財務情報に関する視点で企業を評価することが一般的であった株式市場において、非財務情報も指標として長期的な観点で企業を評価する「ESG経営」に注目が集まっている。ESGとは、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の頭文字を取って作られた言葉で、主な取り組み内容は次の通りである。
❶環境
GHG(温室効果ガス)排出量の削減、水質汚染の防止、マイクロプラスチックの削減など
❷社会
DE&I(ダイバーシティー・エクイティー&インクルージョン)※の推進、地域社会への貢献、児童労働の削減など
❸ガバナンス
企業情報の開示、法令順守など
ESGに関する取り組みは、地球温暖化防止などの外部要請に対応する「守りの施策」が多い。しかし、自社の競争力、信頼性を高めるためには、「攻めの施策」に転じなければならない。その1つが、「社会性を重視した新規事業の開発」である。
昨今、ESG経営、SDGsなどのサステナビリティに関する話題を耳にしない日はない。また、それに応じて持続可能な世界の実現に向けた新しい製品・サービスの需要と供給が次々と生まれている。
このように新たに生まれたニーズに対して、事業としての収益性を確保しつつ、社会貢献を果たすのが社会性を重視した新規事業である。取り組む意義は次の3つだ。
❶新たな収益の柱をつくる
既存事業とは異なるビジネスモデルに取り組むことで、自社の新たな収益の柱をつくることができる。
❷既存事業とのシナジーが生まれる
例えば、既存事業でBtoB向けの部品製造を行っており、そこで培った歩留まり改善ノウハウを生かして、新規事業として他社にコンサルティングを行う。自社の既存事業にも、他社へのコンサルティングで磨かれたノウハウが生かされ、自社の歩留まりが改善するなどのシナジーが期待できる。
❸社会的価値が向上する
社会性の高い新規事業に取り組むことで、多方面のステークホルダーに対して自社の社会性の高さをアピールできる。GHG排出量の削減など、コスト負担が増える守りの施策とは異なり、攻めの施策である新規事業開発は、ステークホルダーに新たな価値を届けて、収益を得ながら社会貢献にもつなげることができる。
社会性の高い新規事業として、どのような取り組みが考えられるか。ここでは製造業を事例に、製品・サービスと顧客の2軸で、新規事業例を7つに整理した。(【図表】)
【図表】製品・サービス、顧客の2軸から見る新規事業例
❶環境配慮型製品・サービスの拡販
すでに保有・販売している環境配慮型の製品・サービスを、新規顧客に拡販していくという考え方である。厳密には新規事業とは言えないが、自社の強みを形にした製品・サービスを多くの顧客に広めることは社会貢献につながる。
❷環境配慮型製品の製造販売
自社製品に環境配慮型の材料や製法を用いることで、「環境に配慮している」という付加価値を付けて販売することができる。例として、木材由来の材料を配合したプラスチック製品の開発などが挙げられる。
❸廃棄物などの回収・再利用による製品化
自社の製造工程で生じた廃材や端材を回収・再加工し、別の製品に生まれ変わらせて販売する事業である。例えば、プレス成型メーカーにおいて、鉄板の端材を卓上に置けるようなオブジェにつくり変えて、フリマサイトなどで一般消費者に向けて販売するなどの取り組みがある。
BtoB事業会社でもBtoC向けにチャンスをつくることができるなど、多くのステークホルダーに自社の社会的取り組みを認知させることができ、ブランディングにもつながる。
❹製造業に対する歩留まり改善コンサルティング
自社で行っている歩留まり改善のノウハウを、他のメーカーにコンサルティングとして技術提供するビジネスモデルである。コンサルティングを通じた歩留まり改善により、資源の利用効率を高めることで、間接的にESGに関する課題解決に貢献できる。
また、前述したように、顧客との取り組みの中で蓄積したノウハウを自社の製造工程に還元することで、自社の歩留まりがさらに高いレベルで改善していくというシナジーも生まれる。
❺アクティブシニアの活躍支援
日本国内では高齢化が進み、企業を退職した後も何かしらの業務に携わり社会に貢献したいというアクティブシニア(活発な高齢者層)が増加している。そのアクティブシニアの養成、活躍の場の提供などを行う事業である。
❻地域特性を生かした製品の製造販売による地域振興
本社や工場が所在する地域の特産物や風土にちなんだ製品を販売することで地域振興に貢献する事業である。企業としてゆかりのある地域とコミュニケーションを図り、関係性を強化する上で有効な取り組みだ。
❼外国人労働者の育成支援事業
自社で外国人労働者を定期的に採用・育成する企業が、その育成ノウハウを活用して外国人労働者のスキルを高めるための育成支援を行う事業である。事業スキームは、「❹製造業に対する歩留まり改善コンサルティング」に近い。国内の労働人口が減少している昨今、外国人労働者の果たす役割は大きくなりつつある。
以上、7つの新規事業案を事例として述べた。まずは、製品・サービス、顧客という2軸で事業アイデアを生み出すことから始めていただきたい。
ESG経営と新規事業を組み合わせる上で重要なのは、自社の存在意義から逆算して新規事業を開発することだ。自社の経営理念やミッション、ビジョンに基づき、どのような事業に取り組むべきかを踏まえた上で、新規事業開発を始める必要がある。
収益性の高さだけを追求した新規事業では、ESG経営に関する価値を高めることはできない。自社の存在意義に基づいた価値判断により、社会貢献度の高い新規事業に取り組むことでESG経営を推進できる。
※個々の違いを受け入れ、認め合い、生かしていくことを意味する「多様性(ダイバーシティー)」と「包摂(インクルージョン)」に「公平性(エクイティー)」を加えた考え方