従来、日本企業の雇用形態・人事制度は、新卒を一括で採用し、職務を限定せずに長期間雇用する「メンバーシップ型」が主流であった。だが最近、この日本ならではの仕組みから、組織内における仕事の役割や職務に対して等級を設定する「ジョブ型」や「役割等級制度」に切り替えるべきであるとの議論が盛んになっている。
ジョブ型とは、特定の職務(ジョブ)を明確に定義した上で人材を採用し、仕事の成果によって評価や処遇を決める雇用形態・人事制度だ。成果と報酬が連動しており、専門性の高い人材が集まりやすく、短期間で企業競争力を高めることができる。柔軟で多様な働き方の広がりやテレワークの普及などによって社員の業務が見えにくくなり、企業で成果を重視する傾向が強まる中、注目を集めている。
しかし、ジョブ型人事制度や役割等級制度の導入に当たっては、まず「自社の事業と相性の良い仕組みかどうか」を考える必要がある。本稿では、自社の経営戦略やビジネスモデルに適した人事制度を再構築した事例を紹介する。
大手総合エレクトロニクスメーカーの富士通(東京都港区)は、「私たちは、イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていきます」をパーパス(目的)に、IT企業からDX企業への転換を目指している。2020年4月にジョブ型人事制度を導入し、テレワークを基盤とした新しい働き方を推進するなど、コロナ禍へのいち早い対応で注目を集めた。
同社の人事制度に関する主な取り組みは次の3つである。
❶事業戦略に基づくジョブ型人事制度の構築
富士通は、事業戦略に基づいて組織を再度デザインし、各ポジションの責任権限・人材要件の明確化を行った。組織・ポジションに適任の人材を配置するグローバル共通のジョブ型人事制度を採用したのである。また、個人が担う職責を即座に報酬に反映し、より大きな職責へのチャレンジ意欲を高める取り組みも進めた。
❷社員の成長と挑戦を後押しする仕組み
オンデマンド教育プログラムを導入し、学びたいことを、いつでも、どこでも学べる環境を整備した。社員が自ら足りないと思ったスキルを補完し、自律的にキャリアを考え、適性のある職務や新しい業務に挑戦できる環境を提供している。
❸HRBP※による事業成長サポート
組織のニーズに基づいた人材採用・育成の実現とダイバーシティー&インクルージョン推進を目的に、現場部長クラスに人材リソースマネジメントの権限移譲を行った。だが、現場の実態に即した組織デザインができるメリットがある一方、これまで人事部門が主体となって行っていた部下育成を現場で考えるという負担も発生した。そこで同社は、HRBPを事業本部ごとに配置し、経営・事業視点で組織と人材の課題を設定。必要施策の提言・アドバイスを行っている。
ジョブ型人事制度は、事業戦略と組織・ポジションを連動させる仕組みの1つである。しかし、人事制度のメインシステムである等級・評価・報酬のみの設計でだけではうまく機能しない。人材の教育やチャレンジの仕組み、常に学び続けようとする企業風土の醸成、HRBPによるサポートなども併せて実行することが重要である。
※Human Resources Business Partner(ヒューマン・リソース・ビジネス・パートナー)の略称で、企業の経営陣のビジネスパートナーとして「戦略人事」を展開し、事業に価値貢献する人事プロフェッショナル
NJS(東京都港区)は、上下水道施設などのインフラ設備設計を手掛けるコンサルティング会社である。同社の社員の半分は「技術士」という高難度の国家資格を取得しており、この技術力の高さが競争力の源泉になっている。
海外には設計コンサルタントが60歳以降も活躍できるフィールドがあり、80歳で現役の社員も存在する。そこで同社は、社員に意欲をもって働いてもらうことで自社の競争力を高めるべく、2019年4月に「70歳定年制度」を導入した。導入に当たっては、次の2つの仕組みの設計に注力したという。
❶全社員対象の複線型キャリアパス
同社は、70歳定年制度の導入以前、単線型のキャリアパスから複線型のキャリアパスへと変更している。この人事制度改革は全社員を対象としており、具体的には「M職:マネジメント」「E職:エキスパート」「C職:プロフェッショナル」「A職:アソシエイト(一般職)」の4職群を設け、役割等級制度を採用した。
同社の競争力の源泉はエキスパート職の社員であり、複線型キャリアパスが有効に機能している。エキスパート職とマネジメント職は役割の違いであり、そこに上下の差はない。
❷60歳、65歳で燃え尽きさせない柔軟な働き方
70歳定年制度により、前述の複線型キャリアパスをシニア社員にも適用した。「シニア等級」と呼ばれる別の等級に移行するが、基本的には他の社員と同じキャリアパスになっている。
60歳になった社員は、年度末にこれまでの役職を一度解かれ、同社が本人の意欲や能力などを鑑みた上で格付けを行う。また、65歳になると再度格付けが行われる。65歳以降の社員は、国民年金の受給額や健康・体力面における個人差など、一人一人に適した働き方を考える必要があるからだ。
65歳以上の社員は、原則として1等級下げ、勤務負荷を軽減している。また、希望により製品のチェック作業など定型業務への変更や、在宅勤務、フレックスタイム制など、より柔軟な働き方ができる配慮も行っている。
NJSのように、社員の技術力が競争力に直結する企業には、従来型の「定年後再雇用制度」(嘱託社員となり職責も報酬も大きく下がる制度)は馴染みにくい。ベテラン社員に活躍してもらうには、他の正社員と同じ処遇を考えなければならない。また、精神的・肉体的に続けられる自信を持たせることが重要であり、そのための柔軟な働き方の提供も必要である。
ぜひ、これまでに紹介した先進企業の取り組みを参考に、自社の経営戦略やビジネスモデルに適した雇用形態・人事制度を再構築していただきたい。
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