事業ポートフォリオとは、企業が運営する事業・プロジェクトの集合を指す。また、事業ポートフォリオ戦略とは、「高い成長性・収益性が見込める自社の事業はどれか」を分析し、事業の設計図を描き、推進することを言う。企業が持続的に成長していくためには、既存事業の強化や成長事業への投資など経営資源(ヒト・モノ・カネ)の適切な再配分が重要であり、複数の事業を組み合わせることで、より大きなシナジー(相乗効果)を生み出すこともできる。
事業ポートフォリオ戦略の構築には、まず自社のミッションの再定義と、ドメイン(事業領域)の明確化が必要である。「自社は何のために存在するのか」という企業としての在り方を定めた上で、どのドメインで事業を展開するのかを決める。
次に、「事業ポートフォリオの分析マトリクス」を用いて自社の事業分析を行う。縦軸に「市場の成長性」、横軸に「事業の収益性」を置き、それぞれの組み合わせで「主力事業」「育成事業」「収益事業」「判断事業」の4象限に分ける。(【図表1】)
【図表1】事業ポートフォリオの分析マトリクス
出所 : タナベコンサルティング戦略総合研究所作成
自社の全事業をプロットし、各事業がどの区分になるのかと、事業構成を明確にする。
主力事業には、自社の基幹事業としてエリア・業界でナンバーワンポジションにするため、経営資源を投下する。育成事業は、商品・サービスの向上、コストダウンを図り、第2の事業の柱となるよう資源を投下する。外部アドバイザーや他社との連携、M&Aも有効である。
収益事業は、成長性は見込めないものの高い収益を望めるため、商圏・販売戦略を再設定する。判断事業は、成長性・収益性ともに低いため、撤退も視野に事業縮小を検討する。
M&Aの判断基準を明確にしたA社の事例
こうした事業ポートフォリオ戦略に基づき、M&Aに取り組むA社を紹介する。A社は、創業130年以上、年商150億円、グループ社員数500名の建設会社である。A社は、2016年ごろからM&Aに積極的に取り組み、現在はグループ10社を擁する企業へと成長を遂げている。A社では、まず「なぜM&Aを行うのか」を明確にした。A社がM&Aに取り組む理由は主に次の4点である。
❶ 業界の後継者不足解決
❷ 建設業界特有の重層構造による業務の非効率性の改善とコストダウン
❸ PMI(経営統合プロセス)による経営水準のレベルアップと生産性の改善
❹ グループ全体での人材採用の推進による人材育成・開発機能の向上
A社は、「業界の課題を解決する」というミッションのもと、M&Aに取り組む判断基準を設定し、成長を続けている。A社のM&A戦略(【図表2】)は、次の3ステップで進める。
【図表2】A社が進めるM&A戦略
出所 : タナベコンサルティング戦略総合研究所作成
❶ 垂直統合による内製化
川上業務である点検・設計から、川下業務の特殊コンクリート製造まで内製化。
❷ M&Aによるグループ内製化
鋼材製造や塗装などを手掛ける企業を買収することで、グループとして内製化を図り、周辺領域の機能拡大、エリア拡大を図る。
❸ PMIによる経営改善・利益改善
グループ全体としての営業展開や集中購買、グループ各社の技術を利用したソリューション提供が可能になる。また、仕入れコストの削減を図ることで、結果として顧客への提供サービスの付加価値が向上し、グループ全体のシェア拡大、ブランド力の向上、収益改善につながっている。
M&A戦略とHR戦略の連携
A社はM&A実施後、グループ全体の共通の価値観に基づいてさらなる成長を図るために、HR (人的資源)戦略との連携も進めている。
例えば、グループ各社から選抜した社員でプロジェクトチームを組成し、理念の実現に向けた考え方と価値観、行動規範を策定後、浸透研修などを行っている。行動規範は、基本事項・人材・製品・ブランド・組織チーム・安全・リスクに関する7分類42項目で構成。各項目をグループ各社の社員が協議し、策定することで、それぞれが培ってきた考え方を生かし、グループ全体の成長につなげるための「基本となる考え・判断基準」を統一している。また、判断基準が明確になることで、現場で判断に迷わない、リスク回避が可能となる。
さらに、人材活躍を支える「採用・育成・定着」の3大機能の強化も図る。
採用については、グループ全体での採用活動・共通プラットフォームを構築。約50のエージェントやサーチファームと提携し、採用の母集団の拡大、グループ各社を紹介する職場見学会の開催など、グループ一体となって採用活動を進める。
育成については、デジタル学習とリアル研修を取り入れたハイブリッド型の社内大学を創設し、グループ社員は、300以上の充実した教育コンテンツで学ぶことができる。
定着については、福利厚生制度の充実である。例えば、確定拠出年金制度や借上社宅制度の導入だ。1社単独では実現が難しかった仕組みも、資本提携により グループに参画することで、社員の待遇を改善している。
事業ポートフォリオ戦略に基づき、M&Aを行う。そして、M&A実施後も、グループ各社の社員が活躍し、定着できる土壌を整備する。これこそ、グループの中核となる会社が果たすべき役割だ。まずは、事業ポートフォリオ戦略を策定、推進し、持続的な企業成長を実現していただきたい。
BtoCサービス事業を全国展開する上場企業に勤務し、経営企画、店舗開発、FC加盟店開発、新規事業立ち上げを経験後、タナベコンサルティング入社。主に建設業における事業戦略構築、人材育成、働き方改革推進を得意とし、大手から中堅・中小企業まで全国で多数の実績を有する。