経済産業省によると、人的資本経営とは「人材を『資本』として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営の在り方」である。人的資本経営という言葉は昨今、目にしない日がないほど、各種メディアで頻繁に取り上げられている。
背景には2つの事情がある。1つ目は、国内外からの要請だ。企業が育成方針や男女・雇用形態別の賃金水準などを開示することで、「人への投資に積極的な企業かどうか」を投資家が判断しやすくなる。
こうした機運の高まりを受け、日本政府は2022年8月、「人的資本可視化指針」を公表。日本が「人」への投資で先進諸外国に後れをとっているため、人的資本情報の開示をテコに人材戦略の強化を狙った動きと言える。具体的には【図表1】のように、世界の潮流として人的資本(人材)領域のフレームワークなどの整備要請が進んでいる。
【図表1】人的資本の情報開示に関するEU・米国・日本の動き
2つ目の事情は、社会的、経済的な環境変化である。
第4次産業革命などによる産業構造の急激な変化、少子高齢社会や人生100年時代の到来、コロナ禍における個人の意識の変化など、企業を取り巻く環境は大きく変化している。こうした経営環境の変化により、経営戦略と人事戦略の連動が難しくなる中、非財務的情報と言われる「人的資本」が、実際の経営でも課題としてクローズアップされているのである。
企業が経営環境の変化に対応しながら持続的に企業価値を高めていくためには、事業ポートフォリオやビジネスモデルの変化のみならず、人材ポートフォリオの構築やイノベーション、付加価値を生み出す人材の確保・育成、組織のデザインなど、経営戦略と適合する人材戦略が重要になる。
これら2つの事情によって、人的資本経営へのシフトの波が上場企業や大企業へすでに到来しており、今後も波及していくことは間違いないであろう。
人的資本経営を志向する上で、参考になるのがISO30414である。
ISO規格には、工業規格、マネジメントシステム規格、ガイダンス規格があり、ISO30414はガイダンス規格に該当する。
ガイダンス規格は、推奨事項の集合体であり、定められた規格の実行に強制力はない。つまり、改善・向上のための「手引き書」という位置付けである。
ここでは、人的資本の開示(可視化)の参考としてISO30414をどう生かすかについて述べる。
人的資本情報の開示は、抗うことのできない世間の潮流であるが、必ずしもISO30414の認証を受ける必要はないと筆者は考える。というのも、ISO30414の「11領域58項目」(【図表2】)を読み取り、各社において項目を選択し、将来的に社内外へ共有できる指標の参考とすること自体が、ブランディングや経営の質的向上に寄与するからである。
【図表2】ISO30414の11領域(カッコ内は人的資本測定基準の項目数)
今まで以上に人的資本の開示機運が高まることで、日本国内においても上場企業・大企業を中心にISO30414の認証が広がると考えられる。
その波は、やがて中堅・中小企業へも影響を与え、情報開示の強制力を持つかもしれない。したがって、今のうちから「11領域58項目」に意識を向け、準備を始めることは決して無意味ではないだろう。
【図表2】から分かる通り、11領域58項目は多岐にわたる。各社の置かれた状況に応じて、現状と親和性の高い項目を選択の上、数値化していくことから始めても良いだろう。