
ウェルビーイングの基礎学習体系
本稿では、「ウェルビーイング×人事システム(人事諸制度)」をテーマに、人事諸制度を活用して、会社・組織としていかにウェルビーイングを実現していくかについて解説する。
ウェルビーイングとは、身体的・精神的な健康だけでなく、社会的・経済的にも満たされた状態を指す。まず、米・ギャラップ社が提唱する「ウェルビーイングの5つの要素※」を紹介した上で、人事諸制度について整理していく。
❶Career Well-Being(キャリア)
目的意識ややりがいを感じる、スキルの活用や成長実感が持てる。キャリアは仕事だけでなく、育児・趣味・ボランティアなど、広く解釈
❷Social Well-Being(社会)
良好な人間関係、信頼関係を構築している
❸Financial Well-Being(経済)
経済的に安定、自身の収入で望む生活ができている安心感
❹Physical Well-Being(身体)
心身の健康、健康で活力ある生活
❺Community Well-Being(地域)
地域社会への貢献とつながり、自分以外の誰かや何かに役立っているという実感
ウェルビーイングの5つの要素では、包括的・多面的な視点でウェルビーイングを捉えることにより、個人だけでなく組織やコミュニティー全体で幸福を追求することが可能になる、とされている。
一方で、この5つの要素を考慮していくと、より多様性が増してくることが想定される。会社・組織としてはこれまでの一律で平等な制度から、従業員が自ら選択できる制度へシフトしていきながらも、会社・組織のビジョン・バリューと従業員の内発的動機のベクトルを合わせることで、個人の幸せと会社・組織のビジョンを同時に実現していくことが求められる。
ウェルビーイングと人事システム(人事諸制度)は、「仕事」や「金銭的報酬」だけを切り出して考えるのではなく、従業員の生活、価値観などにも着目して制度設計することが求められる。平等(Equality)ではなく公平(Equity)で自ら主体的に選択できる制度、会社・組織と個人が内発的動機でつながる会社・組織のビジョンやバリューを設計し、制度に落とし込むことが重要だ。
「幸せ」と「健康」を育む制度設計のポイント
こうしたポイントを踏まえ、各制度設計の方向性について大きく4つにまとめる。
❶ 組織としての「幸せ」と「健康」を育むウェルビーイング制度
まずは、柔軟な働き方の導入、働き方の選択肢の拡大による公私ボーダーレスな働き方の推進である。
リモートワークやフレックスタイム制を導入することで、従業員が仕事とプライベートを両立しやすい環境を整備する。これにより、従業員のストレス軽減やワークライフバランスの向上が期待される。また、週休3日制や短時間勤務制度など、従業員のライフステージに応じた働き方を選べる仕組みを提供することで、個々のニーズに対応する。
次に、健康管理プログラムやEAP(従業員支援プログラム)、ウェルネス活動の支援といった健康サポートの充実である。
定期健康診断やメンタルヘルスチェックを実施し、従業員の健康状態を把握。また、EAPの導入などで、専門家によるカウンセリングや健康指導、心理カウンセリングを継続的に提供する。また、フィットネスジムの利用補助や健康促進アプリの提供、社内運動プログラムの実施など、従業員が健康を維持・向上できる環境を整える。
また、カフェテリアプラン(選択型福利厚生)、コミュニティー形成支援などの福利厚生の提供も重要だ。従業員のニーズに応じたカフェテリアプランを導入し、健康保険や育児支援、介護支援など、幅広い選択肢を提供する。また、社内イベントやボランティア活動を通じて、従業員同士のつながりを深め、社会的なウェルビーイングを高める取り組みを推進する。
❷ タレントマネジメントを活用した環境整備
内発的動機付けとスキルアップ支援などの成長支援である。定期的に1on1ミーティングを実施し、従業員のキャリア目標や悩み、動機付け要因を把握し、適切なアドバイスを行う。また、実務の中で内発的動機付けにつながる機会や能力開発の機会を提供する。
従業員同士の相互理解と関係性の強化も重要である。タレントマネジメントシステムを活用し、従業員のスキルや経験、キャリア志向、価値観、趣味嗜好などを可視化し、オープンにする。相互理解を深め、相互にリスペクトを持ったコミュニケーションや関係性構築につなげる。
❸ ウェルビーイングを高める評価制度
MBO(目標管理制度)やOKR(企業の目標と従業員の個人目標を結び付ける手法)の活用による、エンゲージメントを高める評価制度の設計である。組織の目標と個人の目標をつなげ、達成度を定量的に評価する仕組みを整備する。また、OKRによるチャレンジングな目標設定や高頻度でのフィードバックにより、従業員が自分の成長を実感できるよう支援する。
次に、従業員の努力を正当に評価するためのプロセス評価、ピアボーナス・表彰制度の導入だ。従業員の成果(結果)だけでなく、努力やプロセスを評価する仕組みを導入する。また、同僚や組織への貢献度を評価するピアボーナス(従業員同士で感謝・称賛の言葉とともに送り合う少額の報酬)や表彰制度も活用することで、従業員のモチベーション向上に寄与する。
また、組織で実現したい価値観を評価するためのバリュー評価の導入も忘れないでいただきたい。組織が大事にしたい価値観を言語化して評価に取り入れると、組織と個人のベクトルの合致や一体感の醸成につなげることができる。
❹ ウェルビーイングを高めるトータルリワード
トータルリワードとは、給与や賞与などの金銭的報酬だけでなく、福利厚生、キャリア支援、職場環境などの非金銭的報酬も含めて、従業員が受け取る全ての報酬を指す。金銭的報酬には限界があり、ウェルビーイングを高めるためには、金銭的報酬と非金銭的報酬のバランスが重要である。
ウェルビーイングを高める人事諸制度は、従業員の「幸せ」と「健康」を育むだけでなく、組織全体の生産性や競争力を向上させる重要な人事システムである。各制度を単体で捉えず、包括的・一体的に制度をデザインすることで、会社・組織としてのウェルビーイングを高め、企業の持続的な成長を実現いただきたい。
※ ギャラップ社「The Five Essential Elements of Well-Being」
 
                      HR エグゼクティブパートナー
外資系ラグジュアリーブランドで店舗マネジメントに従事後、人事コンサルティング会社にて組織・人事領域のコンサルティング、教育、組織開発等の経験を経て、タナベコンサルティングへ入社。人事領域全般のコンサルティングを中心に、上場・中堅企業の人事制度・教育体系の構築において数多くの実績を持つ、タナベトップコンサルタントの一人。
 
				 
                     
					 
					