未来は待ってくれない
近年、企業経営において「DE&I(多様性、公平性、包括性)」という言葉が頻繁に語られるようになっている。これは企業が未来に向けて持続的に成長するための大事な「経営戦略」である。日本では少子高齢化が進み、人手不足が深刻な課題となっており、従来型の採用・雇用システムのままでは、もはや企業の存続が危ぶまれる時代になっている。
DE&Iの本質は「昭和から続く企業風土の変革」である。変革には痛みが伴う。それでもなお、一歩を踏み出せるかどうかが企業の命運を分けるのだ。DE&Iが企業にもたらすのは、単なるイメージアップだけではない。本気で推進すれば、目に見える形で成果が表れるのだ。ここで、Surpassが支援したA社の事例を紹介したい。
事例:A社(大手商社系ネットワークベンダー)
2012年より、女性中心のセールスBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)サービスで支援を行った。営業プロセスの一部を分担し、営業担当者が提案やクロージングに専念できる環境を整備。また、属人化していた営業のプロセスの見直しを実施した。新しい視点によるマニュアル化を通してノウハウが全て明文化されたことで、セールスBPR※につながった。その結果、営業利益は3年間で5倍に成長し、全社売上高に占める割合も10%から85%に上昇した。
これは「女性×外部視点」が生産性向上と中長期的な売り上げ貢献につながった好例である。DE&Iは、競争力の源泉となり得るのだ。
DE&I推進がもたらす財務的価値は、生産性向上や新たな商品・サービス開発である。さらに、非財務的価値としては、採用競争力や人材定着率の向上があり、これらは事業継続の基盤である「人材確保」に直結する。
女性活躍と就労のミスマッチ解消
私は女性の能力が十分に生かされていない現状について、日本にとってまさに「資源=宝」が眠っているようなものだと感じている。これまで営業職としてさまざまな業界でキャリアを積んできたが、特に法人向け女性営業職の少なさに疑問を抱いたことが、現在の事業を立ち上げるきっかけの1つでもあった。現在、当社では社員の8割が女性であり、管理職の8割を女性が占めている。これは、意図的に日本企業で当たり前とされていることの逆をやってみようと考え、今までの日本にない組織文化を築くための挑戦の1つでもあった。
DE&I推進の第一歩は、女性活躍推進である。しかし、日本全体を見渡すと男女雇用機会均等法が制定されてから40年近く経っていても道半ばであり、特に日本の地方都市においては、男女間の賃金格差・就労格差が大きい。また、テレワークなど柔軟な働き方で安定的かつ収入をしっかりと得られる就労先が不足している。
女性に限らず、若者が地元で働きたいものの仕事がない場合、彼らは地元を離れてしまう。「働きたい」という意欲に対してミスマッチが起こり続けているということだ。この課題を解決するため、当社は2021年に「TECH WOMAN®(テックウーマン)」(【図表】)という取り組みを開始した。
【図表】「TECH WOMAN®」の取り組み
出所 : Surpass資料を基にタナベコンサルティング戦略総合研究所作成
テックウーマンは、Salesforce(セールスフォース)を活用した女性デジタルリスキリング事業である。デジタルスキルの習得研修や実務経験の機会を提供し、その後の就労支援まで行うことで、地方在住の女性の経済的自立と地域経済の活性化の両立を目指す、共創型の取り組みだ。
実際にテックウーマンで学ぶ女性たちは「地元には、時給が高い職がない」「パートではなく、安定的な収入を得られるようになりたい」「夫の転勤で地方に引っ越したが、雇用形態が変わり収入が減ってしまった」「リスキリングで収入とスキルの両面で自分に自信をつけたい」「現在の仕事は、拘束時間が長く勤務形態も不規則なため子どもに寂しい思いをさせているので、在宅でキャリアアップしていきたい」など、さまざまな理由で参加している。
参加者のBさんは、卒業後1年で年収が10倍近くに増加し、地元で収入向上を実現した。テックウーマンは、女性が柔軟な働き方と収入向上を両立するモデルとして、全国展開を予定している。
平等と公平の違い
DE&I推進の鍵は「平等」と「公平」を区別することだ。全ての社員に一律の機会を与えることは「平等」と言えるが、それでは不十分である。異なる背景や能力を持つ個々の社員が真に活躍できるよう、個々の状況に応じた柔軟な支援を提供する「公平」な対応が求められる。
例えば、子育てをする社員には、柔軟な勤務時間や在宅勤務の選択肢が必要となる。一方、若手社員にとってはキャリア成長を支援するための研修やメンターが重要である。このように、一人一人のニーズに合わせたサポートが公平性の実現につながる。
そして、リーダーは社員が安心して意見を述べられる環境をつくることも重要だ。社員が声を上げられない職場では、退職理由すら正確に把握できず、組織の進化が妨げられる。
企業風土変革の第一歩は、トップのコミットメントである。経営層がDE&I推進を強く支持し、その意図を社内全体に共有することで、企業全体が変革の道を進むことが可能となる。その実現においては、トップと人事が企業風土・カルチャー醸成に取り組んでいくことが必要だ。社内のあらゆる場面に起こっている「分断」を修復するように、絶え間なく取り組み続けることが重要である。
ここで、私は今一度問い直したい。あなたは、自社の未来に向けて変革を起こす「強い覚悟」を持てているだろうか。
過去の「成功モデル」は、これからの「停滞モデル」である。これからの時代に選ばれるためには、トップが積極的に「アンラーン(既存の価値観や慣習を手放し、新たな文化にアップデートする)」していく必要がある。「昭和から続く企業風土の変革」の実現の鍵は、トップがどんな企業風土(カルチャー)にするのか解像度を高めることだ。それを社員に話した時、共感できる状態にすることが重要である。
DE&Iは企業が持続可能な未来を築くための手段であり、最終目標ではない。その先にあるのは、イノベーションや競争力の強化だけでなく、次世代が希望を持てる社会の実現である。変わることを恐れず、未来に希望のバトンを渡すこと。それが、私たちの世代の責任だ。私たちは、そんな未来を共に目指し、共に歩む良きパートナーでありたいと願っている。
※ ビジネスプロセス・リエンジニアリング(Business Process Re-engineering)の略称で、プロセスの観点から業務フローや組織構造、情報システムなどを再構築し、業務を改革すること

代表取締役社長
短大卒業後、大手生命保険会社でトップセールスとして活躍。一部上場企業からベンチャー企業まで100 業種以上の営業経験の後、2008 年に女性営業
アウトソーシングのパイオニア、株式会社Surpassを創業。2021 年、徳島市とジェンダー格差改善を目指した連携協定を締結。Forbes JAPAN WOMENAWARD など、女性活躍企業として多数受賞。