加速する「産業活動の社会シフト化」
かんきつ類の収穫量日本一を誇る愛媛県。台湾、香港やEU、カナダなどへの輸出量が拡大する中、ソニーグループの1社であるソニーデザインコンサルティング(SDC)は、愛媛県庁や町役場、生産者とタッグを組み、希少価値の高い「河内晩柑」の欧州市場向けのブランド化とマーケティング支援を行っている。
SDCは生産者や自治体と対話を重ね、欧州市場の特性や進出の目的、欧州にふさわしいブランドアイデンティティーなど、互いに理解を深めながら事業を進めたという。「地域を元気にする」活動を、民間企業が行政と連携して行う、「社会課題解決時代」を象徴する一例と言えるのではないだろうか。
社会課題解決時代と表現したが、筆者は2010年代以降、企業が「社会の課題と向き合う時代」に入ったと捉えている。そもそも、時代は20年に一度大きく転換することから「事業サイクル20年」と言われる。この視点で振り返ると、1970年代は「モノの充足」の時代、1990年代は「モノとコト」の時代。そして2010年代に入ると、少子高齢化などを背景に「社会の課題と向き合う」時代が到来し、「SDGs(Sustainable Development Goals、持続可能な開発目標)」や「ESG(環境・社会・ガバナンス)経営」など、「社会性」という価値観が浸透している。(【図表1】)
【図表1】事業サイクル20年
出所:タナベコンサルティング作成
筆者はこれを「産業活動の社会シフト化の加速」と呼んでいる。一企業や事業を超えた、国や地域社会を巻き込んだ産業全体での社会性の高い、かつ組織的・連携的な活動が一層求められる時代が到来しているのだ。特にコロナ禍において、その流れは加速しているように感じられる。
企業は環境適応業であり、既述のような昨今の環境変化への適応が、企業経営における重要ミッションの1つになりつつある。当面のターゲットは、現在の20年サイクルの節目である「2030年」であり、残された時間はそう多くない。
あらゆる階層で価値観・意識が大きく変化
社会は今、大きく変わりつつある。象徴的な例を挙げると、子どものSDGsの認知度はなんと約95%に上る※1。今の子どもたちは、小学校のときからSDGsを学んでいるのだ。SDGsに対する考え方や価値観を理解していない子どもは、いまや圧倒的少数であると認識しておいた方が良いだろう。
働く社員の意識も大きく変わりつつある。パーソル総合研究所が20歳代正社員を対象に行った調査※2によると、仕事選びの際に重視する点として、「希望する収入が得られること」を選ぶ人が減少する一方、「社会に貢献できること」を選ぶ人は大幅に増加。「社会性を重視した働き方」という価値観が大きく台頭している。
こうした中、企業にも活動の変化が求められている。代表的な例が、コロナ禍の2021年6月に改訂された「コーポレートガバナンス・コード(CGC)」である。
改訂版では、基本方針の策定や自社の取り組み開示など「サステナビリティーをめぐる課題への取り組み」の重要性が強調されている。特に東証プライム上場企業において、気候関連情報開示タスクフォース(TCFD)、あるいはそれと同等の枠組みに基づく気候変動の影響の開示が求められるなど、「企業の社会性」への責務が増している。
こうした社会課題解決への取り組みは、上場企業や大企業だけでなく、あらゆる企業や組織・団体に求められる。十分にご承知のことだと思うが、たとえ、商品やサービスが良くても、社会や地域の課題解決に取り組まない、あるいは取り組めない企業や組織は、「顧客から選ばれない時代」に本格的に移行している。そう認識しておく必要が一層高まっているように思う。
現代版「三方よし」
サステナビリティー・バリュー経営モデル
「事業価値」と「社会価値」の両立を目指す昨今、近江商人の経営哲学「三方よし(買い手よし、売り手よし、世間よし)」が、あらためて注目を集めている。
この三方よしの経営を現代の経営に置き直すなら、SDGsやESG経営に代表される「地域や社会の課題を解決することで成長する経営モデル」である。
例えば、人口減少地域にもあえて出店し、「毎日の生活とコミュニケーションの場」として、地域になくてはならない安定経営の店舗を構築し、企業価値と圧倒的ブランド力を向上させ「選ばれ続ける」小売企業。
「雇用こそ最大の地域貢献」として、人材育成投資を最優先する活動を継続し、地域内はもちろん地域外からの人材採用を増加させながら、創業の地での「高品質なモノづくり」にこだわり続ける、海外売り上げが過半を超えるニッチトップグローバル企業。
こうした地域企業躍進の1つの重要ファクターは「地域・社会へのお役立ち」である。
一方、「世界一の高齢社会」という現実を真正面に受け止め、高齢者の方が「働きたいときに働ける環境をつくる」という決意で、5万社を超える登録企業や団体と連携し、50歳代以上の「働きたい」を実現する場を提供する企業もある。「日本を世界に誇れる高齢化社会にする」というミッションを掲げる同社は、創業10年にも満たない若い企業ながら、事業を確実に成長させている。
こうした企業に代表されるように、私たちの周りには、事業化することで解決できる社会課題がたくさんある。「現代版三方よし」の経営である。ほんの一例だが、紹介した事例を通して、私たちTCGのコンサルタントが体験し学習することで、強く感じることである。
筆者はこの経営モデルを、「サステナビリティー・バリュー経営モデル」と呼んでいる。(【図表2】)
【図表2】サステナビリティー・バリュー経営モデル
出所:タナベコンサルティング作成
※1…栄光ゼミナール「小中高生の家庭のSDGsに関する意識調査」(2022年10月)
※2…パーソル総合研究所「働く10,000人 成長実態調査2022 20代社員の就業意識変化に着目した分析」(2022年8月)
行政と企業の戦略的パートナーシップで未来価値を創造する
「地域や社会の課題を解決することで成長する」。このサステナビリティー・バリュー経営モデルを推進するには、冒頭で紹介したような、行政(国・地方自治体など)と企業との戦略的パートナーシップの構築が鍵を握る。
従来の枠組みを超えた「構造的問題の解決」だからこそ、行政と企業の新たな役割の再構築、継続的な連携力が大きなポイントになっていくという視点である。
一方、行政側もそうした課題認識を深めつつあり、民間企業(出身者)の活躍の場を広げる動きも活発化してきている。例えば、財務省「令和5年度予算のポイント」を見ると、そのトレンドの一端を感じられるかもしれない。(【図表3】)
【図表3】令和5年度予算のポイント
出所:財務省「令和5年度予算のポイント」よりタナベコンサルティング作成
「歴史の転換期を前に、我が国が直面する内外の重要課題に対して道筋をつけ、未来を切り拓くための予算」と表現された本予算は、日本の重要課題を、大きく4つのカテゴリーに分類し記載されている。
例えば、「地方・デジタル田園都市国家構想」はそのうちの1つ。地方への交付金(地方交付税交付金)について、リーマン・ショック後で最高の金額を予算化し、自治体のデジタル化はもちろん、デジタルの活用による、観光・農林水産業の振興などの地方創生に資する取り組みを支援。また、地方のデジタル基盤の整備を推進することで、「デジタル社会の実現」の加速へ向けた取り組みを強力に後押しするという。
一方、「GX(グリーントランスフォーメーション)」では、カーボンニュートラル目標達成に向けた、革新的技術開発やクリーンエネルギー自動車の導入など、「GX 経済移行」というキーワードで、さまざまな技術革新や研究開発を支援する取り組みにも力を入れるという。このように、「産業の社会シフト化」視点で、企業や各種団体の果たすべき役割が一層拡大している。
しかし、現実には(当然、議論の分かれる政策論点もあると思うが)、こうした国の指針が、地域や社会、そして何より「社会課題解決の中核プレイヤー」である企業に確実に浸透しているとは言い難いのではないだろうか。
例えば、「カーボンニュートラル」というテーマに関して、商工中金のアンケート調査結果※3によると、中堅・中小企業の約7割が「(良い・悪いを含めて)何かしらの影響がある」と答える一方、なんと約8割の企業が「方策の検討が出来ていない」と回答している。
その主な理由として、「規制・ルールがまだ決まっていない」「対処方法や他社の取り組み事例などに関する情報が乏しい」が挙げられている。言い換えるならば、こうした取り組みを主導する「行政」とのコミュニケーション不足が主たる要因と捉えることもできるのではないかと推測される。その意味で、「社会の課題を解決する」という視点でいえば、企業と行政の関係は、残念ながら道半ばであると捉えている。
一方、こうした行政の動きや課題意識を積極的に捉えるサステナビリティー・バリュー経営モデルを実践する企業は確実に登場し始めている。
A社は、「3PL※4プラットフォームカンパニー」を標榜し、持続的成長を実現するロジスティクス(物流)企業である。同社のコア事業の1つが、非常時に安全・安心・安定した物流を提供し、物流を通したライフライン確保に貢献する「BCP物流事業」だ。
阪神・淡路大震災や東日本大震災、熊本地震、北海道胆振東部地震など、“地震大国”といわれる日本で、物流を通して災害支援を続けてきた同社は、その経験とノウハウを生かす取り組みとして現在、47都道府県、1718市町村との災害協定締結を目指している。
一方、「ローカルファースト」を掲げるB社は、土木・建設はもちろんのこと、街づくりの企画から施設の運営やサービスまで事業領域を拡大し、魅力ある「街づくり企業」として躍進する中堅建設会社である。
同社の重要な取り組みの1つが、公共施設の建設だけでなく、運営維持管理まで、民間の資金やノウハウを投入することで、付加価値の高いサービスを提供するPFI事業※5である。端的に言えば、「公共施設の建設だけでなく運営まで民間でやる事業」だ。
こうして街づくりに真摯に取り組んできた結果、大手企業連合がひしめく中、B社が中心となった地元企業主体のチームは、異例ともいわれる(前例なき)数十億を超える大型案件を落札。街を元気にする活動を通じて、地域になくてはならない存在としてB社の認知度が高まると同時に、社員のモチベーションや働く意欲が高まっているそうだ。
また、バイオベンチャー企業のC社は、地方自治体と包括的提携を締結。サステナブルな社会の実現のために、環境はもちろん、産業や経済の振興からシティープロモーション、スポーツ・教育・生涯学習、さらには高齢者や子育て支援まで幅広い項目でパートナーシップを構築している。C社は、いわゆる大企業ではなく、サステナビリティーを軸に事業を展開するベンチャー企業であり、そうした点にも社会のトレンドが感じられる。
「社会の課題を解決することで地域や社会を元気にする」。その解決には、「行政・公共サービスのさらなる進化」に加え、「行政と企業や団体、組織との連携力強化」が欠かせない。
社会課題を事業化するために、まずは「ターゲット2030」、あるいは「10年後の未来」へ向け、従来の常識にとらわれず、新たなフィールドを創る「サステナビリティー・バリュー経営モデル」で未来価値を創造する。そうした企業や組織が数多く生まれてほしい。
※3…商工中金「中小企業のカーボンニュートラルに関する調査(2021年7月調査)」
※4…サードパーティー・ロジスティクスの略。第三者の立場で顧客に対しロジスティクスシステムサービスを戦略的に提供する事業者のこと
※5…Private Finance Initiativeの略。民間の資金と経営能力・技術力(ノウハウ)を活用し、公共施設などの設計・建設・改修・更新や維持管理・運営を行う公共事業の手法
PROFILE
中村 敏之
Toshiyuki Nakamura
タナベコンサルティング 常務取締役 行政/公共サービス・地域創生コンサルティング担当。「次代の後継者、経営者リーダーシップ創造なくして企業なし」をコンサルティング信条とし、事業・組織特性を踏まえた、ドメイン・セクター別事業戦略の構築と実装に注力。「ビジョンマネジメント・コンサルティング(VM経営)」を通じ、100年発展モデルへチャレンジする企業・組織の戦略パートナー。著書に「『社長』を受け継ぐ」(ダイヤモンド社)。