シン・バリューチェーンに投資し、その一貫性をデザインする
タナベコンサルティンググループ(TCG)では、「無形資産に対する投資が企業の競争力を高める」と提言している。すなわち、「シン・バリューチェーン」へ投資し、新たな価値の創造に取り組まねばならない。
バリューチェーンは文字通り「価値の連鎖」であり、シン・バリューチェーン戦略とは「価格転嫁を超える『価値転嫁』を実現し、新たな価値を創り、新しくつなぐ戦略」である。
シン・バリューチェーン戦略には、パーパスを起点に、事業戦略(ビジネスモデル)、組織、経営システム、人的資本を貫く一貫性をデザインすることが求められる(【図表1】)。なお、シン・バリューチェーン戦略の構築においては、企業規模・業種・業界にかかわらず、自社の原点からバリューチェーンの価値を明確にする必要がある。
【図表1】パーパスから始まるシン・バリューチェーン戦略
出所 : タナベコンサルティング作成
TCGでは、パーパスを企業の「貢献価値」と捉えている。「マネジメントの父」と呼ばれる経営学者ピーター・ドラッカーは会社の「存在価値」の重要性を説いたが、もはや存在価値が明確なだけでは顧客の支持を得られなくなってきた。存在価値に加え、明確な貢献価値が必要なのである。
シン・バリューチェーンの3つのモデル
シン・バリューチェーン戦略には次の3つのモデルがある。(【図表2】)
【図表2】シン・バリューチェーン戦略の3つのモデル
出所 : タナベコンサルティング作成
❶ 変化させる(イノベーション)
顧客の価値観や環境の変化に合わせてバリューチェーンを変化させる戦略。「既存のバリューチェーンの価値を組み替える(追加する)」、あるいは「他社との共創によるクロスバリューチェーンを構築する」ことで実現する。
❷ 増やす(マルチ)
顧客へ数多くの価値を届けるためにバリューチェーンを深める戦略。「バリューチェーンの水平展開・垂直展開(事業セグメント・エリア・ターゲットを深める)」「コアバリューを軸としたバリューチェーンでの異業種参入」が必要となる。
❸ 組み替える(トランスフォーメーション)
顧客へ今までにない価値を届けるためにバリューチェーンを新しくする戦略。「バリューチェーンの変革による新たなビジネスモデル開発」「機能分解による新たなバリューチェーンの再設計」によって実現する。
このようなバリューチェーンの“デザインコンセプト”に相当するのがパーパスだ。パーパスとは、貢献価値であるとともに、社会と顧客の共感を呼び起こすメッセージなのである。
事例1 キーエンス:バリューチェーンイノベーション
各モデルの事例を紹介する。まず、❶の事例としてキーエンス(大阪府大阪市)を挙げる。同社は1974年に設立された、ファクトリーオートメーション(FA=生産工程の自動化システム)の総合メーカーである。販売拠点を世界46カ国(230拠点)に展開し、約30万社のユーザーを持つ。同社の商品は半導体、液晶、電気、自動車、食品、医薬品、バイオ医療、金属・鉄鋼、物流や小売業界まで幅広い業界で採用され、特定の産業にとらわれないことが強みである。
同社のパーパスは、「持続的な企業価値創造に向けて」「変化を支え、進化を加速させる」「付加価値の創造により、社会に貢献する」「顧客の欲しいというモノは創らない」だ。それに基づいて「世界初・業界初の企画開発力とスピード」「ファブレス生産体制」「グローバルダイレクトセールス(直販営業体制)」を推進した結果、売上高9224億円、粗利益率(売上高総利益率)81.8%、売上高営業利益率54.1%(連結、2023年3月期)、社員の平均年収2279万円(2023年3月現在)という驚異的な数値を達成している。
ちなみに製造業の平均値は粗利益率21.6%、売上高営業利益率5.2%(いずれも2021年度、財務省「法人企業統計調査」)であり、同社の利益率がいかに群を抜いて高いかが分かる。
この付加価値の源泉こそが、同社の卓越したバリューチェーンである(【図表3】)。1つの圧倒的な強みを発揮するということではなく、直販体制による顧客ニーズの早期発見に基づいた企画力や、製品開発から製造へとスピーディーに結び付ける実行力など、バリューチェーンが相互に正の影響を与え合う仕組みを確立しているのである。
【図表3】キーエンスのバリューチェーンイノベーション
出所 : キーエンスWebサイト、IR資料を基にタナベコンサルティング作成
同社は「顧客の欲しいというモノは創らない」ことを開発ポリシーとする。顧客自身も気付いていない潜在ニーズを把握し、「こんな商品が欲しかった」と思われるような商品を企画するのである。そのため、同社の新商品の約7 割は「世界初」「業界初」だという。
一方で、同社は自社工場を持たず、全国の協力工場に生産を委託している(設計と部材調達は同社が行う)。商品の特性に合わせて最適な設備や技術を持つ工場を選択することにより、設備投資やランニングコストを抑えつつ、新商品の大量生産が可能な生産体制を構築している。
また、深い専門知識を持った営業担当者が、代理店を介さず直接顧客を担当する直販体制(グローバルダイレクトセールス)をとっている。これにより、顧客が抱えている課題やニーズを把握し、的確・迅速な課題解決の提案が可能である。さらに、きめ細かいアフターフォローを通じ、次の開発ニーズの発掘も行う。
同社の特徴として、開発担当者が何度も営業担当者と同行して顧客の現場まで足を運ぶことが指摘されている。現場に足を運ぶこと自体に意味があるのではない。価値を生み出そうとしたら、おのずと顧客の現場に行かざるを得ないという発想である。このように、同社では徹底的に「価値(Value)」を生み出すという点にこだわっている。
また、DXに対する投資も大きく、同社のホームページはマーケティングサイトとしての機能もずば抜けており、バリューチェーンを強力に支えている。
バリューチェーンのどこに力点を置き、相乗効果を生み出しながら、どこを思い切って捨てるのか。キーエンスの戦略の優位性は、まさにこうした卓越したバリューチェーンの構築に如実に表れている。
事例2 アダストリア:マルチバリューチェーン
❷の事例としては、アダストリア(東京都渋谷区)がある。同社は、家業の紳士服小売店から、2010年にカジュアル衣料品・雑貨のSPA(製造小売業)チェーンモデルへ転換した東証プライム上場企業である。パーパスの「Play fashion!」に基づいてマルチブランド化を推進し、「グローバルワーク」「ニコアンド」「ローリーズファーム」などを中心に1435店舗(連結合計、2023年2月末時点、海外95店舗を含む)を展開している。
同社が秀逸なのは、他社のブランド商品に頼ったビジネスモデルから脱し、自ら企画・生産・販売まで手掛けることでバリューチェーンを大きく変革したこと。さらに、アパレルの他に飲食・ビューティーコスメ・健康・アウトドア・家具・雑貨などへ進出し、マルチカテゴリー化を図ったことだ(【図表4】)。顧客・店舗・トレンドの情報が早く、正確に企画や経営判断に反映されるのが、このバリューチェーンの強みである。
【図表4】アダストリアのマルチバリューチェーン
出所 : アダストリア「2023年2月期~2026年2月期 中期経営計画 グッドコミュニティの共創をめざして」(2022年4月13日)よりタナベコンサルティング作成
DXに対する投資も大きく、2014年にはウェブストア「.st(ドットエスティ)」をオープン。会員数約1550万人、国内EC売上高626億円(2023年2月期)、国内のEC売上構成比28.7%(同)に達している。
こうした多ブランド・多カテゴリー・多チャネル化により、同社の営業利益率は4.7%に達し、2026年2月期には同8%を見込む。現在、流通業界では大手でも営業利益率1~2%台がやっとである中、アダストリアの好調ぶりがうかがえる。まさにコアバリューを軸とした、異業種参入の良き実例であろう。
事例3 小野建:バリューチェーントランスフォーメーション
❸の事例としては、東証プライム上場の鋼材・建材専門商社である小野建(福岡県北九州市)が挙げられる。同社は1926年に大分県大分市で金物商として創業し、戦後の1949年にセメント・金物、土木建築資材販売を目的とした小野建材社を設立した。現在は「存在感のある会社」を経営理念に、2500社を超える仕入れ先と8000社以上の販売先を持ち、物流センターを活用したスーパーマーケット型の事業を展開する、業界では類を見ない存在である。
同社が何よりも大切にしているのが「存在感」。パーパスも「存在力こそ、原点。『鉄と建材のプロ』として、お客様、さらには業界にとって、必要とされ続ける企業を目指します」「お客様にとって、また仕入先様にとっても置き換えのきかない『存在感のある企業』であり続ける」を掲げている。
これに基づいてバリューチェーンを組み替えた同社は、「鋼材30万トン(数百億円分)の在庫を維持する“逆張り経営”」「全国の大型ストックヤードからの多品種・小ロット・即納」を推進。顧客にとって今までにない新しい価値を提供し、営業利益率3.7%、総資本事業利益率(ROA)5.5%を実現している(連結、2023年3月期)。
同社は全拠点合わせて30万トン以上、金額換算で数百億円に上る大量の鋼材を常に在庫している。国際相場商品である鉄を全国の大型ストックヤードに保有し、市況に応じて世界で最も安い鋼材を調達することもできる。
また全国各地に物流センターを持ち、「多品種・小ロット・即納」での納入が可能だ。さらに、鉄鋼商品を素材のまま販売するだけではなく、ユーザーの要望に応じた1 次・2 次加工や、鉄骨、屋根、外壁、サッシ、杭打ちなどの請負工事まで行う。
つまり同社は、素材から加工・施工まで何でもそろう「ショッピングモール」型であり、かつ大量の在庫を持ち大口小口にかかわらず販売できる「スーパーマーケット」型であり、さらに多品種少量の高効率納品を行う「コンビニエンスストア」型の在庫販売を行うという、業界で唯一無二といえるバリューチェーンを有している。
日本企業が取るべき経営戦略の肝となるのが、シン・バリューチェーン戦略である。パーパスをデザインコンセプトとし、自社なりのバリューチェーン革新を推進していただきたい。
PROFILE
高島 健二
Kenji Takashima
タナベコンサルティング 上席執行役員
成長戦略におけるビジネスモデルの再構築、事業戦略・経営戦略まで幅広い知見を有するトップコンサルタント。ドメイン(事業領域)とファンクション(機能)を融合させて課題解決を支援する、企業変革のプロフェッショナルとして高い評価を得ている。マーケティングDX・SDGs・新規事業開発の領域など、多岐にわたるクライアントのプロジェクトを手掛ける。