メインビジュアルの画像
コンサルティングメソッド

コンサルティング メソッド

タナベコンサルティンググループの各分野のプロフェッショナル・コンサルタントが、経営戦略・事業戦略・組織戦略などの経営メソッドを解説・提言します。
コンサルティングメソッド 2024.07.01

企業の持続的成長に不可欠な人事労務機能の強化

西村 直人

人事労務機能におけるマネジメントの壁

 

「人的資本経営」と声高に叫ばれる前から、タナベコンサルティングでは人的資本の重要性を提言してきた。

 

魅力的な市場に身を置いたり、優位性のあるビジネスモデルを有したりすることで、堅調に売り上げや従業員数、拠点を拡大してきた企業においても、売り上げ規模が100億円、300億円、500億円を超える際にそれぞれ整えなければならない課題がある。

 

筆者が支援してきたクライアントは、事業環境の影響で伸び悩んでいる企業よりも、人事労務機能におけるマネジメントの壁を乗り超えられずに伸び悩んでいる企業が多い。人材の採用・定着に苦戦する企業や、適切な成果配分に悩む企業、組織戦略・体制がいびつな企業など、人事労務機能におけるマネジメントの壁は多くの企業を悩ませている。

 

人事労務機能は、他の機能と一部異なり、売り上げ規模だけでなく、従業員数も参考にする必要がある。事業モデルによっても異なるため、まずは従業員数を指標にすると良い。

 

 

マネジメント体制の変革

 

売り上げ規模100億円(従業員数100~300名未満)は「組織経営の壁」があり、経営者1人でマネジメントできる範囲を超えるステージであるため、経営幹部によるマネジメント体制へと移行する必要がある。まずは、次の3つを押さえていただきたい。

 

❶ 職務権限規程の制定
部課長による意思決定ができるマネジメント体制へと移行するために、職務権限規程の制定が不可欠である。この規模の企業の多くは、組織の価値判断基準をそろえるためのマネジメント研修を盛んに行っている。経営者と同じ立場に立ち、同じ判断ができる幹部の育成は、組織経営において大きなファクターである。

 

❷ 方針管理の導入
幹部による意思決定を支えるために、部門の方針を策定し、部門管理が行える体制を整えることが重要だ。部門業績に責任を持ち、方針を推進し、成果につなげ、その成果を経営陣に報告する。この一連の流れを機能させた幹部による部門経営の実現が求められる。ただし、要件に満たない一部の幹部により、経営者が現場まで降りてしまい、機能しなくなるケースも見られる。

 

❸ 役職定年制の検討・幹部のキャリアパス設定
幹部の要件に満たない幹部の多くは、100億円規模となるまで経営者がかじ取りを行っていたため、部門経営を求められなかった古参幹部に多い。役職定年制はポストを空けることが目的ではなく、組織規模に合わせた適切な新陳代謝が第一義の目的となる。新たな組織経営の考えに合わない、能力の満たない幹部には第一線を退いてもらい、後進育成やベテランプレイヤーとして活躍してもらう新たなキャリアの設定も重要である。

 

 

人的資本の最適化

 

売り上げ規模300億円(従業員数300名~1000名未満)は「事業領域の壁」である。この規模になると、分社化やM&Aなどによりグループ経営へと移行し、人的資本は分散する。最悪のケースは、人的資本(特に優秀社員)を抱え込み、部分最適が生じることである。それらも見越して、次の3つの重要事項を取り上げたい。

 

❶ 中期ビジョンによるモラールアップ
処遇面でのモラールアップ(集団の士気向上)は十分に手を尽くしている。その上で、社員のモラールを上げるためには、グループ間シナジーを発揮し、実現するビジョンが必要だ。グループ経営へ移行すると遠心力が強まるため、あらためて組織の求心力を高め、一枚岩としてシナジーを発揮するような道しるべが必要である。

 

❷CDP導入・社内FA制度の検討
組織が分化していくと、自分の所属する事業と異なる分野の理解が薄らいでいく。それらを防ぐために、グループ横断のCDP(キャリアデベロップメントプログラム)導入※1、社内FA(フリーエージェント)制度※2で人的資本をグループ全体最適で運用し、社員には多様な経験を積ませ、リテンション(人材の流出防止)につなげる。

 

❸教育専門部門の設置・人材開発部門の充実
前述の取り組みを旗振りし、効果を高めるための専門部隊を設置する。事業領域を広げるフェーズにあるからこそ、中にも目を向けて、人的資本の最適化を図る施策を打つことが重要なポイントとなる。

 

 

レピュテーションリスク※3の注意と人材発掘・育成

 

売り上げ規模500億円(従業員数1000名以上)は「ナンバーワンの壁」である。事業の多角化により、ライバル会社に対して優位性を持った業界トップを狙える位置にある段階だ。

 

業界内・外における知名度も高く、社会に与える影響が強まる中、コンプライアンス違反などのレピュテーションリスクに注意を払う必要がある。また、次世代人材の発掘・育成にも先行で力を入れていただきたい。

 

❶「サクセッションプラン」の運用と次世代経営者の育成
「サクセッションプラン」とは、経営戦略上の重要ポストが将来欠けないように、候補者を前もって育成することを指す。そのためには、経営戦略において、どのような経験値や知見が必要であるかを見定め、若手・中堅階層まで対象を広げて発掘・育成・選抜していくことが求められる。上場企業は、「コーポレートガバナンス・コード」の策定義務があるが、非上場企業も策定していただきたい。

 

企業が持続的に成長する上で、人事労務機能の強化は不可欠である。組織規模に応じて、打つ手は変わる。よくあるケースとして、組織規模が大きくなっても、中身が変わっていないことが挙げられる。冒頭にも申し上げたように、人的資本への投資を止めることなく実施し、マネジメントの壁を乗り越えていただきたい。

 

※1 社員のキャリア・能力開発を目的とした中長期の育成計画
※2 一定の要件を満たした社員が希望する部署へ異動できる制度
※3 企業の評判から生まれる損失リスク

 

【図表】人事労務機能のチェック項目(売り上げ規模、従業員数規模別)

出所 : タナベコンサルティング戦略総合研究所作成

PROFILE
著者画像
西村 直人
Naoto Nishimura
タナベコンサルティング HR ゼネラルパートナー
「人は変わる、変えられる」を信条に、人事制度構築や人材育成の仕組みづくりなど人事全般のコンサルティング活動を展開中。また、人材育成コンサルティングでは、経営者から新入社員までのプログラムの設計・運営で幅広く活躍。特に、幹部~若手クラスの人材育成のノウハウに定評がある。