人材総合サービスを手掛けるエン・ジャパンの「『中途入社者の定着』実態調査」(2019年3月)によると、直近3年間で中途採用者がいる企業を対象に「中途採用者の定着」について調査を実施したところ、約4割の企業が「定着率が低い」と回答した。(【図表1】)
【図表1】中途採用者の定着率に関する回答の割合
このような人材採用・活用に関する課題を背景に、社員の早期離職防止・即戦力化を実現するためのオンボーディング・プログラム(以降、OBP)を導入する企業が増えている。
オンボーディング(on-boarding)とは、入社したばかりの新卒・中途採用者(=新入社員)を組織全体でサポートすることを意味する。
OBPのポイントは、従来から企業で採用されている人事部門を中心とした短期集中型の研修プログラムと違い、新入社員を継続的にサポートし、早く組織に馴染ませること、つまり「社員が組織に適応する」ためのプログラム・サポート体制の構築に主眼を置いていることである。人材採用コストの削減や、新卒・中途社員が活躍するまでの期間が短くなることで、企業の生産性向上を可能にする。
OBPは、新卒採用者を対象とした施策・プログラムという認識が強いが、今後は中途採用者に対しても企画・展開していくことが重要である。総務省が発表した「増加傾向が続く転職者の状況」(統計トピックスNo.123、2020年2月)によると、「より良い条件の仕事を探すため」を理由に転職を行う人が増えており、今後はより一層の中途採用者の増加が予測されるからだ。また、自社の社風・価値観にマッチしており、求める役割を発揮できると思われる人材を採用できたとしても、即活躍できるとは限らないからでもある。
中途採用者が即戦力として活躍するためには、本来の能力を発揮できるようにサポートすることが不可欠であり、組織の価値観・暗黙知の理解や、社内人脈の構築、エンゲージメントの向上が重要である。OBPのポイントである「組織への早期適応」を実現するからこそ、中途採用者が即戦力として力を発揮するのだ。
【図表2】オンボーディング・プログラムの設計プロセス
OBPの流れやポイント、代表的な施策について紹介する。まずはOBP実施の目的・目標を検討していただきたい。また、1度プログラムを設計・実行して終わりではなく、都度ブラッシュアップを行い、取り組みを続けることも重要だ。(【図表2】)
OBPの施策事例を1つ紹介する。大手広告代理店の博報堂(東京都港区)では、これまで新卒の採用・教育に注力していたが、2016年から年間200名以上の中途採用者が入社するようになった。しかし、中途採用者向けの育成プログラムはなく、また、人事・現場担当者が中途採用者を十分にフォローできなかったため、早期離職が目立つようになり、中途採用者向けにOBPを実施した。
実施に当たり、次の5点を重視してOBPを設計した。
❶ウェルカム感の醸成:「入社おめでとう」ではなく、「入社ありがとう」と伝える。入社後に懇親会の実施(ランチ会など)。役員によるウェルカムメッセージで会社の歴史や今後の展開、業界の考え方を共有
❷「HAKUHODO WAY」の理解促進:博報堂の社風・文化(自社特有の暗黙知)の理解促進。先輩社員への質問会の実施
❸同時期の中途採用者同士で自由に意見交換できる場づくり
❹自社に必要なスキルの習得:隔週の金曜日に職種関係なく必要とされるスキル・知識を体系的に学べる「On Board School」を入社時期に応じて年2回程度実施。必要なスキル・知識の習得だけでなく、同時期の中途採用者同士のつながりも醸成
❺中途採用者を受け入れる部門の理解促進:人事部門側で実施した研修や設計したプログラムを現場メンバーに共有。OJTトレーナーガイダンスの実施
このように同社のOBPは、中途採用者が早期に組織に適応するための施策を中心に実施している。人事部門主導の短期集中型の導入研修プログラムだけではなく、人事部門・現場の双方がコミュニケーションを取り、OBPに対する理解を深め、社員が活躍・定着しやすくなるための風土・機会をつくることが重要だ。
エン・ジャパンの入社後活躍研究所と甲南大学・尾形真実哉教授との共同研究「中途入社者へのオンボーディング施策」(2020年11月)の分析結果にも、「中途採用者の定着率には『人事部門と中途採用者の定期的な面談』『職場内コミュニケーションの推進』が影響している」とある。プログラムの設計段階から現場のメンバーを巻き込み、現場の実態を理解した上でOBPに取り組んでいただきたい。
人的資本と活育サイクル(採用・育成・活躍・定着)の観点で事例研究を進めるタナベコンサルティング「人的資本研究会」では、人材クオリティの高度化、ひいては企業価値の向上のための施策を行っている企業の視察と分析を行っています。