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コンサルティングメソッド

コンサルティング メソッド

タナベコンサルティンググループの各分野のプロフェッショナル・コンサルタントが、経営戦略・事業戦略・組織戦略などの経営メソッドを解説・提言します。
コンサルティングメソッド 2024.06.01

「戦略×成長M&A」で企業価値向上を目指す

丹尾 渉

唯一無二の成長一貫モデルの構築

 

「戦略×成長M&A」は、「戦略なきM&Aは失敗する」ことを表現するためのTCGの造語である。戦略と成長M&A のどちらか一方が欠ければ、成長は「ゼロ」である。「戦略×成長M&A」とは、自社の中長期ビジョン実現のために、企業買収の目的と具体的な候補企業を明確化し、積極的に仕掛け(提案)を行うとともに、それに基づいたM&Aの実行策を組み合わせた一連の流れを指す。

 

企業(譲受側)は、この「戦略×成長M&A」を軸にM&Aを展開することで、さまざまな変化をマネジメントし、企業価値を高めていくのである。

 

基本的なステップは、「中長期ビジョンの策定⇒M&A戦略の策定⇒M&A候補企業の選定⇒M&Aの仕掛け(提案)⇒M&A実行⇒PMI⇒周辺領域の整備」である。

 

 

❶ 中長期ビジョンの策定
全ての出発点は、自社の長期ビジョンであり、そこからバックキャスティングで導かれた中期ビジョンである。この中長期ビジョンの策定によって、定量目標をいつまでに・どのように達成するのかが明確になる。すなわち、現在と目標とのギャップがどのくらいあるのかを見える化することにつながる。このギャップを埋める手段が成長M&Aなのである。

 

 

❷M&A戦略の策定
中長期ビジョン策定の中で事業戦略を検討する。その過程で、事業ごとの伸ばし方については最適な手法を選択する必要がある。例えば、ある事業はM&Aで成長させることが望ましく、別の事業は自力成長が望ましいかもしれない。このような事業ごとの参入戦略を検討し、最終的に各事業をM&Aでどのくらい伸ばすのかを決めたものがM&A戦略である。

 

自社の現状の経営資源を前提に戦略を組み立てようとすると、現在の事業の延長線上で何ができるかという思考になりがちである。だが、M&Aでは「現状の経営資源という制約条件を外し、中長期的に自社はどういう姿になりたいか」という思考で戦略を立てるべきである。M&A戦略を策定することで、「M&Aの目的」を明確にするのである。

 

 

❸M&A候補企業の選定
自社の中長期ビジョンとM&Aの目的を明確にした後、買収候補先の企業を具体化する。まず、候補先の大まかな基準を設定したロングリスト(絞り込む前段階の買収候補先)を作成する。大まかな基準とは、事業(取り扱い商材・サービス)、地域、売上規模などで、この時点では買収の実現可能性を考慮せず、対象範囲内に入る企業を広く列挙していく。

 

作成したロングリストから、事業内容、販売チャネル、地域シェア、製品ブランド力、技術力、株主構成、財務状況などを基準にスクリーニングし、候補先を絞り込んでいく(ショートリストの作成)。その際、マトリクスで分類し、カテゴリーごとにアプローチを整理することも効果的である。

 

 

❹M&Aの仕掛け(提案)
具体的な候補先を選定後、買収を仕掛けていく。“仕掛け”といっても“敵対的”というニュアンスではなく、自社と相手先の成長発展を戦略的に提案する意味合いである。では、どのように買収を提案するのか。これは、相手先の状況によって接触、提案の方法が異なる。

 

例えば、後継者が不在で、事業存続と従業員の雇用維持などオーナーが安心して引退できることが求められる「後継者不在型」、財務状況が芳しくない企業が経営の安定化を図る「企業再生型」、地域・業界で生き残るための「再編型」、経営統合や合併によってトップシェアを握れるなど明確なメリットがある「合理的M&A」が挙げられる。買収候補先の状況に応じて、自社との提携シナジーと相手先のメリットを的確に伝え、提案を行う。

 

提案方法は、自社による直接的な提案も本気度を示す意味で有効だが、自社の素性を知られずに相手先にアプローチをしたい場合もあるだろう。その際は、相手先の取引金融機関やコンサルティング会社など外部の専門家を活用し、ノンネーム(匿名かつ大まかな企業概要)で打診すると良い。

 

 

❺M&Aの実行
M&A戦略が固まったら実行である。M&Aは行動に移さなければ意味がない。相手先へのアプローチを繰り返すことで、最初は断られても道が開ける場合がある。M&Aは長期戦でもある。M&Aの動きを継続し、途中で目的を見失わないように、戦略から実行まで一貫性を持った動きが必要なのである。

 

成長M&Aは、自社のビジョンを高い確率で実現させるための戦略となる。現在のM&Aマーケットは譲渡側に有利な“売り手市場”となっており、譲受側は数少ないチャンスをうかがう形となる。しかし、外部アドバイザーの「持ち込み案件待ち」だけでは、自社のビジョン実現の確度は高まらない。しっかりとした中長期戦略を立て、買収の候補企業をアウトプットすることで、持ち込み案件への適切な検討が可能となる。

 

 

❻PMI
M&Aは譲渡を完了して終わりではない。最も重要なことは、M&A実行前に検討したM&A戦略に従ってシナジーを生み出せているかどうかである。ただし、実はシナジーの創出がM&Aにおいて最も難しいといわれている。M&Aを提案する中で、「以前にM&Aを実行したとき、買収した会社の社員が全て退職してしまった」「買収前より対象企業の売上高が減少した」などという話を耳にすることがある。これらは後工程であるPMIがうまくいっていない事例と言える。

 

PMIのフェーズでは「現状認識」によって相手を知り、どのような流れでPMIを実行するのか時間軸を決めることが重要である。

 

PMIは、「早く着手する」ことがベストである。M&Aの実行時、譲渡企業の社員からすれば、自社のオーナーが変わったところで職場環境や待遇面が変わらないと、M&Aによる変化を日常的に実感できる機会は少ない。変化がない状況に慣れてしまうと、社内の雰囲気はM&A実行前と変わらず、新しいことを実行する機運が高まりにくくなる。

 

シナジーとは「成功体験の積み重ね」である。小さくても構わないが、早く実績をつくり出し、その成果を社内で発信することにより、変化を実感させることが重要である。

 

 

❼ 周辺領域の整備
成長M&Aの実行に合わせて組織は拡大していく。拡大する組織を同時に整備していくことも成長の重要な要素である。組織変革やホールディング経営への移行、人事制度の整備など、成長M&Aの効果を最大化させる方法は多岐にわたっており、実装フェーズではこれらの手法も合わせて検討する必要がある。

 

 

「現状維持」から「成長軌道」へ

 

冒頭でも述べた通り、戦略構築と実行手段はセットで考えなければならない。環境変化に強い事業ポートフォリオは、常に変化に合わせた組み換えを行うことができるものである。事業の数を増減させたり、事業におけるバリューチェーンを強化したりする策を検討する過程で、成長M&Aは欠かせない手段となる。

 

成長M&Aは1回実行して終わりではない。戦略に合わせて何回も実行する場面が出てくるかもしれない。M&Aを活用して成長している“M&A巧者”は、M&A戦略、具体的な候補企業、買収後のモニタリング(効果測定)を持ち合わせている。これからM&Aに取り組む企業は、M&Aを成功に導く準備をしておくことが必須である。(【図表2】)

 

【図表2】M&A実行のためのチェックリスト
【図表2】M&A実行のためのチェックリスト
出所 : タナベコンサルティング戦略総合研究所作成

 

 

TCGが提言する「戦略×成長M&A」を駆使し、現状維持の戦略から成長軌道へ乗せる戦略へ転換を図り、企業価値向上をともに実現していこう。

 

タナベコンサルティンググループ丹尾渉著、戦略総合研究所監修「M&A成長戦略」(ダイヤモンド社、2024年)
タナベコンサルティンググループ丹尾渉著、戦略総合研究所監修「M&A成長戦略」(ダイヤモンド社、2024年)

 

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PROFILE
著者画像
丹尾 渉
Wataru Nio
タナベコンサルティング 執行役員
2015年タナベ経営(現タナベコンサルティング)入社後、収益・財務構造改革を中心に、資本政策や組織再編コンサルティングなどに従事。2017年からM&Aコンサルティング本部の立ち上げに参画。M&A戦略構築からアドバイザリー、PMIまでオリジナルメソッドを開発。その後6年間で延べ100件以上のM&Aコンサルティングに携わる。「戦略なくしてM&Aなし」をモットーに、大手から中堅・中小企業のM&Aを通じた成長支援を数多く手掛けている。