インフレモデルへの転換
バブル崩壊を契機とした「失われた30年」が続いた日本経済が今、大きく変わり始めている。一言でいえば「インフレ経済時代の到来」である。
インフレモデルへの転換のポイントは、新たな地域や社会が必要とする価値(=貢献価値)への全力投資、すなわち、明確な戦略方針のもと、「投資できたものが勝つ」である。一つの事例を紹介したい。
事例1:電気工事業A社
A社は創業以来、「職人ファースト」を掲げながらメンテナンス工事を手掛けてきた地域を代表する老舗企業。業績不振から「再成長」へ向け脱皮すべく、2代目社長が打った最初の一手が、「職人の賃金を大幅(2桁近い)に引き上げる決断と現場への権限移譲を同時に行う」ことであった。
仕事量が安定せず、季節的な繁閑差も少なくなかったA社はこれまで、外注活用型のいわゆる「持たざる経営」を企業活動の中心に据えてきた。
しかし、A社社長は「一流の職人を自前で育成し、その人材が活躍できる会社へ変身しなければ、未来はない」、言い換えるなら、「人的資本経営を行う。つまり、働く場所をつくるという『社会課題』と正面から向き合わなければ、一過性の利益は創出できても、持続的成長はない」と考え、人材育成と職人活躍システムへ全てを注力する覚悟で投資する決断を行った。
その結果、現場での働き方改革が進行。職人からの発案で、新たなサービスのアイデアが登場するなどの相乗効果が生まれ、着実に1人当たり利益も向上しつつあるようだ。
A社は「持たざる経営」から投資を積極果敢に行い、「持つ経営」への転換を図り、再成長を遂げている。経営者リーダーシップのマインドセット、すなわちパラダイムシフトが問われていると考えたい。
「行政」も戦略パートナーとして捉えよう
中堅・中小企業における投資原則を一言でいえば「一点突破・全面展開」となる。すなわち、誤解を恐れずに言えば、「全力投資」である。
全力投資が求められるからこそ、経営資源に限りのある中堅・中小企業の鍵となるのが、アライアンス戦略である。企業同士の提携・連携はもちろんだが、それに加えて「行政との戦略的パートナーシップ」が有効な戦略オプションの1つになると提唱したい。
その理由は2つある。1つ目が、多様な社会課題の解決に1社で向き合うには、「ひと、カネ、ネットワーク」に代表されるリソース(経営資源)が決定的に不足してしまうという視点である。そしてもう1つは、地域の成長意欲ある企業を後押しする「行政の政策」が質、量ともにかなり充実してきたことにある。
一例として、経済産業省が2024年に発信した代表的な政策を見ていこう。(【図表1】)
【図表1】政府が成長意欲ある中堅・中小企業をシームレスに支援
出所 : 経済産業省資料を基にタナベコンサルティング戦略総合研究所作成
1つが、3月に公表された「中堅企業成長促進パッケージ」※1だ。本パッケージで政府が初めて「中堅企業」を定義し、地域経済をけん引する存在である中堅企業の成長をサポートする施策を打ち出したのである。
そしてもう1つが、6月に公表された「中小企業の成長経営の実現に向けた研究会 第2次中間報告書」※2である。本報告書では、地域を支える中小企業を100億企業へ成長させるため、①成長機会の発掘・成長に資する経営者ネットワーク、②成長資金の調達、③人材の確保・育成と組織体制の構築、などのサポートを行う方向性を打ち出している。
これらの政策の意図は、構造変化に直面する日本経済・地域経済が発展していくために、積極的に投資や賃上げを行う、「地域経済を先導するような企業」の創出を、従来にないくらいの大胆な施策も加味してシームレスかつ積極的に後押ししていくことである。
一例として、前述の3大リソース「ひと・カネ・ネットワーク」視点で「100億企業創出の加速に向けた論点」※3を俯瞰すると、まず「ひと」に関しては、右腕・中核人材確保支援策や専門機関のハンズオン支援がある。
次に「カネ」。「成長企業」にとって、資金調達の多様化は、大きなテーマだが、地域の中堅・中小企業の特徴の1つである、「オーナーシップ」に配慮しながらも、従来型の金融機関からの借り入れに代表される「デットファイナンス」に加え、「エクイティファイナンス」やデットとエクイティに中間にある、「メザニン」型ファイナンスへの取り組みなどが具体的に提言され、『成長資金』確保のハードルを下げる提言がなされている。
そして「ネットワーク」に関しては、経営者ネットワークの構築など、「地域を元気にする主役である地域企業」を積極支援する政策提言が意欲的に示されており、まさに「地域再成長元年」と捉えられる内容とも言える。
つまり今、成長意欲の高い企業には大きなチャンスが訪れているのだ。あらゆるリソースを活用することで、持続的成長を実現すること、そしてより高くて広い視野での経営者リーダーシップが求められる経営環境になってきているのだと、あらためて提唱したい。
※1 中堅企業等の成長促進に関するワーキンググループ「中堅企業成長促進パッケージ」(2024年3月)
※2、3 中小企業の成長経営の実現に向けた研究会「中小企業の成長経営の実現に向けた研究会 第2次中間報告書」 (2024年6月)
「次代の後継者、経営者リーダーシップ創造なくして企業なし」をコンサルティング信条とし、事業・組織特性を踏まえた、ドメイン・セクター別事業戦略の構築と実装に注力。「ビジョンマネジメント・コンサルティング(VM経営)」を通じ、100年発展モデルへチャレンジする企業・組織の戦略パートナーとして、クライアントから厚い信頼を得ている。