人的資本経営の実現に向け、企業が取り組むテーマの1つにD&I(ダイバーシティー&インクルージョン)の推進が挙げられる。経済産業省が「ダイバーシティ2.0 行動ガイドライン」(2017年3月)を発信して以降、取り組みを進めている企業も多いだろう。ISO30414(人的資本に関する情報開示のガイドライン)にもD&Iに関する項目が記載されており、企業にとっては人材に関する取り組みの1つとして検討しやすいテーマと言える。
だが、変化の激しい今の時代において多様な人材が活躍できる組織をつくるためには、D&Iだけではなく、DE&I(ダイバーシティー・エクイティー&インクルージョン)の取り組みが不可欠である。
DE&Iとは、これまでのD&Iに「E:エクイティー」の考え方を加えたものだ。エクイティーは「公正性」という意味で、個々に合わせてツールやリソースを用意し、誰もが成功する機会を与えることである。ここでのポイントは、「E:イクオリティー(平等)」ではなくエクイティーであることだ。一人一人の個性や価値観が異なる組織において、全員に“平等”のツールやリソースを与えたとしても、社会的構造の不平等は解決しない。一人一人の状況に合わせて与えるものを変えることで、個々の状況が公平に整った組織をつくることができるのである。
日本でDE&Iが求められる背景に、日本国内の生産年齢人口の減少や、新卒採用前提の人材マネジメントに限界がきていることが挙げられる。また、変化の激しい経営環境に柔軟に対応するために、多様な価値観から生まれる新たなイノベーションが必要なことも要因の1つである。
今後は、働くことの価値を時間から生産性へ切り替える「働き方改革」と併せて、これまでの同質なメンバーが集まるチームから、多様なメンバーが集まるチームへとシフトチェンジし、“協働”を目指す組織風土の改革が求められる。
DE&Iを推進する上で、特に人材不足という課題の解決に直結しやすい「ジェンダー・ダイバーシティー」「エイジ・ダイバーシティー」「グローバル・ダイバーシティー」について整理する。
ジェンダー・ダイバーシティーについては、女性特有の出産や育児休暇などのライフイベントと、仕事の両立についての不安を多く耳にする。厚生労働省が発表した「令和3年度雇用均等基本調査」(2022年7月)によると、2021年度の男性の育児休業取得率は9年連続で上昇し、過去最高の13.97%となったものの、まだ女性が育児休業を取得する割合が多く(同85.1%)、管理職登用のタイミングが同期の男性社員よりも遅くなりがちである。女性自身が、時短勤務であった経験から自身を「実力不足」とマイナスに評価してしまうケースも少なくない。
企業において、フルタイム・時短勤務に関係なく、時間当たりの生産性を重要視し、それを正しく評価・称賛し合える制度・風土づくりが重要である。また、共通認識として「ライフイベントは男女お互いさま」という考え方を持つことも必要だ。
エイジ・ダイバーシティーについては、シニア層の業務に対するモチベーションをどう保つかが重要である。特にクライアントからは、役職定年後の業務設定や定年延長についての相談が増えている。60歳以降も現役で働いてもらうことを踏まえたキャリアパスの設計や、技術伝承・人材育成をメインとするなどの役割設定がポイントである。
また、役職定年制度をうまく運用できていない企業も多くみられる。役職を外した際のポジションがないために、60歳の定年、もしくは65歳の嘱託雇用時にも引き続き役職を担っているケースだ。役職者のモチベーションは維持されるものの、若手管理職が育たない、またはモチベーションが下がる原因になりかねない。役職定年の設定年齢は各社さまざまであるが、組織の新陳代謝を考慮し、徐々に若く設定するケースが増えている。自社の組織構造・経営戦略に基づいて検討いただきたい。
グローバル・ダイバーシティーについては、既存社員(日本人)側の受け入れ体制がポイントである。外国人の雇用を推進している四国のクライアントA社は、コミュニケーションが得意で業務の流れを理解している日本人社員を外国人社員のエルダーに任命する。日本人社員は、外国人社員の良き相談役となると同時に、既存社員との架け橋的な存在として活躍している。
A社の社長は、「外国人社員はとても優秀であることが多い」と言う。会社が社員に何を期待しているのかを身近な存在(エルダー)から伝えることで、外国人社員はコツコツと成果を上げ、周囲の評価が高まり、大事な仲間として早期に受け入れられているという。既存社員に対する、「日本人」という枠組みにとらわれないマインドセット・教育が重要である。
もう1つ事例を紹介する。地元の果物や植物を活用したオリジナル商品を通信販売するB社は、障がい者雇用やシニア雇用に力を入れており、「月曜日に出勤するのが楽しみな会社」として注目されている。パートを含めた社員の半分以上が60歳以上で、60歳代からの入社も多く、業績は毎年成長している。
筆者はB社を視察した際、全社員がくもりない笑顔で働いている姿に心底驚き、感動した。見学者に対する取り繕った笑顔が全くないのだ。社長の「組織風土を変える」という覚悟と、仲間への思いやりが組織に浸透しているからであろう。加えて、全社員が「まずはやってみる」という姿勢を徹底しており、「できないのは、やらないからだ」という考えが当たり前になっている。
また、「誰かの困り事を解決する=仕事」と捉えているため、マニュアルがないのも同社の特徴である。社員一人一人ができることを考え、全力で取り組んでいる。社員の中には、ハンディーキャップを持った方や個性あふれるシニアの方がいる。それぞれの適性を見極め、チームで乗り越えていくことで、全社員が幸せに豊かに働くビジョンに近付いているのだ。
このように多様な人材の活躍を推進するには、全社員の理解と協力が不可欠である。そのためには、トップが自らDE&Iに対する強い意思を持ち、明確なビジョン・方針を示すことが第1ボタンである。多様な人材の対象は誰で、どのように働き方を変え、価値を生み出すのか。現在ありきではなく、将来を見据えた人事戦略・目標を設定していただきたい。