インドネシアは約1万8000もの島々が広がる島国である。その広大な国土には、独自の言語・文化・信仰を有する約300~350の民族が分布しており、世界有数の多民族国家を形成している。UNFPA(国際連合人口基金)の「世界人口白書2023」(2023年4月)によると、インドネシアの人口は2億7750万人と米国(3億4000万人)に次ぐ世界第4位である。首都・ジャカルタの人口は1000万人を超え、ASEAN(東南アジア諸国連合)トップの消費市場であることはまぎれもない事実だ。
また、人口の平均年齢が約30歳で、生産年齢人口の占める割合が70%を超えている(Dadax社「Worldometer」統計データ)。さらに、ジェトロ(日本貿易振興機構)ジャカルタ事務所の「インドネシアの最新情勢について」(2022年10月)によると、人口ボーナス(総人口に占める生産年齢人口の割合が上昇し、経済成長が促される時期)は2040年ごろまで継続すると推測されており、次期経済大国として高い注目を集めている。
このような背景から、日本企業におけるグローバル事業拡大先としてインドネシアを挙げる企業は多い。ジェトロの「2022年度 日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」(2023年2月)では、今後の事業拡大先(上位10カ国・地域)の6位(13.3%)がインドネシアである。
筆者は、2014~2015年にかけてインドネシアのジャカルタに交換留学し、2017~2023年にかけて日系現地法人で勤務していた。同社の立ち上げ時に入社し、法人営業、パートナー開拓、営業企画、新規事業、プロジェクトマネジメントなどを6年間経験した。
本稿では、日本企業のグローバル進出・拡大先として有望な消費マーケットであるインドネシアの市場構造を読み解いていく。また、インドネシア市場の重要要素であるスーパーアプリを例に、2015~2020年にかけて急発展を遂げたインドネシアのデジタルイノベーションに関して、現地での体験を踏まえ紹介する。
高い経済成長率を維持
インドネシアは外需減退の影響を受けながらも、内需の増加、入国規制緩和による外国人観光客数の急速な回復によって、高い経済成長率を維持している。これは、2023年10月に発表されたADB(アジア開発銀行)の「Asian Development Outlook (ADO) September 2023」からも読み取れる。もともと外需への依存度が低く、内需主導型の経済構造であったことに加え、中間所得層の著しい増加がその原動力となっている。
前述の「インドネシアの最新情勢について」によると、2020年には総人口に占める中間所得層の割合が70%を超え、2030年には80%を超えると予測されている。
また、IMF(国際通貨基金)の「世界経済見通し」(2023年4月)を見ると、インドネシアの1人当たりの購買力平価GDP(国間で取引されている商品の交換比率)は、ASEAN10カ国中5位、世界191カ国中99位の1万4687米ドルであり、日本の3分の1の水準である。
しかし、人口ボーナスに裏付けられた生産年齢人口の増加率を考慮した場合、インドネシアは今後も安定的な市場成長が期待できる。1人当たりの購買力平価GDPも着実に伸びており、今後、耐久消費財の普及率も比例して増加すると推測される。
このような理由から、個人消費額の増加は明らかであり、海外進出に後れを取っている日本企業にとっても魅力的な市場である。
インドネシアに起きたソーシャルイノベーションと日本企業の活路
現在のインドネシア経済を理解する上で重要となるのが、オンライン配車・配送サービス「Gojek(ゴジェック)」を運営するデカコーン企業(ユニコーン企業のうち100億米ドル以上の評価額が付けられている企業)のGojek社と、インドネシア最大のECプラットフォーム「Tokopedia(トコペディア)」を運営するEコマース領域のユニコーン企業(創業から10年以内、企業評価額が10億ドル以上の未上場のベンチャー企業)Tokopedia社の合併による“経済のDX”である。
Gojek社は2010年に創業し、サービスの本格展開からわずか5年で、時価総額4兆円に迫るインドネシア屈指の上場企業に成長した。この著しい成長は、リープフロッグ(社会インフラが未整備な国や地域が最先端技術を導入し、新しいテクノロジーやデジタルサービスが一気に広まる現象)とともにあった。
筆者は、Gojek社のオンラインバイクタクシー配車アプリがジャカルタ首都圏で本格的に普及し始めた2014~2015年にかけてジャカルタに留学しており、このスーパーアプリが起こしたソーシャルイノベーションを目の当たりにした。
日本と比較し、インドネシアの交通インフラは、インフォーマルセクター(法的な手続きを取っていない企業の経済活動)を含めバラエティーに富んでいる。ポジティブに聞こえるが、煩わしいのがラストワンマイルである。ここでバイクタクシーを検討することが多いが、バスや乗り合いのバンを降りた周辺にバイクタクシーは待機しておらず、交通難民となることもあった。
バイクタクシーに乗車できたとしても、ここから運賃の交渉が始まる。土地勘のない地域では道のりの見当が付かなければ、言い値を何とか値切るしかない。これが2014年ごろのインドネシアの常識であった。しかし、Gojekの普及により、ピックアップポイントから目的地まで事前にアプリで表示された金額で移動することが可能となった。
また、筆者が2017年の初めにインドネシア勤務となりジャカルタへ戻ると、物流インフラも進化を遂げていた。2014年に日本のソフトバンクグループ、中国のアリババなどからの出資を受けて事業を拡大させたTokopedia社とGojek社の連携により、配送や郵便、フードデリバリー、買い物代行、乗用車のライドシェア、トラックのオンライン配車サービスによる引っ越しまで、アプリ1つで可能となった。
交通・物流サービス以外にも、ハウスクリーニングやマッサージ、バイク・自動車の修理、エアコンのメンテナンス、医師によるオンライン診療、薬のデリバリーといったさまざまなニーズに対応し、インドネシアの人々の生活に関わるほぼ全てをカバーするスーパーアプリとなったのだ。
日本と比較し、インドネシアをはじめとする新興国では、Gojek社のように日常的な煩わしさをDXで解決し、ソーシャルイノベーションを起こす有力なスタートアップが生まれやすい環境にある。また、このような勢いのあるスタートアップに投資する大手日本企業も多い。さらに、重要な成長マーケットとして、すでに多くの日本企業、外資企業が参入していることは周知の事実である。
日本企業によるインドネシアへの事業展開は現時点でも遅くはなく、むしろ、これから進出を検討する日本の消費財メーカーやBtoCサービス業の中堅・中小企業にとってもチャンスである。その理由は次の3つだ。
❶ 今後も継続する人口ボーナスと厚みのある潜在的消費者層に裏付けされた、市場の高い成長性
❷ 消費の基盤となるスーパーアプリと独自の交通インフラを活用した、高速かつ安定した物流網
❸ CX(顧客体験価値)の向上を目指し、トライアンドエラーを繰り返しながら新たなビジネスを創造できる環境
インドネシアは、事業の海外進出先としてはもちろんのこと、すでに展開している海外事業の拡大先としても非常に魅力的な国である。