物流・運送業界の「2024年問題」と言われる時間外労働の上限規制の適用が始まった。これは働き方改革関連法案の一環として、ドライバーの時間外労働時間上限を年間960時間以内に収め、労働環境を改善することを目的とするものであるが、実際にはそれほど単純ではない。
物流市場の約7割※1を占めるトラック輸送業では、これまでドライバーの長時間労働に支えられながら事業を運営してきた企業が多い。1人当たりの労働時間短縮によって新たなドライバーの確保が必要となるが、採用難と従業員の離職ですでに慢性的な人手不足が続いている。人手不足は国内のほとんどの産業が抱える課題であるが、物流業や建設業では特に深刻な状況にある。
ドライバーが確保できなければ仕事を受注できなくなるだけでなく、乗り手のいないトラックなどの資産遊休化で経営効率が悪化し、固定費負担が収益に重くのしかかるといった悪影響も及ぼす。
近年は人手不足の影響による倒産が急増しているが、物流業は建設業同様、倒産件数が多い。規模別では、従業員10人未満の企業が6割超※2を占め、体力のない中小企業が淘汰の波にさらされている。
一方、大手企業を中心に従業員の確保を急ピッチで進める企業も増え、M&Aが活性化している。中小企業は福利厚生や賃金などで大手と比べて見劣りする場合が多く、人材獲得力の差が顕著となり、資本力を背景とした買収企業と被買収企業の2極化が進んでいる。
また、物流業界ではドライバーの高齢化といった問題も抱えている。ドライバーの年齢層は40歳代以上が中心で20歳代、30歳代の若手人材層は極めて少なく、20歳代は全体の10%にも満たない※3。つまり、今は人手を確保できている企業でも、将来にはひっ迫する状況が予測され、物流業界は今後ますます厳しい経営環境に直面すると考えられる。
生産性向上による賃金アップが不可欠
物流業における今後の事業継続、および競争力確保には若手人材の確保が不可欠であるが、なかなか人が集まらない。その一番の要因は賃金水準の低さだろう。トラック運転手の年間労働時間は全産業と比較して約2割長く、年間所得額は1、2割低い※4。他の産業も含め、日本全体が他国に比べ相対的な賃金水準が低下している中での差異であり、深刻な問題と捉えるべきである。
物流業界では、時間外労働上限規制の他にもモーダルシフトなどの社会環境変化もあり、労働時間は今後一層の減少傾向が推測される。よって、これまでのような労働時間に比例して報酬が増えていく前時代的な報酬制度は、すでに限界を迎えていると言える。歩合いで稼ぐ仕組みではなく、固定給の割合を高め、エンゲージメントの向上による労働生産性の向上を目指すことが、労働力不足を補う意味でも不可欠だ。
さらに、物流業界に限らず日本全体の課題であるが、米ギャラップ社の調査によると日本はエンゲージメントの高い社員の割合がわずか5%にとどまり、4年連続で過去最低を記録。OECD加盟国平均の20%を15ポイント下回っている※5。
また、各社報道でも周知の通り、内閣府の発表した日本の2023年名目GDPは世界4位、1人当たり名目GDP(2022年)はG7で最下位へ後退した。
人手の確保には賃上げが求められるが、こうした現状を踏まえると中小企業の賃上げの余力は乏しい状況にあることが分かる。企業の利益が賃金に回る割合を示す労働分配率は、大企業が52.4%であるのに対し、中規模企業は78.8%、小規模企業は91.0%で高止まりしている※6。
考えられる対策としては「生産性向上」と「価格転嫁」を進めるほかはなく、取引先である大企業への取引価格への転嫁などによる賃上げの環境整備は欠かせない。ただ、政策的な後押しはあるものの、取引先(中小企業)の原材料費や労務費の上昇分を購買価格に反映する大企業の割合は高くない。特に、取引先が少なく1社への依存度が高いと価格転嫁の交渉がしにくいなど、中小企業の価格転嫁は難しい現実がある。
そうなると、賃上げ余力の確保として自社の企業努力で進められる「生産性向上」に真剣に取り組むことが、企業の生き残りには不可欠である。
DX推進による労働生産性向上
従来型のビジネスモデルでは立ち行かなくなった現在、物流業界ではデジタル化を通じた業務の合理化推進のほか、他業種とのサプライチェーン全体の最適化や同業者による共同物流、他地域とのリレー配送といった新たなビジネスモデルを構築していくことが求められる。
しかし、物流業界に限らず中小企業全般に言えることだが、企業のDX推進はあまり進んでいないのが現状である。タナベコンサルティングの調査結果では、「DXの取り組み進捗度に対する自社評価」について「全体的にまだ不十分」が3割を占めている。不十分である理由は各社まちまちだが、「ITやDX推進に関わる人材不足」を挙げる企業は多い。
DXの推進力を高めるには、外部リソースを活用するのが有効だ。タナベコンサルティンググループ(TCG)は古くから中小企業の経営者と接しており、中小企業経営の強みもつらさも熟知している。
また、DXの本質も理解しており、単なるデジタル化(ペーパレス)やIT化を目指すのではなく、デジタル技術を活用してイノベーションを起こすことに主眼を置き、【図表】のような基盤と条件を整えてDXをサポートすることが可能だ。
【図表】DXを実現する運行管理基盤と情報基盤の条件
出所 : グローウィン・パートナーズおよびタナベコンサルティングにて作成
TCGはデジタル化を進めるソリューションの一つとして、運用負荷の少ないシステムを組み合わせた「物流業DX Cloud」を提供している。
会計や人事労務管理などのバックオフィス業務機能と、受発注、配送管理、請求売上、車両管理などのロジスティクス業務機能をまとめて提供するプロダクトである。こうしたリソースやプロダクトを活用し、自社に合ったDXへの取り組みを進めてほしい。
DXは経営者が積極的に関与する企業ほど進み、労働生産性にプラスの影響がある。経営者や経営層は、デジタル化関連予算を確保し、IT投資が機動的に行えるようにすることが重要といえよう。
※1 全日本トラック協会「日本のトラック輸送産業現状と課題2023」
※2 東京商工リサーチ「TSRデータインサイト2023年の運送業の倒産 過去10年で最多の328件『2024年問題』を前に、『燃料高』と『人手不足』が直撃」(2024年1月12日)
※3、4 国土交通省「トラック運送業の現状等について」
※5 ギャラップ「2023年版ギャラップ職場の従業員意識調査:日本の職場の現状」(2023年10月)
※6 中小企業庁「2023年版中小企業白書 小規模企業白書」(2023年5月)
金融機関系ITベンダーにて、システム運用、システム開発(SE、PM)、品質保証(PMO、SQA)、企画管理業務などを歴任後、グループ内のコンサル会社に転籍し、IT・セキュリティーコンサルティング、プロジェクトマネジメント支援業務などに従事。2023年1月グローウィン・パートナーズにITコンサルタントとして入社。高度なITスキルを生かし、さまざまな業種のERP導入支援業務に従事している。システム監査技術者ITストラテジスト。