企業が持続的成長(サステナブルな成長)を実現していくために必要なキーワードとして「ESG」がトレンドになっている。ESGは環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の英語の頭文字を合わせた言葉。ESGの考えや取り組みが世界中で広まる中、従来はトレードオフのビジネスモデルが主流であった日本企業においても、大きなターニングポイントを迎えている。
トレードオフのビジネスモデルにおいては、利益追求(経済価値)が重視される一方、社会的意義(社会価値)との両立は必ずしも求められるものではなかった。このビジネスモデルは、高度経済成長期の企業を支えた「大量生産・大量消費」が軸であり、その背後にある「大量廃棄」「環境破壊」の問題が着目されることは非常に少なかったのが実情だ。
しかし現在、利益第一主義思想は終焉を迎え、現在は「環境」「社会」にも配慮を行うトレードオンのビジネスモデルが注目されている。もちろん、そのようなビジネスモデルを下支えする「ガバナンス(企業統治)」も強化する必要がある。
ESG経営の推進に当たり、「GSCM(グリーンサプライチェーンマネジメント)」を意識する必要がある。
GSCMとは、サプライチェーン(調達→生産→物流→販売→消費)上における環境負荷低減を目指しマネジメントを行うことである。今回は、特に注目されている温室効果ガス(GHG)のマネジメントについて説明する。
サプライチェーン全体のGHG排出量を把握していくためには、【図表】のように、スコープ1(自社の直接GHG排出量)、スコープ2(自社が購入した電気・熱などの使用に伴う間接排出量)、スコープ3(スコープ1・スコープ2以外で自社の事業活動に関連する間接排出量)を押さえる必要がある。
【図表】サプライチェーン全体のGHG排出量を測る指標
スコープ1は、製品の製造に使用する機械や工業炉などの燃焼活動によって排出されるGHGが対象となる。また、企業内でディーゼル発電などを行ってGHGを排出する場合は、スコープ1にて換算する必要がある。
スコープ2は、自社が使用・購入している電力や熱が発電段階などにおいて間接的に発生させているGHGが対象となる。ただし、自社内にて太陽光発電などで自家発電を行っている場合や、購入している電気が太陽光や風力などの再生可能エネルギー100%である場合は対象外となる。
スコープ3においては、スコープ1、スコープ2以外の自社の事業活動に関連する他社の排出量が対象であり、上流工程と下流工程に分けることができる。
排出量に関しては、❶信頼性(データの出典は信頼できるものか)、❷代表性(排出量におけるデータが測定期間や地域など適切に代表しているか)、❸時間的適合性(測定期間は逸脱していないか)、❹地理的適合性(測定データの測定エリア・地域は正確に明記されているか)、❺技術的適合性(データ算出時に使用している技術なのか)という5つの視点を押さえることが重要だ。
その他、GHGの排出量以外にも企業の製品開発活動において、❶製品の長寿命化、❷製品のモジュール化、❸サーキュラーエコノミーの実現などを意識していく必要がある。3R(リユース・リデュース・リサイクル)では「廃棄」をゼロにすることはできない。循環型経済の実現やグリーンサプライチェーン構築を目指した製品開発段階の環境設計についても、理解を進めていくことが大切である。
企業経営を取り巻く社会課題としては、非正規雇用の多さや女性管理職比率の低さなどが挙げられることが多い。特に、大企業に比べて人材が少ない中堅・中小企業において、女性管理職を一定水準以上に確保するのは難しい課題である。ただ、こうした自社の課題を意識し、改善に取り組んでいる企業は多く見受けられる。
しかし、自社のサプライチェーンに存在する取引先企業に対しての関心は薄いことが多い。特に調達においては、原価を抑えることに重点を置き、調達材料が生産される背景や雇用形態・職場環境などに着目しないことが多い。海外調達に関しては、劣悪な環境下で原材料生産を行っているケースも発生しているため、注意が必要である。そのような「リスク」に対して、戦略的に対策を講じている企業の事例を紹介する。
花王では調達におけるリスク管理として次のような活動※を実施してハイリスクサプライチェーンを特定し、毎年見直しをかけている。
ビジネス視点:調達購入額、代替原料への置き換え可否など(クリティカルサプライヤーの特定)
エリア視点:素原料までのサプライチェーンの所在地のリスク
ESG視点:サプライヤーデュー・ディリジェンスの結果
特に「サプライヤーデュー・ディリジェンス」は非常に有効な手段である。新規の取引先に対する与信調査だけではなく、既存調達先が人権侵害や不当な労働条件での雇用、環境汚染リスクなどに関与していないかを徹底的に調査し、自社との長期的なビジネスパートナーになり得る企業なのかどうかを整理することが重要だ。
2021年6月にコーポレートガバナンス(CG)・コードが改定され、SDGsやTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)に対する対応が強く求められるようになったことは記憶に新しい。サステナビリティに対する基本的な方針と情報開示を行っていくためには、必要に応じたモニタリング体制を整えなければならない。
間仕切りなどの製造・販売・施工を手掛けるコマニー(石川県)ではコーポレートガバナンス体制を構築し、経営の健全性ならびに透明性・法令順守体制を構築している。同社は、目指す姿である「COMANY SDGs∞(メビウス)モデル」を実現していくために、年2回のサステナビリティ経営推進委員会を実施。「財務と非財務」「プロダクト・サービスとガバナンス」がシナジーを生む形で推進できるよう、戦略的な意思決定を行っている。
サステナビリティやSDGs・TCFDに対する目標を掲げてステークホルダーに発信するだけではなく、目標に対して結果はどうだったのか、モニタリングできる組織体制を構築し、環境・社会・経済の全てで価値を提供できるトレードオンのモデルを設計いただきたい。
今までのビジネスにおける「当たり前」は、ESG経営実現の大きな障壁になることが多い。
利益だけを追求するトレードオフ・モデルは、今後ステークホルダーから評価されることなく、持続不可能な“衰退型経営”になる。今一度、世の中の「新しい当たり前」に耳を傾け、社会と経済の両方に必要とされる企業経営を実現していただきたい。
※花王ニュースリリース「『調達に関わるサプライチェーンESG推進ガイドライン』を策定 取引先に対し、第三者監査を実施」(2021年8月)
SDGsを軸とした戦略構築から実装のための教育を得意とする。「ステークホルダーがワクワクしないSDGsは展開しない」を信条に、企業価値向上に数多く貢献している。また、建設業・製造業を中心とした人材育成体系の構築や人事制度アドバイザリーなどHR分野のコンサルティングにも定評があり、幅広く活躍している。