です。企業の社会価値を向上するCIを自分たちでつくり、SXとしてソーシャルネットワークを形成しました。そして、CX(顧客体験価値)として、CIを実現するには社会とどんなつながりを持つべきかを明らかにし、BtoBの公共工事から一気にまちづくりに入っていくことが大事だと定義。そこに見合う商品・サービスを提供するために、不動産という新領域に進出しました。
さらにEX(社員体験価値)として、良い人材はすぐに集まらないとの前提で、継続的な人づくりのために採用・育成をしました。また、タレントマネジメントで社員と信頼関係を構築しながら、カスタマーサクセス(顧客が求める付加価値を実現すること)によるリピート客の増大にフォーカスしたことで、善循環が回り始めました。そのサイクルを他事業にも少しずつ水平展開していき、現在に至ります。この段階に至るまでには、約7年を費やしましたし、もちろん失敗もたくさん経験しました(笑)。
石丸 ある意味、我慢が大事なのかもしれません。
河田 一気にうまくいくなら誰でもやりますし、難しいからこそ、他社ができないことになります。時間をかけながら、工夫と改善をやり続けるということでしょう。自社に信念があって、実現したいことがあって、そのために必要だと思うのであれば。
手を取り合って人・まち・業界に革命を
石丸 加和太建設の今後の取り組みをお聞かせください。
河田 主に3つあります。1つ目は組織をより強くするための、マネジメント層の強化です。急激に企業規模が拡大している現在、会社の全てを私1人で見られるわけではないので、マネジメント層が自分の組織や業務をマネジメントするだけではなく、未来を想像しながら戦略を描けるような組織にしていきたいですね。社内での取り組みですが、とても大事なことだと思っています。
2つ目は、まちづくりの文脈で言えば、いまフォーカスして取り組んでいる三島市の「まちなか開発」です。相当の時間もお金も投入しているので、絶対に成功させたいです。また、成功した先には新たなまちづくりの在り方が出てくるはずなので、そこに向けて誘致した新しい人材・企業のプレーヤーと一緒に、新たな取り組みを推進したいと考えています。
3つ目は、建設業のアップデートとして、建設領域にスタートアップのプレーヤーをもっと引っ張り込んでいきたいと考えています。まちづくりの領域でスタートアップの人たちと関わってみて、彼・彼女らは「ゼロイチ」(まだ世の中にないサービスや商品を生み出すこと)でビジネスを起こし、まるで「生きるか死ぬか」といった意識で真剣にその瞬間を戦っていると知りました。しかも、社会や産業の課題をちゃんと解決していきたいと思って、新たなビジネスを起こしています。そんな人の熱量を、課題がたくさんある建設産業にもっと振り向けてほしいと思うのです。
建設業は内部留保が比較的多いので、スタートアップを支援していくことも可能です。支えながら、そして力を借りながら、どんどん新しい取り組みができることを仕掛けていきたいと思っています。
石丸 スタートアップにも負けない、河田氏の思いの熱量をとても感じました。自社を変革していく時に、まずCIやビジョン、自分たちの事業や在りたい姿とは何だろうと探り、描いていったことが、1つ目の重要なポイントだったと思います。
2つ目は、その思いを持ってまちづくりを展開していく中で、同志づくりやアライアンスで情報を集め、どう生かしていくのか、生かすためにどのような人たちと組んでいくのかをうまく考えています。
3つ目はやはり、人づくりですね。商品やサービスを良くするのは人だという意思を強く感じました。本日はありがとうございました。

加和太建設 代表取締役 河田 亮一(かわた りょういち)氏
PROFILE
- 加和太建設(株)
地域を巻き込み、新たな価値を提供する場・インフラをつくることによってSXを実現する総合建設業。地域を巻き込むことで「まちづくり」を通じた体験価値を提供してファンを獲得し、コーポレートブランディングの確立を図っている。
Interviewer

石丸 隆太(いしまる りゅうた)
タナベコンサルティング ストラテジー&ドメイン東京本部 本部長代理