中期ビジョンを明確にした上で次に考えるべきは、ビジョン達成に向けバックキャスティングで中期経営計画を策定することである。本稿では、大手・中堅企業、中小企業における中期経営計画策定の意義と、設計手法、数値設定のポイントを紹介する。
タナベコンサルティングが実施した「長期ビジョン・中期経営計画に関するアンケート調査」(2022年12月)によると、7割以上の企業が中期経営計画を策定しているものの、長期ビジョンを策定している企業は約3割。ただ、長期ビジョンを策定していない企業のうち、7割以上の企業が「必要性を感じている」と回答している。
中長期ビジョンを策定していない企業は、まずは策定をお勧めする。重要なのは、ビジョン達成に必要なロードマップである中期経営計画の策定である。タナベコンサルティングでは、長期ビジョンを「10年以上先の未来」と定義する。思い描いた未来を長期ビジョンとして構築・明文化し、3カ年中期経営計画であれば3回転で、5カ年中期経営計画であれば2回転で計画を策定することで、柔軟性のある戦略実行が可能となる。
また、次世代経営メンバーを参画させる長期ビジョン・中期経営計画の策定は、「策定すること」がゴールではなく、推進することが何よりも重要だ。自社の未来を担うメンバーの参画を通じて、意志の込もった計画をつくることが鍵となる。
現計画の統括と2つの分析視点
中期経営計画を策定するに当たり、まずは現計画の総括をお勧めする。目標達成度だけではなく、また良い・悪いの結果にかかわらず、何が要因でどのような結果になったのかを分析することが、次の計画実現のヒントにつながる。目標未達の反省のみで、その要因を分析できていない企業は少なくない。そのような企業は、新たに計画をつくったとしても絵に描いた餅になってしまう。次に、「事業戦略・収益構造・組織マネジメント」の3つの視点で現状分析を行う。
事業戦略における現状分析の着眼点は、「業界」「顧客」「自社」「ビジネスモデル」の4つである。業界・顧客分析については、現在のトレンドだけではなく将来の展望まで分析する。自社分析は、事業を複数展開しているケースであれば、事業ポートフォリオの視点で戦略分析を行う。ここでのポイントは、成功している異業種のビジネスモデル分析である。昨今、DXを活用して業界を超えて参入成功を果たす事例は多い。異業種のビジネスモデルや商品・サービスを分析することで、自社の固定観念が崩され、新しい視点や気付きを得ることができる。
収益構造・財務構造分析における着眼点は、拠点・事業のプロフィットセンター別の分析だ。「どの事業が稼いでいるか」「どの事業の収益性がアップトレンド、ダウントレンドとなっているのか」などである。ROA(総資産利益率)、ROE(自己資本利益率)、ROIC(投下資本利益率)などの指標も忘れないでいただきたい。
組織マネジメント分析における着眼点は、戦略を推進する上での組織体制、つまり、「必要となる機能は強化されているのか」である。経営企画・人材・システム・ガバナンス体制などが肝要だ。人材分析に関しては、採用・育成システム、社員エンゲージメントなどの調査をお勧めする。
オフラインでのイノベーションの場づくり
最後に、各事業部のプロジェクトで分析した結果を持ち寄り「戦略キャンプ」を実施する。戦略キャンプとは、各事業部の未来を担うメンバーが一堂に会し、現状分析の結果から中期経営計画のコンセプト、成長のためのイノベーションテーマを検討・決定する場である。タナベコンサルティングでは、クライアントと1泊2日で膝をつき合わせて徹底的に議論する。戦略キャンプで決まった内容に基づき分科会を立ち上げ、中期経営計画の詳細設計を行う。
中期経営計画の策定において、PL(損益計算書)・BS(貸借対照表)・CF(キャッシュフロー計算書)の設計は重要であるが、持続的な成長を実現するためには、適切なKGI(重要目標達成指標)、KPI(重要業績評価指標)の設計は欠かせない。KGIから逆算してKPIを正しく運用することで、施策の効率的な立案や優先度設定、効果測定が可能となり効率良くPDCAサイクルを回すことができる。
KGIの代表的な指標として売上高・利益・受注高などが挙げられるが、KGIばかりマネジメントしていても、達成するためのプロセスをマネジメントしなければ目標は達成できない。KGI達成のプロセスとなる企画提案件数・成約率・購入単価などのKPIへ落とし込むことが重要となる。
企業価値は一夜にして向上しない。そのプロセスにおける新たなKPIを設計することが重要となる。財務やマーケティング、組織・人材におけるKPI例は【図表】の通りである。
【図表】各カテゴリのKPI設定例
出所 : タナベコンサルティング作成
またKPIは、現場の管理指標との連動性が求められるため、シンプルかつ重点を絞った指標とする。良いKPIの条件は次の通りである。
- 戦略に沿って選ばれている
- 経営目標と相関している
- 具体的で分かりやすい
- 測定しやすい
- 抜けや重複がない
- 測定対象が絞られている
- 指標に対する責任者が明確
- 目標値と期限が決まっている
- 頑張れば達成できる
- 改善策に結び付く
さらに、中期経営計画策定する上で収益モデルも再設計しなければならない。具体的には、次に述べる10の項目を検討いただきたい。
- 売上高は“顧客利益と顧客創造の最大化”
- 粗利益は“ブランドロイヤルティー”
- 人件費は“未来投資”
- 労働分配率は“非凡化比率”
- 営業利益は“事業構造の設計図”
- 当期純利益は“会社存続のコスト”
- 損益分岐点操業度は“不況抵抗力”
- 自己資本は“会社寿命”
- 借入金比率は“生命依存率”
- 総資産経常利益率(ROA)は“会社の運用利回り”
計画の総括から始め、現状分析を行いコンセプト、イノベーションテーマ設計につなげる。KGI・KPI設計、事業・部門別の実行具体策の設計を進め、企業価値向上に向けた中期経営計画を策定していただきたい。
建設業界で営業開発(既存深耕、新規開発)を経てタナベコンサルティング入社。事業戦略・マーケティング戦略構築を得意とし、ビジョン構築からマネジメントシステムづくりまで幅広い分野でのコンサルティングを展開。現場第一主義での真摯かつ泥臭いコンサルティングで、数多くのクライアントから高い信頼を得ている。