バリューチェーン変革による“価値連鎖”
世界経済は、2020年のコロナパンデミックによる「同時リセット」、2021年の米中対立による「分断経済」を経て、2022年には「インフレ」が始まった。その影響を受けて、大手・中堅企業、中小企業には、①新たな顧客が創造できていない(顧客の固定化)、②価格転嫁ができていない(消費者物価の3%アップに対して企業物価は9%アップ)、③人材不足(中小企業の賃金アップは30年間で3%)という課題が突き付けられている。
こうした深刻な状況を打破するには、環境の大転換に対応しなければならない。それを推し進めるキーワードが「バリューチェーン(価値の連鎖)」であり、新しい(シン)未来を創る、真(シン)のバリューチェーン構築への挑戦が求められる。
「シン・バリューチェーン戦略」においては、“価格転嫁”よりも“価値転嫁”が優先される。価値転嫁はバリューチェーンの変革によってもたらされ、この変革を実現するためには、「価値を高めよう」とするマインドセットと新しい経営技術が必要になる。
新しい経営技術とは、①M&A(アライアンス)、②新事業創出、③人的資本(仕組み)強化、④DX(デジタル活用)、⑤ブランディング、⑥グローバル(エリア拡大)の6つである。これらを従来のバリューチェーンに掛け合わせてダイナミックに再設計し、数多くの顧客へ高い価値を届ける。それによって価格と賃金を上げ、新しい会社に生まれ変わるというのが、シン・バリューチェーン戦略のコンセプトだ。
潮流変化で移ろう市場環境に適応
バリューチェーンの変革が求められる背景には、経営環境の急速な変化がある。タナベコンサルティングは、「企業は環境適応業」と長年にわたり訴求してきた。環境適応とは「変化する市場に迅速・正確に対応できるノウハウ」と換言できよう。
昨今の世界経済を俯瞰すると、①安全保障分野で加速する技術革新、②サプライチェーンの混乱が招く調達革新、③デジタルの急速な発達によるビジネス革新、④質的充実への投資が加速する社会、⑤金利上昇と為替変動を踏まえた経済活動の転換、⑥中国離れという潮流変化が起きている。
その中の代表的な変化と言える「③デジタルの急速な発達によるビジネス革新」について解説する。
ビジネス革新をもたらすと期待されるDXは、「ビジネスモデルDX」「マーケティングDX」「マネジメントDX」「HR(人事)DX」の4つに分類できる。その背景にあるのが「デジタル化と顧客の固定化」だ。
以前、講演会で「過去10年間でスマートフォンのキャリアを変更した人はいますか?」と質問したところ、40歳以上の男性の約9割が変更していなかった。これはデジタル化が顧客の固定化につながるという1つの事例である。
経営戦略に関しても、今やデジタル化を無視した戦略策定はあり得ない。タナベコンサルティングでは「デジタル化の3段階」を常に提言している。
第1段階はZoomやSlack、Teamsなどのデジタルツールの活用。第2段階は、これらのデジタルツールと会社の基幹システムの連携により生産性を改善。Zoomを使った商談や会議を実施して生産性を上げるといった段階である。
第3段階は、全ての業務がデジタルでつながること。データの蓄積と可視化が実現し、どのような業務やプロセスが課題なのかが解明できるようになる。
もう1つの代表的な変化は、「④質的充実への投資が加速する社会」である。質的充実への投資とは「共通価値への投資」であり、「非財務情報の開示」でもある。これには、ESG(環境・社会・ガバナンス)投資と人的資本投資がある。
ESG投資は、ISO14001(環境マネジメントに対する国際認証)やCSR(企業の社会的責任)、SDGs、カーボンニュートラルなどとコンセプトが近似しており、これからも呼び名を変えながら継続すると思われる。
また、人的資本は、人材の持つ能力を投資の対象とする考え方で、日本でも2022年 8 月に政府が「人的資本可視化指針」を公表し、人的資本に関して日本企業として開示が望ましい項目案が具体的に示された。今後、開示情報が増えれば、世界の投資家による企業の選別が一段と加速するとみられている。
価値を上げ、価格と賃金を上げる
次に考えていただきたいのは、マインドを変えて好循環サイクルを確立することである。【図表】の左側が悪循環となる「受け」のサイクルで、右側が好循環となる「攻め」のサイクルだ。
【図表】投資マインドを変えて好循環サイクルを確立する
出所 : タナベコンサルティング作成
日本企業による投資活動は2013年以降低調となり、成長に向けた国内への投資が十分に行われなかった。特に「賃金はコスト」と捉えられる傾向が強く、人への投資が十分ではなかった。しかし、原価は上昇する一方であり、労働力も売り手市場の中では、賃金を上げなければ人材確保が難しくなっている。
今後は、事業や人材への積極的な投資による高付加価値化を通じて競争力や生産性を向上させ、好循環サイクルを確立することが求められる。このサイクルを回すことで、積極的な事業への投資はもちろん、非財務情報と無形資産への投資も強化し、新たな価値を創造していただきたい。つまり、価値転嫁へ向けたマインドセットを行い、自社のバリューチェーンプロセス(開発・技術、購買、販売、生産、物流など)のどのプロセスへ、6つの経営技術のどれを導入して強化を図るのかを考えるということだ。
最後に、バリューチェーン戦略構築時の留意点を述べる。まず、「最先端の技術は、最先端の思考をもたらし、最先端の市場を創造する」と肝に銘じること。
次に、「可視化」に努めること。絵や図として表す方が、言葉で説明するよりも理解しやすい。
そして、「ファーストコールカンパニー(顧客から一番に選ばれる会社)」を目指すこと。タナベコンサルティングは2014年からこれを訴求しているが、ファーストコールとは「ポジショニング」である。顧客にとってのファーストコールに位置するにはどうすれば良いのかを熟考する。これが、経営戦略の核心である。
ぜひ、バリューチェーン変革によって価値を向上させ、価格と賃金を上げて、新しい会社へと生まれ変わっていただきたい。
PROFILE
槇本 康範
Yasunori Makimoto
タナベコンサルティング 上席執行役員
戦略立案・企業再建を中心に、多くの有力企業への経営コンサルティングで実績を残す。特に事業再生においては、収益構造改革・企業体質転換の実績が多い。地域金融機関のパートナーとして、地域企業の再建・再生・成長に向けた事業再生を数多く手掛け、金融機関とクライアント企業の双方から高い信頼を得ている。