インフレ経済への転換
小売・サービス業では、国内の人口減少に伴い、市場規模の縮小が予測されている。この状況において、業界が直面する主な課題として、「ビジネスモデルの進化」「商品・サービスのコモディティー化」「産業固有の低収益体質」の3つが挙げられる。
近年の経営環境は激変しており、社会課題や顧客課題の変容をいち早く的確に捉えることが求められている。これに対応するためには、自社のビジネスモデルそのものを見直し、変化に適応する柔軟性が必要だ。インフレ経済への転換が進む今、この状況をチャンスと捉え、新たな価値を創造することが重要である。
特定領域の成長機会
日本がデフレ経済から脱し、インフレ経済へ移行することは、緩和的な金融環境を醸成し、不況からより早期に脱却する可能性を高めるものである。
これまで日本は長期にわたるデフレ経済の影響を受け、GDP(国内総生産)成長率が伸び悩む状況が続いてきた。
しかし、インフレの定着と政策対応によってこれまでを上回る成長率を実現できれば、日本の経済規模の縮小を抑制でき、その結果として実質賃金が上昇し、家計の購買力は高まる。
新型コロナウイルス感染拡大の影響により、2020年以降、日本国内の社会・顧客課題は大きく変化した。小売・サービス業においては、消費者の購買動向とモノに対する志向が最たる例である。ウェブチャネルによる購買が当たり前となり、よりいっそう消費者一人一人のニーズや課題を満たす製品・サービスづくりが求められている。
変容する社会・顧客課題をビジネスチャンスと捉え、事業ポートフォリオ戦略の再設計を行い、自社のビジネスモデルそのものを見つめ直す企業のみが生き残ると言っても過言ではない。
前述の通り、小売・サービス業は、日本国内の人口減少に伴い内需の縮小が予測される「競合激化マーケット」である。一方で、ウェブビジネスをはじめとするグローバルチャネルやロケーション、製品・サービスの特定領域は市場拡大傾向にある。
つまり、参入市場を見極め、成長機会に対して事業ポートフォリオ戦略を再設計し、ビジネスモデルを進化させていくことが重要なのだ。
事業ポートフォリオ戦略の再設計
事業ポートフォリオ戦略とは、複数の事業を柱として展開し、それぞれの事業が付加価値を生み出すと同時に、各事業間でシナジー(相乗効果)を創出することで、より強固な収益基盤を構築することを目的とした経営戦略である。
事業ポートフォリオ戦略を実践し、持続的な成長を遂げている中堅企業の多くは、各事業の収益性や成長性を見える化し、将来にわたってどのように展開していくのか、また、限られた経営資源をどのように配分するのかを絶えず見直している。
事業ポートフォリオ戦略をアップデートすることで、企業は顧客課題を解決するための多様なソリューションを社内に備えることが可能となる。結果として、顧客に対してより高い付加価値を提供できるようになる。
ここでは、事業ポートフォリオ戦略の設計、アップデートで企業価値を高めている企業を2社紹介する。
リユースショップの運営を中核事業とするA社は、昨今のサステナブルな消費志向の高まりによる追い風も影響して増収増益。積極的なM&Aを実施し、現在グループ全体で200店舗以上まで拡大するなど、継続的な成長発展を実現している。
中核事業であるリユース事業を補完するために、リユース一体型の引っ越し事業がある。引っ越し事業の位置付けは、中核事業であるリユース事業の川上となるため、引っ越し事業とリユース事業が連動することで顧客リレーションが発揮され、新しい顧客の創造と売上高、利益の増加に寄与している。
また、同社は海外展開を積極的に推進しており、現在は海外2地域での店舗展開を進めるなど、国内市場にとどまらず海外マーケットへの進出を目指している。
同社はコングロマリット企業と異なり、リユースという既存の事業モデルを中心に据えたまま既存事業に呼び込むための機能を強化し、国内・海外のエリアで展開することにより新たな顧客獲得を実現している。
全社を巻き込んだ方針マネジメントの実践
組織の拡大や役職者・組織階層の増加に伴い、中堅企業特有の課題として、「ビジョンや中期経営計画は策定され、全社的な発信も行われているにもかかわらず計画が推進されていない」という状況がしばしば見受けられる。このような場合、次の4つのいずれかに課題が存在している可能性が高い。
❶ 自社のビジョン・中期経営計画の全社員への浸透が不十分
❷ 事業部長・リーダーの方針が中期経営計画と連動していない
❸ 事業部長・リーダーの推進力が不足している
❹ 中期重点施策の進捗・課題が経営陣で共有できていない
これらの課題を解決するために最も重要なのは、「全社を巻き込んだ方針マネジメント」の実践である。
全社を巻き込んだ方針マネジメントでは、ビジョンや中期経営計画から事業部ごとの年度方針までをアクションプランとして連動させ、一貫して推進することが求められる。また、ビジョンの浸透や計画の進捗状況、課題を経営陣まで共有できる仕組みを構築することが肝要である。
具体的には、経営会議などの重要定例会議の議題に「中期重点施策の進捗」を組み込む、重点施策別の推進リーダーを任命する、課題の明確化と対策を毎月検討するなどを実施し、中期重点施策の推進を図る。
これらの取り組みにより、中期重点施策が推進されるだけでなく、付加価値として、事業部長や部門長のKGI(重要目標達成指標)・KPI(重要業績評価指標)マネジメント能力を向上させ、未来の経営者人材育成も実現する。
2社目の事例企業であるB社は、売上高400億円、従業員数300名超の中堅企業である。同社は、これまでのトップマネジメントから組織経営への進化、将来を見据えた後継者育成を踏まえ、ビジョン・中期経営計画推進プロジェクトを社内で推進している。同社の取り組みの特徴は次の5つである。
❶ 事業部長・部長が推進リーダーを担当
❷ 毎年の年度方針は中期経営計画の重点施策を軸に各事業部・部門が作成
❸ KGI・KPIを設定し、事業部・部門内のメンバーが実務リーダーを担当
❹ 事業部長・部長が毎月の重要会議で進捗や成功事例を共有し水平展開
❺ 後継者が統括リーダーとして中期経営計画を推進
中堅企業だけでなく、大企業や中小企業においても、企業の成長を支える基盤となるのは人材と強固な組織である。
タナベコンサルティンググループは、「組織の本質は統一である」と提唱している。しかし、中堅企業においては、組織の拡大に伴い階層が増加し、従来のトップマネジメントだけではスピード感や推進力に課題が生じるケースが増えている。
そのため、社内コミュニケーションを改善し、チームワークを強化することが求められる。これにより、組織全体の生産性を向上させ、各部門や階層間の連携を円滑にすることが可能となる。また、次世代のリーダーを育成し、経営の継続性を確保することも重要な課題である。

ストラテジー&ドメイン ゼネラルパートナー
教育業界で統括業務、事業戦略の立案・推進担当役員を経て、タナベコンサルティングに入社。中長期経営ビジョン策定・組織開発・人材育成を強みとし、経営計画立案と推進を支援する。大手から中堅・中小企業まで多くのクライアントの業績を改善してきた経験を持つ。