昨今、ESG投資やSociety5.0(内閣府が科学技術政策として提唱する日本における未来社会のコンセプト)の加速、SDGsといったメガトレンドを背景に、「パーパス経営」が注目されている。
パーパス経営とは、自社のパーパス(存在意義)を明確にし、社会へどのように貢献していくのかという貢献価値を高める経営手法だ。筆者が初めてこの概念に触れたのは、2018年1月の通称「フィンク・レター※」である。その中でフィンク氏は、「すべての企業は、優れた業績のみならず、社会にいかに貢献していくかを示さなければなりません」と述べていた。
それからものの数年で、筆者を取り巻く環境において、「組織と個人の関係性は明らかに変化し、経営に対する根本的な軸も変化しつつある」ことを感じるようになった。
日々のコンサルティング現場で、パーパス経営がミッション(使命)、ビジョン(目指す姿)、バリュー(価値観・行動指針)を軸とする「20世紀型」から、パーパス(志)、ドリーム(夢)、ビリーフ(信念)を軸とする「21世紀型」へと変化していることを実感している。本稿では、それぞれを掘り下げ考察していく。
大前提として、「ミッション・ビジョン・バリュー(以降、MVV)を存在意義として掲げた20世紀型のパーパス経営が悪いわけではない」ということをお伝えしたい。MVVが機能している会社は多数存在しているからである。ここで強調したいのは、パーパス経営を考える上でのポイントは「MVVが生み出された背景(経緯)や解釈にある」という点だ。
単に、創業時から掲げている理想や抽象的に自社の在るべき姿を描いたMVVでは組織に浸透せず、形骸化するケースも少なくない。そうした企業の特徴として、MVVが外発的(第三者)に与えられ、美化されすぎている点が挙げられる。
そこで考えられたのが、一橋大学ビジネススクール客員教授の名和高司氏が提唱する、分かりやすく言語化された新たな概念である「パーパス・ドリーム・ビリーフ(以降、PDB)」を軸とする21世紀型のパーパス経営である。(【図表1】)
【図表1】21世紀型のパーパス経営に必要な3つの軸
名和氏は、著書の『パーパス経営 30年先の視点から現在を捉える』(東洋経済新報社)で、「PDBは、発生源が自社の内発的動機付けであり、『内側から湧き上がってくる強い思いの集合体』という点が、外発的動機付けであるMVVとの大きな違いである。PDBに似た解釈でMVVを軸とした20世紀型のパーパス経営を実践している企業にとっては、何ら目新しい概念ではないが、『自分たちが心の底から自社のパーパスという世界観に共感できるのかどうか』が重要だ」と、提言している。
21世紀型のパーパス経営を実践していく上で、社員一人一人が自社のパーパスを“自分事”として昇華していくステップを紹介する。
急に全社員が、同じ熱量でパーパスに対して共感できるわけではない。重要なのは、「社員一人一人がパーパスに対する認識段階が違う」ことを前提に、5つの段階別アプローチで浸透を進めることである。
❶認知段階
パーパスの存在を知らない社員が多く、仮に知っていても何となく目にとまっている段階。まずはパーパスを認識させることがスタートとなる。
❷理解段階
パーパスの存在は知っているものの正確に理解できていない、または、自身の仕事とひも付いていない段階。自社が掲げるパーパスをテーマに少人数形式でディスカッションを行うなど、理解を深める環境整備が重要だ。
❸共感段階
パーパスと自身の仕事とのつながりを見いだしていく段階。社員一人一人が自身の仕事とのつながりを共有し合うことでパーパスが伝播する。
❹行動段階
パーパスの実現に向け、日常行動に優先順位を付けることができる段階。模範的行動者は、組織としてピックアップすることがお勧めである。
❺伝播段階
パーパスの本質的な意味合いについて、自身が中心となり自発的に分かりやすく発信する段階。この段階では、自身の経験をもとに「社員一人一人がどの段階でつまずいているか」を冷静に押さえることが重要だ。
1つ事例を紹介したい。筆者のクライアントA社は、自社のパーパスへの理解・共感レベルを高めるために、経営者と少数の社員(1チーム4~5人)による対話形式の「パーパスプロジェクト」を実施した。現在も組織と個人のパーパスをつなげる時間を毎月設け、パーパスの理解・浸透を進めている。パーパスプロジェクトの成功ポイントは、社員の声から生み出された企画であり、強制ではなく共感型のプロジェクトであることだ。人は「やらされてやる」よりも、「自ら感情が湧き上がってやる」方が、取り組みの効果は高い。21世紀型のパーパス経営は、自発的に行動する組織を生み出すヒントになると言える。
最後に、昨今注目を浴びている「人的資本経営」とパーパス経営の関係について紹介する。人的資本経営とは、人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、企業価値の向上につなげる経営戦略だ。
人的資本経営とパーパス経営を切り分けて考える企業もあるが、筆者はアライメント(並列)の関係にあると考えている。例えば、経済産業省が発表した「人材版伊藤レポート2.0」(2022年5月)でも言及されているが、企業文化の定着に向けて各社の存在意義を再考していくことは、まさにパーパス経営と向き合うことに通じる。
つまり、「経営戦略と人事戦略は一体」であることを、経営上の重要テーマとして押さえる機会なのである。