一向に減らない“魅力不足の会社”
食品の原材料メーカーM社は卓越した開発力を有しており、業界内で評価が高い。高水準の社員処遇と生産性を実現する高収益企業だ。就活生の間では採用枠の空き待ちという人気企業である。
企業の本質は、顧客(社会)が期待する仕事と従業員のやりたい仕事が一致し、会社が期待する高い生産性を実現することにある。それは社会性と人間性と生産性が一致し、人(社員・顧客)を魅了する企業価値を創り上げることだと言い換えてもよい。
だが、企業の実態はどうか。利益率は伸び悩みを続け、入社3年以内の離職率も依然として高止まり傾向にある。多くの企業は収益効率の低下とスピード離職に歯止めをかけられない「魅力不足の会社」だと言っても過言ではない。
冒頭のM社のような、顧客と社員を魅了する企業はどのように創り上げていくべきなのだろうか。
価値の「魅せる化」を体系的に捉える
まず、企業が顧客を魅了するには「価値の魅せる化」が必要だ。すなわち、自社が顧客に提供すべき価値(=顧客価値)を見つけ、自社のみが提供できる価値(=提供価値)を打ち出すことである。顧客にとっての魅力を発見して顧客価値を明確にするとともに、提供価値を創り出す自社の魅力創りを行うという両方が必要となる。要は「価値の魅せる化=魅力の発見×魅力創り」である。
顧客にとっての魅力は何か、その魅力をどう創り込むか。その着眼について、食品関連企業をケースに述べていく。
食品関連企業における顧客価値は、大きく6つある(次頁【図表1】)。1点目は「機能価値」。健康増進や安全・安心、栄養補給、美容効果など、食べる(飲む)ことによって得られる効果、期待できる効用などが挙げられる。
2点目は「感性価値」。カワイイ、懐かしい、面白いなど人の感情に訴える価値である。顧客は感動・感激・感心という魅力に購買行動を起こすことが多い。3点目は「価格価値」。単なる「低価格」だけでなく、お買い得、節約になるという魅力だ。
4点目は「時間価値」。早(速)い・短い、グッドタイミング、手間いらずなど、時間的コストを感じさせない価値である。5点目は「希少価値」だ。少ない、珍しい、手に入りにくいなど、数が少なく珍しいというプレミアム価値を指す。そして最後の6点目は「社会価値」。エコ(省エネ・環境配慮)、エシカル(倫理的・道徳的)、ソーシャル(社会的)といった自然保護や社会貢献などによる価値である。
自社の魅力創りを「価値の方程式」で実現する
次に、自社の魅力創りである。これは、大きく7つの価値がある(【図表1】)。1点目の「品質価値」は、おいしさや鮮度・舌触り・歯応え・品質保持など。2点目の「機能価値」は、浸透性や低カロリー・無添加・日持ちがよい・簡便性・開発支援。3点目の「効用価値」はネーミング・商品の色調・小分け個装・限定(個数限定・地域限定など)といった価値である。
4点目の「価格価値」はローコストやリベートなど。5点目の「サービス価値」はポイント還元・お届け・キャンペーン・ディーラーヘルプス・プロモーション。6点目の「システム価値」は顧客情報のデータベース化・指定日時配達・トレーサビリティーなど。そして7 点目は「人材価値」で、情報提供力や販売支援など人の働きである。
これらの7つの価値は、どれか1つに絞って打ち出すというものではなく、全てを組み合わせた相乗効果によって自社の魅力を創り上げる必要がある。それぞれの関係性をイメージ的に、方程式で表したものが【図表2】である。
品質は、機能と効用の乗数との掛け算で極大化する。価格は分母に位置し、価格が低ければ、顧客が感じる相対的な品質価値は高く維持できる。そこへサービスの価値が掛け算で働く。このサービス価値は重要である。例えば価格に対する相対的な品質価値がいくら高くても、サービスの価値がゼロならば、品質価値もゼロになる。
さらにシステム価値が加わる。これは文字通り、自社ならではのプラスアルファの差別化価値である。そして最後に「人」。人材の質によって自社の価値は決まる。
「10年ビジョン」を構築し、魅力ある会社創りを
次に、働く人を魅了するための考え方について述べよう。ほとんどの企業は、社員に対する自社の魅力創りについて以前から取り組んでいるのは間違いない。しかし、その大半は「同質化」という課題に阻まれ、遅々として進んでいないのが実態である。
同質化には、2つの要素がある。1つ目は、「管理職の同質化」である。いくら管理職を集めても、意識や取り組みが同質化しているため、変化を起こすことができない(陳腐化)。2つ目は、「階層の同質化」である。階層別にさまざまな取り組みをしても、組織が同質化しているため過去の成功体験にとらわれ、イノベーションが起こせない(マンネリ化)。
社員にとって魅力のある企業となるためには、次のような対策が必要である。
● 中間層の諦め気味の意識、社員層の漠然とした不安を抱えながら、現状維持という意識を払拭する「創造力」強化を図るための未来を語る場の設定
● 自社や従業員自身の未来の姿・夢・ビジョンを部門横断、階層を超えて語り合う場の設定
● 物事に挑んで可能性を追求することによって、できない理由やないものねだりの考え方から脱却し、「本質」を掘り下げていく「思考力」の強化
● 次世代への承継を「10年単位」で考え、自由に語り合える、従来の研修とは異なる前向きな議論の場の設定
従業員を魅了する会社づくりにおいて、最も重要なことが10年単位で考えること。すなわち「10年ビジョン」を構築することだ。その具体的なメソッドは次の4点である。
①次世代ビジョン・未来を10 年単位で考えるセッション(会議・会合)を設け、伸び伸びと自由にディスカッションする(絶対的な答えがないことに「答え」を出す)
②未来を見据えた上で、10年後の業界動向についてテーマを設定し、研究する(例:「10年後の新時代の価値探求と○○ビジネスの本質的な価値」など)
③業界の未来に対して、“未来の自社”は対応していけるのか、部門を超えて語り合う(「自社の本質的価値とは何か」という問いに対する答えを出す)
④自社の多様性を生かしてイノベーション文化を育む(世代・部門を超えて自社の10 年後を語り合い、10年ビジョンを構築する)
顧客にとっての自社の魅力とは何か。10年というスパンで見据え、誰も答えが出せないことに対し、全社を挙げて思い切って答えを出す。その取り組みこそが、人(従業員と顧客)を魅了する企業を創り上げるのである。